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【暴戯訳】古典文学が読み辛いので、暴虐の限りを尽くして書き直してみた。  作者: 千夜遠望
暴戯訳『十三夜』 月欠けの逃婦と寡黙な関白
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第2話 両親の温情と窮状

私は「おほほ」と、子猫のように笑って誤魔化ごまかした。


「おっさん私で御座ござんす」


悪太郎あくたろうから一転、花香はなかお可愛かわゆい声。

父は障子しょうじを引き開け、納得の溜息ためいき


「ほうお関か、どうして又、こんなおそくに出かけて来た、人力車くるまもなし、女中おんなも連れず、やれ/\やれ、ま、早く中へ這入はいれ、さあ這入はいれ」


 門をくぐればほぐれる口の

 勝手知ったる実家の間取り、いつものところへ腰を下ろそうとするが、掛かるは父の待った。


「さ、蒲團ふとんへ乗れ、蒲團ふとんへ」


 いぶかしんで見渡せば、月明かりが照らす、屑散くずちたたみ

 色褪いろあせた藺草いぐさ、踏まれれば痛むのも道理。

 すぐに取り換えればいいものを、如何いかに。


うも畳が汚ないので大家に言ったが、職人の都合があると言うてな。着物がたまらぬかられを敷いてれ」


「そうでしたか」と合点がいったものの、次に来る畳表たたみおもては、狐色きつねいろ飴色あめいろか。


「やれ/\やれうしてんな遅くに出て来た。先方さきうちではみなお変わり無しか」


 父は私を、いつもと変わらず奥様扱おくさまあつかい、座った蒲団は針のむしろ

 私は、情け無く流れそうに涙を、じっとみ込んで答える。


「はい誰れも身体のさわりも御座りませぬ。おっさんもおっさんも御機嫌よくいらっしゃりますか」

「いやう私はくしゃみ一つせぬ位、お袋は時偶ときたま頭痛を始めるがの」

「頭痛だって大変なのよ、お父さん。よく来たね、お関」


 小言こぼすは私の母。幾度いくども目にした他愛たわいの無いやりとり。見過ごしてきたはずなのに、今はうらやましくてたまらない。

 奥から茶椀を持ってきてくれた母は、屈託のない笑顔でほた/\ほたと茶を進めてくれる。


亥之ゐのさんが見えませぬが、今晩は何処どこへかまいりましたか」


 私には弟がいる。部屋なんていくつもない家なのに、姿が見えぬとは珍しい。


亥之ゐのは今しがた、夜間学校に出て行ましたよ。あれもお前のおかげの間は昇給させて頂いたし、課長樣が可愛がって下さるので心強い」

れも矢張やはり、原田さんのえんが有るからだと、お袋がいつも言っている」

「だってそうじゃありませんか。お父さんもそう思うでしょ。だからお関、お前が原田さんのご機嫌がいいように取り計らっておれ。あの子は口の重いたちだし、お目にかっても呆気あっけないご挨拶しか出来ないと思われるから」


 弟の亥之助は、良人おっと口添くちぞえで下級役人の働き口にいた。父も働けぬ年ならば、頼みは弟の稼ぎ。彼の出世に実家・斎藤家の命運がかかっている。


「季節の変わり目で陽気が悪いけど太郎は何時いつもお悪戯いたをして居ますか? 何故なにゆえ、今夜は連れてこなかったのだ?」

「連れて来ようとも思いましたけれど、の子はうに寝てましたから、のまま置いて参りました」


 澄ました顔で答えたけれど、胸の内は流れ渦巻うずま滝壺たきつぼのよう。

 思い切って置いては来たれど、今頃目を覚まし「母さん母さん」と泣いておろう。女中たちをわずわらせ、「鬼にわす」とおどかされているのでは。

嗚呼ああ可哀かわいそうなことを」と泣きたいの山々やまやまなれど、両親の機嫌がいいから言えず仕舞じまい。


「お父さんも恋しがっていましたものを」


 と母に言われ、又今更またいまさらうら悲しい。

 煙草たばこの煙にせたようによそおって、涙を着物の袖に隠してやり過ごす。


「さあさ、お団子をこしらえたから召し上がれ」


 今日は旧暦の長月(九月)十三日。葉月(八月)十五日が十五夜なので、今宵は十三夜。

 十五夜の次に美しいとされる月が昇る十三夜だが、今は下火。十五夜に団子を供えても、古めかしい十三夜をやらない家が増えたとか。

 びんに挿さったすすきがあるので、母が亥之助に頼んで、後ろの土手からが折って来てもらったのだろう。


「お団子を差し入れようにも、あさの着物では恥ずかしくて、其方そちらの家に出入りで出来るはずもなく、お重箱じゅうからして見窄みすぼらしい」


 私は着ていた木綿もめんの着物を見下ろす。いつもよりきらびやかさに劣るが、木綿は高級品。

 平安の頃、貴族の娘の着ていた十二単じゅうにひとえがお蚕様かいこさまつむきぬで出来ていたように、絹は一握りの者だけが手に入れられる代物。それが叶わぬ民は、植物の麻の繊維せんいを使った着物を着ていた。江戸時代より綿の花が栽培されると、木綿は温かく、麻のようにチクチクとしないので重宝されはする。とはいえ、まだ産地が限られ数が少なく、貧しい人は麻を着る他ない。

 こちらから尋ねることは出来ても、両親は手紙を出すこともはばかれる。


「今夜来てれるとは夢の樣な、ほんに心が届いたのであろう。肩肘かたひじの張る奧様を取り捨て今は昔のお関に戻り、見栄を構わず豆なり栗なり気に入ったものを食べて見せておれ」


 優しい気遣い、草臥くたびれた心に染み入る。いくつに成っても親には敵わぬ。


「私は親不孝だと思いまする、それはど柔らかい着物を着て、人力車くるまで乗り歩く時は立派らしくも見えましょう。けれど、お父さんやお母さんに楽させてあげる事も出来ず、いわば自分一人だけの贅沢。いっそ内職でもしてもおそばで暮した方がど良いでしょう」


 私はしおらしく言って、あわれみを誘う。

 そのまま離縁を切り出さんとするが、父が血相を変える。


馬鹿々々ばかばかの様な事を仮にも言うてはならぬ。嫁に行った身が実家の親に仕送りをするなどと思いも寄らぬこと。家に居る時は斎藤の娘、嫁に入っては原田の奧方ではないか」


 怒られるかと身構えまするが、父はふっと頬を緩ませた。


「気負うからいけないのだ。勇さんの気に入る様に、家の内を収めてさえおけば何の差し支えない。今は息抜きだと思って食えばいい。お袋が熱心にこしらえた団子だ。十分に食べて安心させて遣って呉れ、とんでもなく旨いぞ」


 父がお道化どけて言うので胸を撫でおろす。

 しかし、言いそびれてしまった離縁の話。

 なごやかな雰囲気を壊すことも出来ず、御馳走ごちそうの栗や枝豆をがた頂戴ちょうだいした。

 それからしばらくおしゃべりをしていると、父が机の上の置時計を眺めて声を上げる。


「こりゃほどなく十時になるがお関は泊って行っていいのかの。帰るならばう帰らねば成るまいぞ」


 このまま帰れば、太郎を置いて何処どこに行っていたと責められるのは避けられぬ。

 最早もはや、手をこまねいている暇はない。

 私は腹をくくって、父を見上げる。


「御父樣、私はお願いがあつて出て来たので御座ります、何卒なにとぞ聞遊ききあそばして」


 畳に手を突く時、真剣な眼差しで父を見据えるが、しずくののうれいがこぼれ落ちた。


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