セオフィラスの初陣 ③
「後退、後退ーっ! 走って、どんどんっ! 殿は俺が、やる!」
指示を出しながらセオフィラスはスリングで石を飛ばした。するするとデコボコの道を追いすがってきた敵の頭へ石をぶつけて倒す。それからまた走り、適当に足を止めて振り返った。夜道で篝火を持った人の列がまばらにこちらへ迫ってきている。だがその列は長く、最初に火を放った野営地が小さく見えていた。
「ハアッ、ハッ、ハッ、も、もう、俺ぁ、ダメだ……」
また先へ進もうとセオフィラスが前を向くと体の大きな有志兵の1人がヘバって両膝に手をついていた。セオフィラスが見上げないとならないほど背も高く、横にもひと際大きい。そんな彼の背丈よりもさらに長く大きなハルバードを背負っている。手合わせをした時はそのリーチと思い切りの良い攻撃で少しだけ苦戦をした。
「スタニフラス! 取り残されたら捕虜にもならないで殺されちゃう! だからがんばって!」
「んな、ことを……言ったって……!」
「次の地点まで行けば休めるよ! ほら、俺みたいな子どもに背負われて、もぉぉ……! 嬉しく、ないんじゃないッ!?」
無理やりにセオフィラスはスタニフラスの前へ回って、彼の大きな体を背負ってしまう。そのまま重そうに歩き出してしまい、スタニフラスは慌てて地面へ足をつけて自分の足で立つ。
「わ、分かった……! 分かった、から、ムリをするもんじゃねえよ……!」
「はあ、重い……。どれだけ重いの? 痩せたら?」
「う……そ、そうだな、生きてたら、痩せるか……」
「約束だよ、忘れないで。ほら、先に行って!」
彼の尻を叩くように叱咤してからセオフィラスは石を4つ拾い上げ、それをスリングで放った。また走り、段差を飛び降りる。今度はまた段差を登らなければならない。ここならば敵を惹きつけて相手ができるだろうかと、追い迫っている敵の人数を数えた。
「11、12、13人……。13人目まで倒したら、その間に5人くらい到着しちゃうかな? でも食い止めてから離脱できれば、スタニフラスが次のところまで辿り着けるか……?」
「セオフィラス、何してるんだ!? そこまで敵が来てる!」
「先行ってて! 俺が食い止める!」
声をかけてからセオフィラスは剣を出した。森の中で見つけた白い剣だ。柄にはそう大きくはないが白い宝石のようなものがはめこまれていて、セオフィラスが持つと通常の剣よりは長く見えてしまう。鞘はまだないので布を巻きつけて持ってきていて、その布を片手に持ったままセオフィラスは敵を待ち受ける。と、その横へヨエルが走ってきて剣を構えた。
「ヨエルっ?」
「領主だとか関係ない、俺はお前に負けてるからリベンジしてやるんだ。だからそれまでに死なれちゃたまらない」
「……ヨエルも、死んじゃヤダよ」
「死ぬもんか」
「適当に相手したらすぐ引き下がるから」
「了解」
「来たよ――」
段差を飛び降りてきた敵を認め、セオフィラスが声をかける。ヨエルも構え、2人が一斉に飛びかかった。着地したところを狙ってセオフィラスは剣を振り落とす。相手も剣で受けようとしたが、それを弾き、返した刃を振り上げると頭が飛んで地面へ転がった。首から血を噴きながら倒れた死体を蹴り飛ばし、セオフィラスはまた次の敵目掛けて猛烈に剣を振るう。
(こい、つ――すげえ)
セオフィラスと距離を取りながら敵を迎え撃っていたヨエルは、少年領主の戦いぶりを見て戦慄した。3度の手合わせをしたが、それでもヨエルには底が知れなかった。だが今、木剣ではない真剣を持って戦う姿を見て畏れを抱いた。容赦のない戦いぶり、そしてその技の冴えの数々。ヨエルとて敵を殺す戦いは初めてだ。そしてセオフィラスも初めてだろうと思い込んでいて、だからこそ、初めて人を殺そうとしているのに一切の躊躇がないことへ恐怖心を持った。
(あの剣の切れ味がいいから、じゃない。だってあいつは、木剣でも手がつけられない強さだったんだ。本物の剣を持った、今のあの姿が本来のセオフィラスの力――)
6つも年下の、ほんの子どもにしか見えないのに圧倒的が過ぎる戦いぶりはヨエルには衝撃でもあった。まるで小さな嵐と化して人を蹴散らしているかのようでもあった。近づけば切り刻まれ、なぎ倒されるのだ。
「ヨエル、退くよ!」
「あ、ああっ!」
長い槍をかいくぐって敵の心臓を一突きして刺殺したセオフィラスに声をかけられ、ヨエルが反転する。石を拾ったセオフィラスがそれを直接、腕を振るって投げつけてからヨエルの後を追った。
「ヨエルのお陰で想定よりも時間稼げた! ありがと!」
「いいけど、血だらけだぞ?」
「返り血だよ。目にかかった時はヤバかったけど」
「……お前――」
「伏せて、矢!」
いきなり押し倒されてヨエルは背後を見た。山なりに矢が降り注いできてくる。身を隠す場所もなく、第一射目をやり過ごしてからまた走り出す。
「もうちょっとで終われるのに……!」
「セオフィラス!? お前、矢が刺さって……!」
また走り出してからヨエルは背後を見て、後ろを走っているセオフィラスに矢が刺さっているのを見た。背中へ突き刺さった矢の羽根が走るのに合わせてふらふらと揺れている。
「え、刺さってる? 掠ったくらいだと思ってた、でもあんま痛くないから大丈夫!」
「そういう問題か……!?」
「二射目がくる――けど大丈夫、あれはここまで届かないから走って!」
ヨエルも後ろを向いて放たれた矢を見た。届くんじゃないかという予感を抱いて加速し、目の前へ矢が1本降ってきた。
「届いたじゃないか!?」
「俺、弓矢ってあんまり分かんなくって! でもまばらだし行けるよ! あははっ!」
「笑ってるのか、お前!? 正気か!?」
「だって何か楽しい、思った通りにことが運んでるし! 皆、準備はできてるよね!?」
ようやくヨエルは最後の伏兵が潜んだ地点まで来ていたのだと気がついた。セオフィラスが声を張るが反応らしいものはない。伏兵の存在を悟られてはならなかったのだが、セオフィラスはテンションが上がりきって声をかけてしまった。それでも構わないとばかりに、少年は走りながら腕を伸ばして石を拾って布へ包むようにしてスリングの準備をする。
「ヨエル、行って!」
「お前は!?」
「ここでいい!」
転がっていた大岩へよじ登ってセオフィラスは剣を横へ置いた。
石を包んだ布を振り回しながら、敵が迫ってくるのを待つ。途中で時間稼ぎを兼ねながら敵を惹きつけたからか、追いかけてきていた敵の一群が膨れ上がっているかに思えるほど多くなっている。息を吹きながらスリングを回し続け、距離を測って少年は待ち受ける。
敵軍の1人ずつの顔が見える距離になり、セオフィラスは息を止め、吸った。
「アドリオン領主、セオフィラス・アドリオン! これ以上の侵攻には、一切の容赦と情けを捨てて迎え撃つ準備があるッ! 退きたくば、今ここで退けッ!」
空気を震わせるような大きな声でセオフィラスは警告を発したが、敵軍は突撃をしてくる。最後の伏兵を置く場所にセオフィラスはやや開けた場所を選んだ。アルブスの方面へ向かう時、右手側に岩壁が、左手側は広いとは言え断崖がある。そこを落ちればただでは済まない高さとなっている。ここを見下ろせる岩壁の上には有志兵が集ってもいる。梃子を使って大岩を転がす準備もされていれば、ありったけにかき集めた石もある。これらを落としてしまえば一溜りもなく、同時に道を塞いでしまえるという魂胆があった。
「退かないのであれば、殲滅をするッ! 構えッ! 放てェッ!」
号令とともにセオフィラスはスリングを放った。うっすらと、明けようとしていた空に小石が飛び、ともに崖の上から無数の矢が放たれた。




