表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/57

第3章・3話 春琴と佐助の心

 お師匠様が取る弟子は二つに分かれます。

 一つは芸人志望。

 芸事げいじ、それも三味線で生計を立てるために、死に物狂ものぐるいで稽古に挑みます。

 家に金がないから技を身に着けようとしているわけで、月謝げっしゃとどこおったり中元ちゅうげん歳暮せいぼが貧相になりがちです。

 お師匠様は贅沢をするために弟子を取っているので、実入りの少ない弟子に興味は薄い。

 その為、辛苦しんくあえいで逃げ出すならそれでいいし、耐えきったなら天下にとどろく三味線弾きになると、稽古は苛烈かれつを極めました。

 

 そして片方は裕福な家の手遊てすさびです。

 趣味や道楽で通うのでこころざしは低いが、心付こころつけにんでいる。

 そのためお師匠様は毒にも薬にもならないような稽古をつけ、なるべく逃がさないようにしていました。

 

 利太郎は後者で、お師匠様の美貌が目当ての放蕩者ほうとうものでした。

 土佐堀の雑穀商・美濃屋みのや九兵衛の跡取あとどりということもあり、親の七光りで何処どこへ行っても若旦那とおだてられます。

 そのため威張る癖があり、お師匠様の弟子仲間を実家の奉公人並みに見下していました。

 お師匠様もも心中面白くなかったでしょうが、例の心付けをたっぷり利かせるので断りもせずせいぜい如才なく扱っております。

「お師匠さんもおのれには一目置いている」などと云い触らし、私を軽蔑しているのが見て取れます。

 ことさらに私の代稽古を嫌い、「お師匠さんを呼んでくれ」と駄々(だだ)をよくねました。


 お師匠様も私も扱いあぐねていたる年の如月きさらぎ、利太郎の父・久兵衛から梅見に招かれました。

 九兵衛が所有する庭園で梅の古木十数本が植わっており、つい住処すみかに建てた藁葺わらぶきの家があるそう。

 そこで宴を催すから、息子が世話になっているお師匠様をしたいとのことでした。

 お師匠様が外出なさるときは、私が手曳く決まりですから私もついていきました。


 庭園に着くと、九兵衛の旦那・利太郎は勿論もちろん、宴を盛り上げる幇間ほうかんや愛想のいい芸妓げいぎが大勢おり、大変にぎわっていました。

 私はお師匠様のお傍について、お師匠様が旦那様と挨拶するのを聞いていますと―。


「さあさあ、佐助どん。飲みなはれ」


 幇間がお猪口ちょこを押し付けて、酒を注ごうとするのです。

 私は出先だとお師匠様の許可なしでは一滴ひとしずくも飲むことを禁じられていましたし、酔っては肝心の手曳きが務まりません。

 私は飲む真似をして誤魔化ごまかしていましたが―。


「佐助どん? 杯がちっとも減ってらんで?」


 利太郎が目敏く見つけ絡んできました。

 私は曖昧な笑みを浮かべてあしらおうとしましたが、許してくれません。


「せっかくの晴れの日や、楽しまんと梅に失礼や」

「私、下戸なもんで」

「少しの酒で酔えんなら、得やないかい」

「手曳きの務めがありますから」

「こんだけ人がいるんや、なりたがっておるもん2人や3人いまんねん」

「お師匠様が……」

「お師匠はん、お師匠はんのお許しが出な佐助どん飲みやはれしまへん。今日ぐらいゆっくりさしたげなはれ」


 どんな怖い者知らずなのか、利太郎はお師匠様に意見します。

 ですが内実を知らず、客としてお師匠様に会っているとこんなものでしょうか。

 私が困ったようにお師匠様を見ると、猫を被ったお師匠様が莞爾にっこりと微笑みます。


「まあまあ少しはようござります。余り酔わさんようにしてやって下され」


 その一言で、許しが出たとばかりに周りから酒を注がれ、宴は更なる盛り上がりを見せました。

 余りに多くの者が酒をぎに来るので目が回りますが、私に酒を飲ませるのがおもたる目的ではなく、お師匠様を間近で見たいついでのようです

 大阪一の三味線の腕のみならず、町を歩けば誰もが振り返ると噂の、美貌の師匠を近くで見た幇間ほうかん芸者は、姥桜うばざくら艶姿あですがたと褒めそやしました。

 雇い主の利太郎の歓心かんしんを買わんとするお世辞のようですが、37歳のお師匠様は実際よりも10は若く見えます。

 透き通るような白い肌を備えた襟元などは、見ている者にぞくぞくと寒気を覚えさせる程で、幾分いくぶん本音ほんねも混じっていたでしょう。

 姥桜うばざくらとは盛りを過ぎても美しい女人にょじんを指しますが、お師匠様は満開の桜にも引けを取りません。

 つやつやとした小さな手をつつましく膝に置いて、俯向うつむている盲目の美女の姿は、その場にいる者の目を惹きつけて放しませんでした。


 せっかくなら咲き誇る梅を間近に見ようと、お師匠様と私は庭に出ました。

 お師匠様は目が見えませんから、私が手をつかんで梅のみきに引き寄せ、

「ほれ、此処にも梅がござります」とお伝えします。

 周りには連れ立った幇間が囲っています。

 なめらかな白い手で、梅の幹をしきり撫で回す姿を見た一人が、間抜けな声を出します。


「ああ梅の樹が羨ましい」


 それ聞いたもう一人が何を思ったのか、お師匠様の前に立って腕を横に伸ばし首をかしげて言います。


「わたい梅の樹だっせ」


 すると、一同どっと笑い崩れました。

 場を和ます愛嬌なのでしょうけど、お師匠様は眉間に険をめます。

 しかしはっと気付いて、口元に手を当てて笑った振りして取りつくろいました。

 外面そとづらを気にしてのことでしょうが、私はいつかぜやしないかと気が気ではありません。


 散歩が終わるとあたりは暗くなっていました。

 お師匠様を曳いて座敷に戻ろうとすると、利太郎が声を掛けてきます。


「佐助どんあんたも疲れはったやろ。

 お師匠はんはわいが預かる、あっちに支度したあるさかい、一杯やって来とくなはれ」


 そう云われるままにお師匠様と離れ、私は別室へ引き退さがってタ飯をご馳走になります。

 隣には芸妓げいぎがべったりと付き添ってもらったので、気が引けながらもお猪口を口に運びました。


 そそがれるままに酒を呑んでいると、時の流れがゆったりとしてきます。

 どれくらい経ったのかわかねますが、お師匠様の声が恋しくなった頃、廊下から張り詰めた声が聞こえました。


「佐助どん! 佐助どんはおるか!」


 かわやでしょうか、そう考えてしまいましたが一気に酔いがめて、廊下に飛び出します。


「お師匠様!」


 見るとお師匠様が利太郎に手を掴まれていました。

 お師匠様の顔色で察した私は、利太郎の手をはたき落とします。


「何さらすんじゃ!」


 お師匠様ほどではありませんが、私も弦を弾く者ですから指に力があります。

 利太郎の根性なしはぐに手を放しました。

 お師匠様を取り返した私は、わめく利太郎を振り返らず、屋敷を後にします。


「すみません。私が目を離したばかりに……」


 この後どれだけ怒られるかわかりませんが、とりあえずあやまると、お師匠様はほおを赤らめて言います。


「腕が痛い……。今夜は念入りによろしゅう」


 私はその晩、念入りに腕を按摩あんまをしました。

 これにりて利太郎が寄り付かなくなるといいのですが……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ