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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期3 目指せ、収益200万ローツ大作戦
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セオフィラスの初陣 ④


 ジュリアス・カール・グラッドストーンはグラッドストーン王家の人間である。クラウゼンとオーバエルの国境地帯での軍議に出席していた折、そこへ現れた人間が不審な方向へ逃げていくのを見て自ら即座に動ける兵を率いてきた将の1人でもあった。


「この先は、どうやら森の先の町だったようです。セオフィラス・アドリオンと名乗った少年の指揮で敵が崖の上から投石で攻撃を加えていまして、これ以上は兵の損耗が懸念されますが」

「損耗だと? この登山道を抜けることができれば、森を踏破せずともボッシュリードへ攻め込む新たな道となるんだ。どれほどの死者を出そうが、このルートは確保する必要がある。攻めあぐねているんなら、俺が切り込む」

「しかし、殿下――」

「殿下じゃあないだろう。今は偉大なるジュリアス・カール・グラッドストーン将軍と呼べ! 何のためにこんなところを歩き通してきたと思っているんだ」


 セオフィラス達の後退しながらの反撃に倒れた兵を置き去りに、ジュリアスは早足に歩く。


「伝令は出てるんだろうな?」

「はっ」

「俺が押し込む。編成した予備兵力も投入する。俺の号を待て」


 怒号と悲鳴が入り乱れる戦場を見て、ジュリアスは剣を引き抜いた。崖の上から一方的に降り注ぐ攻撃。よじ登るにはそこを突破し、折り返すような坂道を上がらなければならない。激しい攻撃ですでに先行させていた兵のほとんどが倒れたり、勝手な敗走をしてしまっている。


「貴様らにはグラッドストーンの勇敢なる兵としての誇りがないのか!? 逃げるなどは許さん、行け!」

「ジュリアス、将軍……!?」

「行け! 行け行け、行けェッ! 引き返すんじゃない、俺の後ろへついて来いッ!」


 すれ違おうとする兵を捕まえては後ろにつけと命令し、ジュリアスは戦場へ歩いていく。投石が届かないギリギリまで近づいてから足を止めると、ジュリアスは大岩の上で立って戦場を見守っている子どもの姿を見た。


「あれが指揮官? ほんの子どもだな……。おい、お前の剣を寄越せ」


 兵から剣を取り上げ、ジュリアスはセオフィラスを見据えた。セオフィラスも気がついたらしく、崖の上の仲間へ手で合図して攻撃を一旦やめさせた。


「ジュリアス・カール・グラッドストーンである。そこのガキ、退け。退かねばこの先にある、森の奥の町に住む人間を全て殺し尽くすぞ。退けば貴様の家族だけ助けてやろう」

「断る」

「そうか。だったら全員、死んでしまえ。……俺の合図で貴様らは走れ」


 ジュリアスが剣を持ち上げる。セオフィラスが崖の上へ合図を出すと、再び投石が始まった。上から、ぶつかれば痛いでは済まない石が大量に落ちてくる恐怖。死にかねないし、大怪我にも繋がりやすい。にも関わらずジュリアスは一目散にセオフィラスまで駆けた。一切のためらいを見せず、まっすぐセオフィラスに迫って飛び上がり大岩にしがみつく。


「小僧が、調子に乗るなよ?」


 容赦なくセオフィラスは剣を振り切った。だがジュリアスは柄でそれを受け、セオフィラスに肩でぶつかって間合いを作り出して剣を振るう。


「っ――」


 剣を受け、セオフィラスは力ずくで弾き返す。

 そうしながらセオフィラスは驚いた顔でジュリアスを見ていた。真剣で打ち合って初めて、強い相手と遭遇した気分だった。それも並大抵ではないと感づいた。


「どうした、小僧?」

「……強い」

「当然だ。この剣の腕でもってのみ、王家の一員でありながら俺は一兵卒から成り上がった。貴様程度の小僧、掃いて捨てるほどに下してきた」

「へえ……。グラッドストーンってすごい。でも、負ける気もないかな」


 セオフィラスが剣を細かく振るうように攻め立てる。ジュリアスも同様に打ち合い、セオフィラスが剣を大きく引いたところへ突きを繰り出そうとした。だが誘い込まれたことに途中で気づき、ジュリアスが剣を立てた。わざと隙を作って誘い込んだところへぶつけるはずだった一撃を受け止められる。ジュリアスが長い脚で前蹴りを繰り出し、セオフィラスは大岩から蹴落とされる。


(この人、足場の悪いとこだったのにあんな安定した攻撃――ローレンスおじさんとも違うし、エミリオとも違う。この感じ、師匠とか、ゼノに近い? 剣筋は違うけど、一体どういうこと?)


 降りてきたジュリアスを見ながらセオフィラスは不思議な感覚に囚われる。


「調子に乗っているなら教えてやる、小僧」

「何……?」

「ルプスはとうに滅んだ。俺の力でな」

「知らないよ、ルプス――なん、てぇ!」


 岩の上という不安定な足場から、それよりはマシな地面の上へと舞台を変えてセオフィラスはジュリアスに挑む。セオフィラスとジュリアスの攻防は見ているだけの者を圧倒する壮絶な斬り合いだった。血が舞い散り、互いの体に傷が次々と創られていく。まるでノーガードの殴り合いという様相だが、互いに致命傷になりうる箇所や、動きが鈍るようなところの傷は防いだり避けたりして、ひたすら相手を攻め続けている。

 それでもセオフィラスは僅かに後退を余儀なくされている。押し込まれるほどの圧力と攻撃力があった。僅かな力量の差はジュリアスに傾き、狙い通りにセオフィラスを押し出そうとしている。


(強い、この人、本当に強い! 手も足も出るし、師匠ほどの圧倒的な差は感じないけど――競り勝てない!)

(このガキ、ルプスの縁者なのは確かだろうが――何か違う。だが指揮官として、未熟! あまりにも!)

「未熟に過ぎるな、小僧!」

「なっ――!?」


 セオフィラスを押し切ったジュリアスが剣を振り下ろしたのは壁のように聳える崖だった。素早く二度、ジュリアスの剣が交差するように振り切られると岩の壁へ深々と、大きくその痕跡が刻みつけられた。


(剣戟だけを飛ばした――人の一式!?)


 次の瞬間、崖が崩落を始める。その上へ陣取っていた有志兵が足場を崩されて転げ落ち、打ち砕かれた岩の破片に巻き込まれる。


「今だ、全体ッ! 突撃して敵の防衛線を押し破れッ!」

「うおおおおおおおお――――――――――っ!」

「しまっ、これじゃあ――」

「小僧、貴様は念入りに殺してやるぞ。ルプスは生かしておけん!」


 味方は崩落に巻き込まれ、敵軍が雪崩れ込んでくる。いち早く立て直さなければこのままアルブスまで攻め込まれてしまう。だがセオフィラスはジュリアスに足止めをされる。


「こん、の!」

「ハ、雑になってきたな。焦ったか、本物のルプスではないらしい!」

「っ!?」


 焦りを見透かされ、セオフィラスは首を刈り取られん勢いの攻撃を受ける。剣で受けながら飛びずさり、だが瞬時に詰められる。守勢に回ったところをジュリアスは一気に畳みかける。それがさらにセオフィラスを焦らせてしまった。アトスの教えは一貫し、常に攻め手が有利であるということを身をもって叩き込まれている。だからこそ状況の悪さが理解でき、それを挽回しようと焦るほどに付け入る隙を作ってしまう。


「なぶる趣味はない、終いだ!」


 何度目とも分からぬ剣のぶつかり合いの中で初めて、セオフィラスは違うものを感じた。ぶつかった剣から伝わった振動が一層強く、握った手を一瞬だが激しく痺れさせたのだ。そのまま剣を弾き飛ばされ、ジュリアスが大上段から剣を振り下ろしてくる。目を逸らすことはなかった。だが手の瞬間的な痺れが次に打つ手立てを奪い取ってなすすべがなかった。見開いた目で全てをセオフィラスは睨む。――死ぬか、と冷たい予感が奔ろうとして、だが自分を突き飛ばしながら間に入ってきたものを見て心臓が跳ねた。


 スタニフラスがセオフィラスを突き飛ばして、ジュリアスの剣がその巨体を深々と切り裂いた。脇の下から樽のように出っ張った腹が引き裂かれ、脂肪の中から臓器を撒き散らしながらどうと倒れて痙攣すると動かなくなる。


「スタニフラス――」

「往生際の悪い……。次こそ、終わりだ」


 目の前で人が死ぬのを見たのは初めてではない。セオフィラスとて、この戦いで何人も切り殺した。だが見知った人間が物言わぬ、単なる肉の塊と化したのを見ると恐怖と怒りがセオフィラスの中で込み上げて膨れ上がってきた。剣は遠くに落ちていて拾えなかったが、スタニフラスの持っていたハルバードへ手を伸ばして再び襲いかかってきたジュリアスの攻撃を防ぐ。


 怒りは激烈なエネルギーをセオフィラスにもたらした。持ちなれないハルバードという長大武器の重量を感じさせない、鋭く敏捷な動きでジュリアスに牙を剥く。リーチを活かしてハルバードを突き込み、躱されても斧のようについている刃で切りつけにもくる。それでいてジュリアスが仕掛けても長い柄で受け流されたり、捉えたと思って剣を振り下ろしても真横へ体ごと転がって避けてしまう。


(この程度で取り乱して――だがこの動き、捉えきれない!? 速い上に、何だこの動き!? 柔軟、柔軟なんて言葉じゃない、動きを読んでる? それとも俺の動きを見てから、反射的に動き続けているとでもいうのか!?)


 焦りを抱いたのは、今度はジュリアスだった。だがジュリアスはグラッドストーンでは高らかに勇名を馳せている武人だ。ルプスという異人の、殺人集団を殲滅したという比類のない武勇を持ち、それだけの経験を積み重ねている。夥しい数の死闘を生き抜いて、その中で彼は人の一式を身につけた。

 気力を漲らせて力任せにジュリアスが剣を振り落とすと、受けたハルバードの刃が砕け散った。そのままさらに踏み込んでジュリアスは切り上げたが、セオフィラスが刃に真横からの張り手をぶつけて軌道を変えさせる。タイミングがズレてしまえば腕が切り飛ばされる危険な反撃にジュリアスは目を見張る。対してセオフィラスは戦いの最中であるはずなのに、興奮も恐怖もないような、ただただ落ち着いた目をしていた。

 そして、刃を逸らしたセオフィラスが飛び上がり、ジュリアスの首にスリングの布を引っ掛けながら背後に回る。背中合わせになりながら膝を曲げてしゃがみ込み、首を圧迫しながら背負い落とした。天地が逆さまになった上、強く気道を圧迫されたジュリアスがせき込みながら地面へ倒される。


「ジュリアス将軍!?」

「殿下!?」


 両軍の入り乱れる戦場において、互いの大将がぶつかり合う様子は誰もが見てしまうものだった。グラッドストーンの兵が、地面へ転がってせき込むジュリアスに目を奪われ、自分の剣を拾い上げたセオフィラスに息を飲む。


「――両軍に告ぐッ! ジュリアス・カール・グラッドストーンの生殺与奪はここにあるッ! 矛を納めろ、でなければこの男を殺す!」


 その声は岩山へと響き渡る。ジュリアスが剣を振り上げようとし、だがセオフィラスが無造作にその手を蹴り飛ばし、手首を踏みにじった。さらにジュリアスの胸へもう片足を降ろし、動きを封じながら剣を喉元にまでつきつける。


 セオフィラスの初陣は、当初の想定と全く外れた形で終わりを迎えるのだった。

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