第2章・第2話 野菊の花
野菊が踉々と咲いている。
「民こさん、これ――」
僕は我知らず足を留めたけれど、民子さんは聞えないのかさっさと先へゆく。僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一と握り摘んでみる。
民子は一町(100m)ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。
「民さんはそんなに戻ってきなくたッて僕が行くものを……」
「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」
そう言うと思って、僕は予め分けておいた野菊を民子さんに手渡した。
民子さんは受け取った花を見つめてうっとりとする。
「民さんも野菊が好きなの?」
「そういう政夫さんは?」
「僕も野菊が大好き」
僕の聞き方にきょとんとする民子さんだったけど、僕の答えを聞いて目端を緩めてため息を吐いた。
「そうなの。なんでも私は野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好ましいの。どうしてこんなかと、自分でも不思議に思う位……」
「道理で……」
僕は然り気なく、気負わないように呟いた。
「民さんは野菊のような人だ」
民子さんは分けてやった半分の野菊を顔に押し当てて嬉しがった。
僕の言葉に気付いていないようだ。
二人は歩き出すが、はっと顔を上げた民子さんは僕を問い質す。
「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなしに野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
「僕大好きさ」
僕ら二人は並んで歩いていたが、それを聞いた民子さんは下を向いて立ち止まってしまった。
「民子さん?」
「政夫さん、今からはあなたが先になって」
民子さんは顔色を見せず、消え入りそうな声でそう言った。
僕もまともに顔を見せれなかっただろうから、短く答えて歩き出す。
今の図らずも起こった簡単な問答は、僕の心を温かくした。民子さんもそう思ってくれた事は、その素振りでわかる。
ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。
話は一寸途切れてしまった。
野菊の様な人だと言った後、弾みをつけて大好きだと言った時ですら、僕の心蔵は激しく胸を打っていたくらいで、それ以上のことを言い出せない。
民子さんも同じことだろう。お互いに壁に突きあたった様な心持ちで、声が詰まってしまったのだ。2人は無言で歩く。
それにしても民子さんは野菊の様な人であった。
田舎娘ではあるが荒々しさはなく、可憐で優しく、そして気品を持ち合わせている。厭味など爪の垢もない、白く清らかな心。
どう見ても野菊の花だった。




