第3章・4話 恨みを買っていた春琴
色男を台無しにされて素直に諦めきれなかった利太郎は、明くる日からも図う図うしく稽古にやってきました。
それならば本気で叩き込んでやると、お師匠様も俄かに態度を改めてびしびし教えます。
利太郎は面喰って毎日三斗(50ミリリットル)の汗を流し、ふうふう言い出しました。
もとより自分免許でいい気になっていたのを、厳しい扱きで粗が目立つようになるもの当然です。
だらけた心では辛抱しきれず次第に横着になり、いくら熱心に教えてもわざと気のない弾き方をするもんですから、我らが師匠が黙っていません。
「阿呆!」
そう怒鳴ってお師匠様は撥を投げつけます。
「あ痛!」
目が見えないのに、撥は眉間に当たります。
目に入ったら一大事ですが、目明きのように気にしません。
「覚えてなはれ」
利太郎は額から血をぽたぽた滴らせ、捨て台詞を残します。
三味線も片づけずに立ち去り、それきり姿を見せませんでした。
お師匠様の柵は数えたら限りがありません。
「うちの娘になにしてくれねん!」
ある日男が怒鳴り込んできました。
その男は北の新地辺りに住む少女の父親でした。
少女は芸者の卵であったから、みっちり仕込んでもらうつもりで稽古の辛さに耐えてお師匠様の門に通ってました。
例の如く撥で頭を打たれたので、泣いて家へ逃げ帰り、その傷痕が生え際に残ったので、親父がカンカンに腹を立ててやってきたのです。
「何ぼ修行だからといって、年端も行かぬ娘を苛むにも程がある」
「妾は他所よりも厳しいって評判です」
今にも殴りかかろうとする父親に対して、お師匠様は涼しい顔で答えます。
「覚悟が足りぬ。三味線は甘くないわ!」
「何やと!」
その一言に父親は肩を聳やかして、お師匠様に近付きます。
私は慌てて間に入りました。
打たれてもお師匠様で慣れてますから、私の頬を差し出すつもりで何とか宥め賺せます。
娘に同情し、今月の月謝は要らないと言って、新しい師匠を紹介して漸くお帰りなりました。
最後に父親はお師匠様を睨みつけましたが、お師匠様は詫びの一つも言いません。
こんなことばかりなので、あの災難は起こるべくして起こったのでしょう。




