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【暴戯訳】古典文学が読み辛いので、暴虐の限りを尽くして書き直してみた。  作者: 千夜遠望
暴戯訳『十三夜』 月欠けの逃婦と寡黙な関白
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第3話 思いの丈と三つの何故

あらたまって何かの?」


 父はおだやかならざる顔色、私は決意が鈍らぬように一息に言い切る。


「私は今宵限り、原田の家へ帰らぬ決心で出て参ったので御座ります」


 しゅっ、と両親が息を呑む音、思いも寄らなかったことに違いない。

 期待に応えられぬのは身が千切れる思い、そうはいっても心が壊れてしまっては元も子もなし。


「何うぞお願いで御座ります。離縁の状を取って下され、私はこれから内職なり何なりして亥之助の片腕にもなれるよう心掛けますので、一生独り身で置いて下さりませ」

「……ふむ、れはういう理由で」


 訳を聞かれるのは当然。

 とはいえ頭熟あたまごなしに怒られなかったのは、ひとえに親の優しさゆえ

 詰め寄って問い掛かるに父母に、私は思いのたけける。


「今までは默って居ましたれど、私たち夫婦めをとのやりとりを半日見て下さったら大底たいていわかりにりましょう。

 物言うは用事のある時、慳貪けんどんに申つけられるばかり。朝起きまして機嫌を聞けばたちまち脇を向いて、庭の草花にわざとらしきめ言葉。

朝飯を召しあがる時から小言は絶えず、召使いの前にて散々と私が身の不器用不作法をおならべなさる。

 その上、二言目には『教育のない身、教育のない身』とおさげずみなさる。

 私は素より華族女学校の椅子で育つた者ではない。

 勤め先の同僚ともがらの奧様方の様に、お花のお茶と歌の絵をと習い立てた事もなければ、のお話しの御相手も出来ませぬけれど、出来ずは人知れず習わせて下されば済むべきはず

 何も表向き育ちの悪いを言いらさなければ、女中たちに可哀そうな目で見られることもありません。

 嫁に入って丁度半年ばかりの間は、関や関やと、下へ置かぬようにして下さったけれど、太郎が生まれてからは丸で人が変わりました。

 此処ここが面白くないと、言い聞かして下さる樣ならばよろしいけれど、唯々ただただ『詰らぬくだらぬ、解らぬ奴』とて取り合ってくださらぬ。

 挙句の果てには『太郎の乳母として置いている』とあざけっておっしゃるのです。

 ほんに良人おっとではなく鬼で御座りまする」


 私は一気に言い切ると、息が苦しくなって胸をおさえる。

 両親は余りの驚きに、顔を見合う。あきれてしばらく言葉も出なかったのだろうけど、先に口火を切ったのは母であった。


「何の馬鹿々々ばかばかしい! 父様は何とおぼすか知らぬが、元より此方こちらからもらうて下されと、願ってった子ではないわ!」


 母は結婚に反対していた。

 その不満が、怒りとなって勢いよく噴き出す。


「身分は釣り合わぬけれど、縁談を持ってきたのは彼方あちらほう支度したくまで先方さき調ととのえてわばお前は恋女房。れを親なし子でも拾ったように大層たいそうらしい、物が出来るの出来ぬのとの様な口が利けた物。習い事をさせると言ったのは彼方あちらほうだ! お関が黙っていれば好き放題、れは癖に成って仕舞います、女中はお前の言う事を聞かなくなり、太郎をしつけるにも母親を馬鹿にするようになられたらうしまする!」


 母が言う事はもっとも。

 とはいえ、言い返さぬのも訳がある。


「おっさん、左様さようかと言っても少しなりとも私の言い分を立てて負けぬ気にお返事をしましたら、良人おっとに出てけと言われるのが見えております。私は家を出たくないのでは御座んせぬ、名のみ立派な原田勇に離縁されたからとて、夢更ゆめさら惜しいとは思いませぬ。

 けれど、何にも知らぬ太郎が、片親に成るかと思いますると意地もなく我慢もなく……。

 詫びて機嫌を取つて、何でも無い事に恐れ入って、今日までも物言わず辛抱してりました」


 私は悔しさ悲しさにに着物の裾を握る。

 高価な木綿の着物がしわに成ろうとも、今は惜しくもない。


「本に馬鹿々々ばかばかしい! れほどの事を今日という日まで默って居たのですか、余りお前が大人し過るから我がままつのられたのであろう!

言う事はきちんと言って、それが悪いと小言を言われたら、私にも家が有りますとて、出て来なさい!

 聞いただけでも腹が立つ! もう/\もう引き下がらくてもよかろう。身分が何であらうが父もある私もいる、年はゆかねど亥之助といふ弟もあれば、その樣な火の中にじっとして居るにはおよばぬこと。

 なあ父樣! 一遍いっぺん勇さんに会って、とっちめて御座りましょ!」


 母は怒りたけって前後も見えなくなっていた。

 父は先刻さきほどより腕組うでぐみをして目を閉じているが、おごそかに口を開いた。


嗚呼ああお袋、無茶の事を言うてはならぬ」


 母はぴたりと動きを止めた。

 感情に任せて荒れ狂った母と違って、父は冷静だった。


「わしも初めて聞いて、うした物かと思案に暮れる。お関なれば並大底での樣な事を持ち出すこともなく……、よほど追い詰められてに出て来たと見える。して今夜は婿殿むこどのは家にいるのか」


 嫁に入って七年。半年頃から私の不遇が始まったのなら、なぜ今日になって言い出したのか。

「何か大きな事件でもあったのか、いよ/\いよいよ離縁するとでも言われて来たのか」

父が聞きたいのはそういうことだろう。


「良人は一昨日おとといより家に帰っておりませぬ、五日六日と家を明けるはいつもの事、珍しいとは思いませぬけれど。出際でぎわし物の揃え方が悪いとて如何いかほど詫びても聞入れてもらえず、

 それを脱いで叩きつけ、御自身で洋服に着替えなさりました。

 それから『嗚呼ああ私位(わたしくらい)、不幸せの人間はいるまい、出来の悪い妻を持ったの』と言い捨て、家をおで遊ばしました」


 言われたのは一昨日のことなのに、心が底なし沼に沈んでいくよう。


うしても勇さんの傍に居る事は出来ませぬ。親はなくとも子は育つと言いまするし、私の様な不運の母の手で育つより、誰でも勇さんの気にいった人に育ててもらったら、少しは父親も可愛がって、後々のちのち太郎のためにも成りましょう。私はもう今宵かぎりうしても帰る事は致しませぬ」


 私の訴えに、父は嘆きの溜息を吐いた。


「無理は無い、居辛いづらくもあらう、困った仲に成ったものよ」


 私の想いは届いたのだろう。

 両親の許可、もっと言うなら家長である父の言葉がなければ、離縁は成り立たず。

 これならば。


「では、離縁状を――」

「では何故亥之助を首にしない」


 父は間髪入れずに、私に聞き返す。

 

「勇君は役人の中でも上にいる。口添えで亥之助を雇ってもらったなら、辞めさせるも容易たやすい。お関が気に入らぬなら、亥之助ごと切り捨てることも出来る」

「それは亥之助が……優秀だから?」


 私は咄嗟とっさに思いついたことを答える。

 私の出来と亥之助の出来が違うと考えなければ、役所に置いておく理由もないだろう。


「ふむ、なら何故大事な太郎を任せる」

「それは、私を乳母と見ているから」

「女中を何人も雇っているのだから、乳母の一人二人雇うのも問題あるまい。勇君の身分も役職もあらば、いいとこのお嬢さんだって周りから寄ってくるだろう」

「それは……」


 言葉に詰まる、何も言い返せない。

 父は私の格好を頭から膝まで見遣みやる。

 

「身分が違うのに何故お前をめとった」


 父が見ていたのは私の身なり。

 人妻の髪型――大丸髷おおまるまげ金輪かなわの飾りを卷きて、豪華な黒縮緬くろちりめんの羽織りを惜しげもなく着熟きこなす、我ながらいつのまにか整った奧樣風。

初めは戸惑ったものも、これでも同僚の奥様方に会うとならば、恥ずかしいと思ってしまうほどで。

 こんな立派な服を整えてくださるのは、他でもない良人おっと――勇さんである。

 私は辻褄の合わぬことに混乱する。悲しさ苦しさにかまけ、見失っていたは物の道理。

 そんな私に父は微笑みかける。


「いやお関、こう言うと私が無慈悲でみ取ってれぬ、と思うか知らぬが、決してお前をしかっているではない。身分が釣り合わねば思う事も自然と違う。

此方は誠から尽くす気でも取りように寄っては面白くなく見える事もあろう。とはいえ、勇君はあの通り物の道理を心得た賢い人ではあり、随分ずいぶん教養もある。私たちと違って、何か考えがあるのだろう」


 父は優しくさとしてくれるが、諦めの悪い私は食い下がる。


「お、おっしゃ、さん、そうはいっても、あんまりです」

「太郎を親なし子にしてもいいのか」


 見破られてしまった。

 口ではきっぱりと言えども、断とうと断てぬ可愛い子がいるゆえに、言葉の震えは止まらない。


「齋藤の娘に戻らば泣いても笑っても、再び原田太郎に母と呼ばるる事もあらず。良人おっとに未練は残さずとも我が子への愛の断ちがたく、離れればいよ/\いよ子のことが頭から離れぬだろう」


 私は太郎を思う。どこにいてもついてくる私の子を。

 その子を二度と抱きしめることは叶わぬと。

 

れから後とて出来ぬことははあるまい。離縁にぎ着けたはよいが、太郎は原田のもの、お前はは齋藤の娘。一度縁が切れては二度と顏を見にいく事も出来まい。同じく不運に泣くほどならば原田の妻で大泣きに泣け」


 父の言葉に私はわっと泣いて、敷いていた蒲団に顔をうずめる。

 そうでした。間違っていたのは私のほうでした。


「そもそも離縁をと、言ったのも我ままで御座りました! ほど太郎と別れて顏も見られぬ樣になるならば、の世に居たとて甲斐かいもないもの。

 ただ、目の前のを逃れたとてうなる物で御座んしょう。ほんに私さえ死んだ気になれば三方四方さんぽうしほう波風立たず、もあれの子も両親の手で育てられまするに、つまらぬ事を思い寄せまして、おっさんにまで嫌な事をお聞かせしてしまいました。

 今宵限り関という身はなくなって、魂一つがあの子の身を守ると思いますれば、良人おっとが私に辛く当たるくらい、百年も辛抱出来そうな事」


 目からは大粒の涙。顔の前に巻き込んだ襦袢じゅばんの袖、すみの竹絵も紫竹の色に変ってしまいそう。

 母親も声立てて、「の娘は何というは不幸せ」と又一またひしきり大泣きの雨。

 父は何か口にはしないが、時折聞こえるははなをすする音。

 それから暫く、私たち親子は何も言わずに泣いた。

 曇らぬ月は折からさみしく、瓶に挿したるすすきの穗が手招くように揺れているだけで。


 私が落ち着きを取り戻すと、父は鼻声で私に語り掛ける。


「なあお関、合点がいったら何事も胸に納め、知らぬ顏で今夜はお帰り。これからは今まで通りつつしんで世を送ってお呉れ。お前が口に出さんとて、親も察する、弟も察する、涙は各々おのおのに分けて泣こうぞ」


 これ以上両親に心配を掛けられない。

 私は泣きらした目を整え、精一杯強がって見せる。


「お父様、お母様、今夜の事はこれ限り。私は原田の妻のまま。良人をしるは申し訳ないのでう何も言いませぬ。それでは私は戻ります」

「うむ。主人の留守に断りなしの外出、これをとがめられるとも申し開きの言葉もない。夜は少し更けたが人力車くるまならばとっ飛び、話しは重ねて聞きに行こう。その内、勇君の心も見えてくるだろう」


 終わりの一言が気になったが、事荒立ことあらたてじは親のいつくしみ。

 まごまごすれば、良人おっとが帰って来るやも知れず、太郎も早く安心させてやりたい。

 

「亥之さんが帰ったらよろしく言って置いて下され。おっさんもおっさんも御機嫌ごきげんよう、の次には笑って参りまする」


 私は力なさそうに立あがった。

 母は流しの人力車くるまを呼んで、箪笥たんすの奥からなけなしの巾着を取り出そうとするが、私は断る。

 懐から出したるは良人に持たされた厚い財布。

 こんなところでも私はあの鬼に助けられているのか。

 私は再三さいさん両親にお礼と別れを言って、顔の見えぬ車夫に行く先を告げる。


 実家は上野の新坂下。原田の家がある駿河台へのみちは、茂る森があって、木の下は暗くわびしい。

 けれど今宵は月もさやかな夜であった。


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