第39話
皆がドラゴンの卵を見ていた。コリスの数倍、それどころか、人間の腰くらいの高さまである大きさの卵だ。
光を発しながら罅割れていく。
「バカな、まだ産まれるには早すぎる。最低でもあと数日はかかる筈だぞ?」
エンヴィーが驚きの声をあげた。おそらく、今卵を渡しても、ユーフェミアが本拠としているアークティカ王都に帰り着いてから数日後に孵化するだろうと考えていたのだ。
いったい何が起きたのか? せいぜいあの猫が前脚で卵に触れただけにしか見えないが。……それ以前に、あの猫、普通の猫か?
卵が完全に罅割れ、中から一頭の小さいドラゴンが姿を現した。
活火山にある洞窟内で生活しているだけあってエンヴィーは赤色を主体としているドラゴンである。その子供という割には、どう見ても、白い。白龍なんて言葉がピッタリ来そうなほど、白かった。大きさとしては小型犬よりは大きいくらいだろうか。
「クー?」
そのような声をあげ、目の前に座る黒猫を見つめる白龍。黒猫よりかなり大きい。
見つめあう二匹。
やがて、白龍が己の体をコリスにこすりつけた。まるで猫が懐いている人間に己の体をこすりつけるように。
「にゃっ」
驚いたのか、コリスは直斗の黒コートの内ポケットに逃げ込んだ。首だけ出して白龍を見つめていた。
「クー?」
物凄く悲しそうな顔をしていた。コリスも申し訳なく思ったのだろうか? 直斗の黒コートから飛び降り、白龍に近付く。
「クー」
声色が変わった。凄く嬉しそうだ。
コリスも懐かれて悪い気はしないようで、しばらく二匹はじゃれあっていた。
「刷り込み……か?」
「その可能性が高いな。黒猫を母親か何かと勘違いしたかもしれんな」
直斗の疑問に蜥蜴丸が答えた。なんとなく科学者っぽいな、と直斗が思ったかどうか。
「フム、仲良くやっていけそうだな。頼むぞ、ユーフェミア」
「エンヴィー、私の手にはおえそうにない気がするよ」
「ところで、エンヴィーよ、俺たちであの子ドラゴンを育てるのはかまわないが、その代わりと言ってはなんだが、お願いがある」
急に真面目な声色になった直斗を訝しげな眼で見るエンヴィー。
「何かな?」
「俺を乗せて空を飛んでくれ」
直斗の野望、否、欲望が解き放たれた。
「断る」
「お願いします!!」
速攻で土下座を決め込む直斗。ドラゴンに乗って空を飛ぶなど、この機会を逃してはいつ巡り合えるか分かったものではない。
エンヴィーの溜息だけが広大な空間に響いた。
結局、全員を乗せて空を飛ぶことになったエンヴィー。土下座を決め込む直斗を見て憐憫の情がわいたとか。
「サイッコー!!」
直斗はハイテンションであった。風が気持ちいい。直斗の黒コートのポケットの内側から顔だけ出して、コリスが気持ちよさそうにしている。
「良かったね、ナオト」
隣に立つエクリアも直斗が喜んでいるのを見て悪い気がしない。彼女の腕の中には白龍がいる。
「ああ、空を飛ぶなんて滅多に出来るもんじゃない。いつかはエクリアと二人だけでこうして空を飛びたいね」
ハイテンションなため、エクリアを口説いているなんて実感はない。直斗の残念なところである。
「そうだね、今度は二人だけでお願いしてみよう!!」
凄くいい笑顔をしている。エクリアもドラゴンに乗って空を飛ぶという快感に気付いたんだな、うん、などとエクリアの思いとは全く違う方向に考えが行ってしまう直斗であった。
「あれは、絶対に勘違いしているわね、ナオトは」
シンシアの言葉に代表されるように、この頃にはもう、皆が直斗のヘタレさ、ダメさに気付いている。
「クカカカ、ワガハイが邪魔をしなくても、直斗はこのまま、修羅場行き? 亜麻色髪をけしかけたらもっと楽しめるか? エクリアには幸せになってもらいたいが、直斗にはトコトン不幸になってもらいたい、そんなワガハイ天の邪鬼」
「蜥蜴丸はダーティーだね」
「エルフ耳よ、お前もけしかけてやろう。何、ワガハイ直斗の慌てふためく姿が大好物。ついでにお前もエクリアと修羅場って、ワガハイを楽しませてくれんかね? 亜麻色髪も合わせて三つ巴?」
「蜥蜴如きの策略に乗っかる私ではないぞ」
「貴様の詩集を、直斗にばらしてやろうか?」
いつの間にか蜥蜴丸の手にはディアナの詩集と、そっくりな装丁のノートが握られていた。
神速と言っても過言ではない速さでそれを奪いとるディアナ。
パラパラとめくってみたが、何が書いてあるのかさっぱり分からない。
「おいおい、ワガハイの実用化目前のアイディア集をガン見しないでくれないか? 情報流出で裁判所に訴えるぞ。もちろん、裁判官、弁護士、検事、すべてワガハイ。罰は貴様の詩集晒し祭りの刑。直斗が『マジ乙女(笑)』とか言っている姿が容易に想像できるトカ」
「やめて……ください……」
「やれやれ、あちらはあちらで楽しそうですねえ。あ、王手」
「げげ? げっげ。げげげ、げっげげ」
「待ったはなしですよ、ゲーサン。しかし、空の上でうつ将棋というのも乙なものですね。……、どうして、駒が空を飛んだりしないのでしょうか? ゲーサン、負けたのが悔しいからと言って盤ごと吹き飛ばそうというのはどうかと思いますよ」
ようやく洞窟に帰ってきた一行。一時間以上空の旅を楽しんでいた。
「いやあ、楽しかった。土下座した甲斐があったってもんだ」
「空を飛ぶのって、気持ちいいんだね。是非、またお願いしたいね。今度は二人でこようね」
「にゃっ、にゃっ」
「クー」
「わかった、お前たちも一緒な」
「ふふふ」
「なあ、信じられるか? あれで付き合っていないんだぜ、あいつら。クカカカ、そこにワガハイがつけいる隙があるトカ」
「ふん、ナオトは私のモノだ」
「むむむ、私もあんな風にいちゃつきたいな。でも、エクリアを敵にまわしたくはないな。もう、氷漬けは沢山だよ」
「やれやれね」
「ゲーサン、将棋というものはですね……」
「げっげ。げげ、げげげ、げっげ、げげ」
「お前たちはいつもこうなのか?」
洞窟内にエンヴィーの溜息が響いた。こいつらに子供を預けるのは失敗だろうか?
「さて、時は来た」
宿屋に帰ってきた。今日まで泊って、明日アークティカ王都に帰ることになった。
部屋に入るなり、蜥蜴丸が声を発したのである。
女性陣と別れ、温泉に入った後、全員で夕食を食べようという事になった。もちろん、ディアナも一緒である。羽根をしまえば、彼女は普通の人間と外見上一切の差異がない。
「何の時だよ?」
直斗にもゲーサンにも心当たりはなかった。
女性陣が温泉に向かったのを確認した後、蜥蜴丸が話を続けた。
「何って、決まっているじゃない。覗くんだよ。男のロマンがそこにはある。負けられない戦いが、そこには待っている」
何故このような時だけ、異様に渋い声で喋るのだろうか?
「いやだよ、覗かんぞ」
ゲーサンも直斗に同意するかのように頷く。
「なんで、覗かないんだよ、そこに男のロマンが待っているんだぜ? もっと、もっと覗きに真剣になれよ、熱くなれよ!!」
何故に熱苦しく語るのだろう? テニス選手でも乗り移ったか?
「いや、でもな……」
「『でも』、『しかし』、そう言った言葉がワガハイらの覗き時の邪魔をする。じゃあ、何時覗くの? こういうチャンスは今しかないだろ?」
何故か熱弁する蜥蜴丸の言葉に熱を帯びかけた直斗とゲーサンであったが、途中からそっぽを向いた。蜥蜴丸は気付かない。
「こういうチャンスは全員そろっている今しかないんだぜ? 覗いてもいいんですか? いいんです。クーッ!!」
直斗はその言葉にサッカーで有名なあるタレントを思い出したトカ。両手はサムズアップを決めている。無駄に芸が細かいな、と直斗は思ったトカ。
「そう、覗くのは今。覗く貴方にアタックチャ●ス!!」
もはや直斗が思い出すのは某お笑い芸人しかいない。蜥蜴丸は握り拳を作っている。いくつパターンがあるんだ? そして、何にアタックチ●ンスを決めるのだろうか? 俺としては角の五番、もしくは二十五番。右側の方がいい。テレビで見る限り、俺は出演者より正解している。でも、どれだけチャンスがあっても、異世界からは出演できない。
「『覗く度胸がない』、『バレたら後が怖い』、そんな言葉がワガハイらの覗き時の邪魔をする。じゃあ、いつ覗くの? 今でしょ!!」
何故か最高にいいドヤ顔をする蜥蜴丸。何かのCMで見た気がするセリフが使われているな。オーバーな身振り手振りもついている。
「今でしょ!!」
どうやら、まだ気付いていないらしい。そして、一人で覗きに行く度胸はないらしい。
直斗は親切に教えてやることにした。
「蜥蜴丸、後ろ」
蜥蜴丸はネジのいかれた機械のように振り向いた。まるでギギギ、と音が聞こえてきそうなくらい、ゆっくりと。
そこには、にこやかな笑顔でエクリアが立っていた。
「言い残すことはないかな、蜥蜴丸?」
「直斗がエクリアと、否、女性陣全員と混浴したい、そう申しておりました」
凍りつく蜥蜴丸。何故か恍惚の表情をしている。
「ゲーサン、お願いね」
頷いたゲーサンは木製バットを何処かから取り出し、蜥蜴丸の氷像に向かってフルスイングした。
「嘘だろ……」
直斗が呟いたのも無理はないかもしれない。どういう原理が働いたか、港まで蜥蜴丸の氷像は飛んでいった。
全員で夕食をとっている。どうやって帰ってきたのか知らないが、蜥蜴丸もいる。
女性陣が全員浴衣を着ていたことに内心ドキドキしていたのは、直斗だけの秘密である。バレバレな気もするが。
「ねえ、ナオト、この子の名前、何にする?」
エクリアが抱えた白龍。大人しくしている。エクリアにも懐いたのだろう。
「うーん、何がいいかな?」
やっぱり、変な名前を付けるわけにはいかないだろう。ロウランで預かったから、和風な名前がいいだろうか?
「賢一郎とか?」
「この子、女の子だよ……」
全員に恐ろしい目で見られた。
「え? 女の子? 聞いてないんだけど」
直斗は本当に聞いていなかった。いつ教えられたんだろう?
「クー……」
物凄く悲しげな表情をしているように見えた。直斗は今すぐ首を吊りたくなった。
「賢一郎は却下だな。そんな名前流石につけられん」
和風な名前はやめておこう。そう直斗は思った。
「何がいいかな?」
まず直斗に意見を求めたのがいけなかったのかもしれない。
そう言えば、クーとしか鳴いてないな。これで行こう。ダメもとだ。
「クー、でどう?」
「クー?」
「そう、クーちゃん。それでどうかな?」
「クーちゃん、クーちゃんかぁ。どう、貴女の名前、クーちゃんでいいかな?」
「クー♪」
なんだか嬉しそうだ。気に入ってもらえたようだ。
こうして、この日直斗の仲間にディアナとクーちゃんが加わった。
「やれやれ、どうバーソロミューとマリアさんに説明するかな?」
「食費はちゃんと払えって言われるんじゃないかな?」
ユーフェミアの明るいセリフに直斗の視界は(金銭的に)真っ暗になった。




