第1章・第2話 5人の娘と秋草釣り
切り穴から頭を覗かせると、霞の海を抜けたと思われた。
当たり前だが大天守の窓は締め切っている。故に暗闇を雪洞で照らして進んできた。
しかし、5階は窓が開いているのである。
外は忌々しい大荒れで、窓が少ないが光が有るか無いかで大違いだ。
話に聞いていた通り、天井が低い。外から数えると5段に見えるが、石垣の中を地下1階、5段の中身は6階に割られている為だ。敵は5階に大将がいると思って攻め込むが、後1階あると気付かせて心を折るの狙いである。外の数え方で4階の天井裏と5階の窓ぎりぎり下が、この5階に当たる。これより下の階は階段を長くして敵を蹴落とす為に、天井が高くなるように考えられているから尚更だ。
ではここは何をするところか。城に籠った時の指揮所を担っている。
戦う訳ではないので高さは要らず、畳を敷けるようになっていて『大広間』と呼ぶこともあったと教えられた。
今も高麗縁の畳――白地に黒の模様を染めた麻で縁が覆われた畳が敷かれている。誰も入れぬはずなのに塵埃一つない。
部屋の真ん中には灯りがゆらゆらと燃え、何故か獅子舞で被る獅子頭が置かれ、照らされた朱い漆がその輝きを強めていた。
私が出てきた切り穴は部屋の真ん中に近く、向こう側に最上階へと至る階段が見える。
階段より手前に西の大柱が聳え立ち、これまで見てきたように振り返れば東の大柱を仰ぐことが出来よう。
だがそれまで見たことのない物が、西東の大柱を結んでいる。
紅色の組紐だ。
組紐は大柱を通って何もないはずの四隅で角を作り、手摺に見える。さながら最上階の廻り縁だろうか。
ここまで怪しいとそれだけで倒れてしまいそうだが、目を強く瞑る。
そして瞼で幻を吹き飛ばすように、目を見開く。
見間違いではなかった様だ。
手摺の内側には5人の娘がいるではないか。
各々(おのおの)が色鮮やかな着物を着て、金銀のを握っている。先の端からは五色の糸が手摺の外に垂れ下がていた。あれはまさか……。
言葉を失って立っていると、一人の娘が振り向いた。
赤紫の着物を着て、髪を二房ほど括って下に垂らしている。
八つ程だろうか、私と目を合わせると口に手を当てた。
これは気付いたと思われたが、直ぐに顔を背ける。それで終わらず私をちらちらと見遣るではないか。眉を歪めて困っているのが遠目でもはっきり判ってしまう。
そして思いついたように他の娘の元に向かった。
「どうしたの? 萩ちゃん?」
向かった先の娘は気付いた娘のことを萩と呼んだ。
娘は青紫の着物を身に着け、年は十余り二つといったところか。
萩は話しかけられた娘の耳元に、手で囲った口で私のことを話したのだろう。
青紫の娘は振り返り、私に莞爾と微笑んだ。
「これはこれは遠いところからご苦労様です。私は桔梗と申します」
桔梗と名乗った娘は私を客人と思ったらしい。
変わったところは何もなく、萩も桔梗も人の娘にしか見えない。
「主は外に出ておりまして、戻るまでお寛ぎください」
襲ってくる素振りもないので、気になったことを聞いてみた。
「見たところ釣りをしているようだが、天守の5重から魚が釣れるのか?」
「お見苦しいものを晒してしまったようで……」
言い淀む桔梗の横から、ぼんやりとした赤い着物を黄色い帯で締めた桔梗と同い年くらいの娘が答える。
「秋草を釣っているのでございますよ」
「これ葛!」
葛と呼ばれた娘は髪を後ろで一と条に纏め、流れた先で天に向かって折り返している。
桔梗が咎めると、葛の花のような毛先を揺らした娘は、笑みを浮かべて桔梗を見返した。
「この部屋にお迎えするのに、ちょうど活けるものがございませんから、皆なで釣りあげましょうということになりまして……怠け癖を見られたようで恥ずかしい……」
桔梗が頬を赤らめて口を袖で隠す。
どこまでも人のようだ。していることを除けば。
「いや構わぬぞ」
私が取り繕うが、葛はどこ吹く風といったもので誇らしげだ。
「桔梗が考えたんですよ。とても素晴らしい」
「そうか。して、釣れるのか?」
「ええ、餌が要りますが」
そう言うと桔梗は、髪を旋毛あたりで結んで後ろに垂らして黄色い着物を着た娘に目を移す。竿を持ち上げてちょうど取り込むところだ。
「秋草は何を食べるのだ?」
「白露ですわ」
「なんと!」
私が驚くと桔梗と葛は口元を隠して忍ぶように笑った。
「千草八千草秋草は、それはそれは、今頃、露を沢山たんと欲しがるのでございますよ」
「まだ昼下がり、夕露も夜露もないのでございますもの」
桔梗の言葉に葛が続ける。
すると先刻まで竿を左右に振っていた娘が暴れだした。
「釣れないよ~!」
「撫子、釣りは気長にやるものよ」
葛が窘めた撫子は髪を肩口で揃え、薄紫に白い水玉の入った着物を着ていた。年は内気な萩よりも一と回り若そうで、動き回りたい盛りの子に釣りは向かないやもしれない。
「ああも騒ぐと逃げられるだろう」
私がまるで秋草が釣る時の当たり前の如く呟くと、二人が答えてくれる。
「いいえ、お魚とは違いますから、声を出しても、唄いましても構いません」
「ただ、風が騒ぐと下可ませんわ。……餌の露が、ぱらぱら零れてしまいますから。ああ、釣れました」
先ほども釣った黄色い着物の娘が糸の先から秋草を離す。娘の後ろには片手ほどの花が咲いている。再び糸を投げ込もうとするが、葛が止めていた。
「女郎花、そろそろ切り上げましょうか」
やや、女郎花。人の娘では聞かぬ名だ。
萩、桔梗、葛、撫子、女郎花とくれば、山上憶良が詠んだ歌に因んだ秋の七草である。後は薄と藤袴がいるのだろう。
見たことを検めていると、最上階から二つの人影が下りてくる。足音はなく霞が滑るようだ。
「あっ、姫様」
葛が気付いた。桔梗が言っていた主か。
その時、持っていた雪洞の灯りが消えた。




