第2章・第1話 本当の客人
薄は徐に顔を上げました。見遣る先は最上階です。
「ふむ……、お出でね。撫子・お萩、お迎えなされよ」
「はーい!」
声を掛けられた撫子は明るく返り事をし、萩はこくこくと頷きました。
最上階には竿縁天井――縦に走る木材に板を乗せた天井が配われ、室内にある廻縁――天守をぐるっと回る縁側が部屋を囲っています。
二人が階段を上がると、男が立っていました。
篠懸と呼ばれる麻の衣を纏い、鉄の杖を握る姿は山伏の出で立ちそのもの。
12角形の帽子である頭襟を額の上に載せていますが、禿げあがった頭の天辺には獣の犀の如き角が一つ生えており、その男が唯の山伏ではないことを物語っています。
角の両脇には針金のような白い髪が逆立ち、顔は真っ赤で茹蛸そっくりでした。
男は二人の娘に気付くと、歯を剥き出しにして鳴らし始めます。
開いた口は耳まで裂け、歯と歯が打つかる度に、雷が落ちたような音が最上階に轟きました。
「はえ?」
ところが撫子は怖がりもせず、首を傾げました。
萩は撫子の袖を掴んでいますが、図書之助と会った時のように、知らない相手に困っているのです。
二人は男をもっと近くで見ようと、男の元に走っていくではありませんか。
「やや、これならどうだ! もおう‼」
男は負けじと化けていた姿を解きました。顔は車輪のように大きくなり、二つあった目は一つになり、顔の真ん中でぎらぎらと輝きます。大きな口をぎりぎりまで広げて、二人を脅かします。
「はあ、厭な小父さん」
「こ、恐くはありませんよ!」
底までしても撫子は唯呆ればかりで、萩は人見知りで逃げたくなるを抑え、言い返すことが出来るぐらい。
男は「だだだだだ」と濁る笑い声を上げました。
「流石は姫路お天守の侍女たちだ。びくともせぬとは……。さて、案内を頼みましょう」
「屋根から入った小父さんにかえ?」
「これはまた御挨拶だ。猪苗代から参ったと、ささ、取次、取次を」
「知らん」
「べいい」
撫子は膠もなく断り、萩は脅かされた仕返しに赤舌を出します。
男が困っていると、薄が登ってきて遅かった訳を察しました。男は何時も通り悪戯心を出したのでしょう。
「朱の盤殿、御無沙汰しておりました。亀姫はどちらに?」
「今、棟に籠を着けております」
「うちの姫様も下でお待ね兼ねで御座います」
「そうか、私もお姉様に早く会いたいの」
その場に居る者は、皆、声の出所を探します。
声の主は天井と壁の繋がったところから、滑るように入って来ました。
桃色の振袖を身に着けた20そこらの女人です。
髪は前と後ろに結われ、額の上はこんもりと出るように、旋毛辺りは高くなっている文金の高髷。
振れるほど長いを袖を揺らし、扇で口元を隠して、富姫のお供たちに向き合います。
「久しぶりね、薄。また綺麗になったわね」
「いえいえ、亀姫様も相変わらず美しい。ささ、階段は傾きが強いので気を付けて」
薄が切り穴に誘うと、亀姫は後ろを振り向きました。
「私は差し支えないが、お年寄りがいてね……」
亀姫が現れた壁から、長くぼさぼさの白髪を生やした女が入ります。
黄色い着物に褪せた袴を履いて、手に木の桶を持っていました。
「そうじゃ。老い先短い私にこんな重たいものを持たせよって、ほらっ」
年老いた女は木桶を朱の盤に投げ渡します。
朱の盤は取り損ないそうになりましたが、辛くも木桶を受け取りました。
「危ないのぉ。要の手土産だというのに……」
「舌長姥に持たせるほうが危ないわ。さぁ行きましょう」
亀姫がそう言うと、薄の導きで本当の客人は階段を降りていきました。




