第3章・第2話 因は獅子頭
「小田原殿! お気をしっかり!」
私は階段を転がり落ち、僚の山隅九平を抱き留められた。
「おのれ、化け物め! 叩き切ってくれる!」
「待て! 一人で敵う相手ではない」
私は憤る山隈殿の肩に手を掛け、逸る勇ましさを押し込める。
それと同じくして、連れの半ばに麾を振るう。
「頭を出すな! 刀を切り穴の周りに出して、気を引いとれ。近づけてはならんぞ!」
天守の扉は上の階から閉める仕掛けになっている。これは城に立て籠る時に、下の階に敵が居ないか回ってから、上の階へと進む為。
扉を閉められなければ、まだ切り崩せる。
「長引かせて飢えを待つのですか? 姫川殿を討つだけなら、私らが持ち堪える由は何処に?」
山隈殿の問いは御尤も。
姫川殿は人の身、しかし、化け物どもは霞を食うやも知れぬ。戦わずとも天守から逃げ出すのを見張っていれば、いずれ野垂れ死ぬのが筋。
ならば――。
「残った半ばは飛び物を持ってこい!」
「化け物は刀でしか切れぬぞ」
訝しむ山隈殿に、私は堤を崩す楔を告げる。
「因は獅子頭にあり」
遡ること二つ前の播磨守様が、この国を統べていた頃。
鷹狩りにお出でになった先で、田舎に似合わぬ都方の女に出会われた。
戦で負けた国の止んごと無き落人だろう。世にまたと無いほどの美しさを備えていたと伝え聞く。
お気に召した播磨守は、手近の者に連れてくるように言い付けた。
すると女は逃げ出し、城町の外れ、群鷺山の地主神を祀る、お宮に隠れ潜んだのだ。
追っ手はこれを目敏く見つけ、悪いようにはしない、と腕を掴む。
人妻故に否むと拒んだ女は、舌を噛んであの世に逃げ果せた。
その時熟っと見ていたのが、お宮に飾ってあった、件の獅子頭である。
「哀れ獅子や、誉れの作りかな。妾にかばかりの力あらば、虎狼の手にかかりはせじ」と吐いた、とな。
それから続く三年、秋になると川が荒れ狂った。
亡骸を弔っていた群鷺山の神主が申すには、獅子頭が一人でに動き、女が倒れた床を舐め、目から涙を流していたそうだ。
打ち続く大水は、その女の怨みだと国の中は大騒ぎ。
祟りに恐れをなすのが人の軛だろうが、播磨守様は肝の据わったお方。
手近の者が女の幕引きを申し上げる折、女の亡骸より櫛を拾い奉った。
女が前髪に挿していた、三輪牡丹高彫の刻まれた櫛だったが、澄ました播磨守様は袂にお入れになられていたのだ。
「おもしろい、水を出さば、天守の五重を浸して見よ」
そう仰られて、眠らせていた櫛を天守に投げ込まれた。
それより大水は収まり、獅子頭も行方を眩ませる。
それと同じくして、天守は人ならざるものが扈ばる、妖しの国となり果てた。
「まさかとは思うたが、この目で見るとは……」
「小田原殿、お持ちしました!」
私が山隈殿に曰くつき獅子頭を語り終えると、連れが頼んでいた物を持ってきた。
よし、これならば。
「でかした! 山隈殿、腕は鈍っておらぬか?」
「技を鍛えるのも武士の務め。臨むところぞ」
山隈殿に得物を渡し、階段を登る。
目指すは北。




