第1章・第1話 立ち入れぬ大天守
上司のパワハラで妖怪の城へ突っ込む話
人ならざる所へ至る階段を、私は登っていた。
暗く険しい、ここは播磨の国・姫路城大天守4階と5階の間。
姫路城は4つの天守があり、一際大きいものが大天守、他の三つが小天守と呼ばれる。
殿の御心に従って階段を登っているが、3階より上に進んだのは、生きている者に限れば私だけだろう。
なぜなら大天守に入った者は、向こう100年間、誰もいないからだ。
初めて天守を築いた信長は、安土桃山城の天守から城下町を眺めて暮らしていた。だが、後の殿様は上へ下へ足を運ぶ暮らしを避けて、平らな屋敷を拵た。
主である武田播磨守は、ここより門を十余り二つ下った三の丸に上屋敷と下屋敷を構え、そこで寝起きし藩主の務めを果たされている。依って大天守はおろか、小天守へ立ち入ることはない。
そもそも天守とは戦時の司令塔であり、最上階に大将を据えて、攻めてくる敵軍を足止めする為の建物である。
乱世ならいざ知れず、穏やか家康の世になってからはお飾りとなった。
戦がないから誰も入らないのか。
否。
入らないのでは無く、入れないのだ。
汗の滲む掌が、階段を掴み損ねて足を止める。
雪洞が揺れて、頬を撫でようとする。
険しい傾き、手摺りの無い心細さに猫のように登っていたが、一と息入れる為に足場に腰を下ろす。
空いた手は、空かさず腰に佩いている長物に添えられる。
これが有れば……。
炎に依って鍛えられた鋼は邪を祓う刃となる。
そう、姫路城大天守は人ならざるものが坐す(おわ)す、妖しの国となっているのだ。
人心地のついた私は二た度階段を登る。
天井の切り穴に頭が入る手前で止まって、腹に力を入れた。
3階と4階に上がる時には地が揺れるような轟きに、ひっくり返りそうになったものだ。
同じ轍は踏まぬ。
何が来てもいいように刀に手を掛ける。
「姫川図書之助、いざ、参る」
私はゆっくりと足を踏み出した。




