第4章・2話 二人が見た光
私は手探りで階段をを上っています。
いつも使っている階段ですが、いざとなるとどうも難しい。
お師匠様が火傷を負ってから二た月に四日足らず。食べているものがいいせいか、お師匠様の包帯は今日取れました。
予てからの主人の望み通り、私は世話係の役を解かれました。
代わりに若い女中がお仕えしたので、私はお師匠様の顔を見ておりません。
私がお師匠様のいる奥の間に入ろうとすると、若い女中が出てきました。今日限りの世話役です。
「佐助どん? 灯火も持たずに……」
今は夜。廊下には月明かりが漏れてくるだけで、目明きには明かりがいるでしょう。
私は構わず話しかけます。
「いいんです。それよりお師匠様と二人にしてもらえますか?」
「でも……あ、はい」
何かを察した女中の横を通り奥の間に入りました。
すると久しぶりに強気なお師匠様の声が飛んできます。
「佐助どん! 妾の顔を見ぬようにと、……。佐助どん?」
お師匠様の声は尻すぼみになります。
声も聞かぬのに、私と判るとはいやはや。
「流石お師匠様、盲目の長さには敵いませぬ」
私は白い闇の中におりますお師匠様を見返しました。
10日前、お師匠様の言葉を受けた私は、女中部屋から鏡台と縫針を密かに持って来て、寝床の上に座りました。
鏡を見ながら針を目に突き入れますが、白目には弾かれてしまう。
黒目ならと入れてみると、すんなり入り目の前が濁っていく。
血は出ませんし、痛みも熱もありません。
どうすれば眼が見えなくなるか知っていたわけではありませんが、一番簡単そうな術を試したのです。
後に知ったことですが水晶体が傷つく、外傷性の白内障ということになるのでしょう。
その日はまだぼんやりと物の形などが見えていましたが、ほろほろと光を失いお師匠様に合わせるように、今日全てが白い闇に塗りつぶされました。
14の時、押し入れの中の暗黒世界で三味線の稽古をした思い出が蘇生って来ましたが、それとは趣が違います。
まったく何も見えない闇に沈んだ世界ではなく、どこから光が流れてくるが判るのです。
外の眼を失った代わりに内の眼を手に入れ、「嗚呼これが本当にお師匠様の住んでいらっしゃる世界なのだ。これで漸くお師匠様と同じ世界に住むことができた」と思いました。
「お師匠様、私は盲目になりました。
もう一生涯お顔を見ることはござりませぬ」
と私は彼女の前に額づいて言いました。
彼女は震えた声で聞きます。
「佐助、それは本当か?」
そのお声を聞けたのが、私生涯一番の喜びでした。
彼女の声は天に舞上がりそうな気持ちを抑えきれずに、滲み出たようです。
思えば27年間お仕えしましたが、名前だけで呼ばれたのは初めてでした。
もしかして今なら……。
「お琴よ。私に見ているのは、お前のあの、美しい顔だよ」
私の衰えた眼では部屋の様子も、彼女の姿も判別見分けが付きませんでしたが、彼女の色白の顔だけが闇の中に浮かび明かります。
「佐助……」
「お琴……」
私ら二人はお互いを包んで、朝まで泣きました。
月が欠けているか、満ちているか、今はもう確かめる由もありません。
しかしそれはどうでもよくなりました。
私らに見えている光さえあればいいのですから。




