第2章・第2話 嬉しい手土産
亀姫が階段を降りると、富姫が手を叩きました。
すると葛、桔梗、女郎花は、床に手を着いて頭を下げます。
亀姫は富姫に向けて、親しげに微笑みました。
「お姉様、お懐かしい」
「私も懐かしいなぁ」
富姫は微笑み返し、亀姫は何処からともなく手鞠を出します。
「それで、猪苗代(福島県)からこの姫路(兵庫県)まで、140里(700㎞)はあろうねえ。よく手鞠をつきにわざわざここまでおいでだね」
「でございますから、お姉様は私がお可愛ゆうございましょう」
「いいえ、お憎らしい」
「……御勝手」
亀姫は扇子をぽとっと落しました。
富姫はふっと笑みを浮かべると、亀姫の背中を抱いて手鞠に手を添えます。
「やっぱりお可愛い。どれ、お見せ。まあ、綺麗な、私にも持って来て下されば可いものを」
富姫の小言にたまらず、朱の盤が木桶を差し出しました。
「ははっ。姫君より、貴女様へ、お心入れの土産がこれに」
「それはそれはお嬉しい。が、お亀様は人が悪い、中は磐梯山の峰の煙か、虚空蔵の人魂ではないかい?」
「似たもの。ほほほほほ」
「要りません、そんなもの」
「上げません」
火花が散りそうになった二人の間に、朱の盤が飛び込んで両手を挙げた。
「お仲が良くてお争い、お言葉の花が蝶のように飛びましてお美しい事でござる……。奥方様、この品ばかりはお厭ではござるまい」
朱の盤は捲し立てるように言うと、木桶の蓋を開きます。
そして掴み上げたのは、色白き男の生首でした。
それもぽたぽたと赤い水が滴り落ちたではありませんか。
「おお、これは汁が零れました。姥殿」
「あいあい、あいあい」
朱の盤に頼まれた舌長姥は、床の汁を長く伸びる舌で拭いました。
「贈り物が汚れたわ。姥殿、こちらも清めて貰えないか?」
「あいあい」
「気遣いには及びません、血だらけは猶美味しかろう」
富姫が止めますが、舌長姥が生首を舐め始めます。
誰かが喉を鳴らしました。涎を飲み込む音でしょう。娘たちは一口食べたそうに瞬きもせず熟っと見ています。それは人の生首なんですが……。
「ああ汚い汚い。旨や旨やの、しまった汚い汚い」
「婆さん! 歯を当てまい、御馳走が減りはせぬか」
「近頃は歯が悪うて、沢庵の尻尾も噛み切れん」
「尤もらしいことを言いよって、小賢しい。摘み食いをしているだけではないか! 離しなされよ」
生首を掲げていた朱の盤は、手を引っ込めて肉の残りを確かめます。
「――いや、奥方様、この姥が舌で舐めますると、肉がとろとろと消えて骨ばかりになりますわ。お土産の顔つきが何時の間に、細長うなりました」
朱の盤が生首を皆に見せますと、薄が何か気づきました。
「この首は姫路の城の殿様の顔に、よく似ているではござんせぬか?」
「ほんに、瓜二つでございますねえ」
桔梗も溜息を漏らすと、亀姫が扇で口元を隠して笑います。
「はい、播磨守の弟で私の城に住み着いた、猪苗代亀ヶ城の主の首でございますよ」
「まあ、貴女……。私のために……」
「構いません。私が城を出ます時にね、お妾の膝に寄り掛かって酒を飲んでおりましたの。殿様の癖に意地が汚くってね。これから出される鯉汁――輪切りにした鯉を味噌で煮た料理は魚の腸に針があって、それが喉へ突き刺さって亡くなるのでございますから。あらいけない!」
亀姫は手に持った扇を、床を叩くように落としました。
「まあ、うっかりして! この喉に針がある! お姉様に刺さったらどうしましょう」
「暫く! 今それを抜いてしまったら、たちまち蘇み返ってしまいます」
「いかさまな……」
朱の盤は呆れたように呟きました。
生首を受け取った富姫は嬉しそうに、獅子頭に向かいます。
生首を近付けると、獅子頭は一人でに口を開け生首を飲み込みました。
すると獅子頭は炭で十重二十重に磨いて、漆を塗り直したように輝くではありませんか。
「そろそろ霊贄が欲しゅうくてね。境が緩んで人が登ってきたのよ」
「それは煩わしかったでしょうに」
亀姫は眉を寄せますが、富姫は首を横に振りました。
「でも、登ってきたのはこの獅子に似たお方でしたの」
「嗚呼、それはお羨ましい」
「こんな男が欲いねえ……」
「生きる世が違いますからねぇ……」
二人がしみじみとしていると、葛と桔梗が黒漆で塗られた箱を持ってきました。
「ああ、そうだった。貴女に見せるものがある」
箱から出されたのは金の竜頭を頂く兜でした。
「貴女この兜はね、播磨守・先祖代々の宝で、奥蔵に九つの鍵を掛けて閉まってありましてね。今日お見えの嬉しさに、お出して来ましたのよ」
「まあ、お目覚しい」
亀姫はうっとりとして瞳を緩ませました。
葛と桔梗は鎧櫃から、次々と鎧を出していきます。それを女郎花は黙って並べていました。撫子が触ろうとしますが、薄に言いつけられた萩が手を握って止めています。
「お姉様……」
「差上げません」
亀姫の言いたいことが分かった富姫は先回りします。
「これでは生殺しじゃありませんか」
「見て貰いたかっただけですの……」
殿様の宝故、無くなると騒がしいのが目に見えます。いくら妖の力がある富姫とはいえ、人の群れと事を構えるのは気が乗りませんでした。
「私は土産を持って来ましたのに……」
「それは……」
相手が土産を持ってくるとは考えていなかった富姫は、持たせるものを整えていませんでした。
答えに詰まっていると、窓から娘の声が聞こえます。
「姫様、それならいいものが有ります」




