第40話
「~♪」
ユーフェミアののんきな鼻歌が甲板の上を渡っている。
彼女は今、クーちゃんを抱きかかえながら直斗のお腹に頭を預けている。そんなユーフェミアをエクリアが苦虫を噛み潰したような顔をしながら見ている。
「なんでユーフェがここにいるの?」
「いいじゃない、エクリアばっかりクーちゃんと仲良くしているんだもん。私だってクーちゃんとも仲良くなりたいんだよ。ねー、いいよね、クーちゃん?」
「クー」
クーちゃんも悪い気はしていないようだ。
直斗は身じろぎもしない、というより、気持ちよさそうに眠っていた。何故船に弱い直斗が気持ちよさそうに眠っているかというと、今直斗はエクリアの膝枕で眠っているからだ。
その直斗の胸ではこれまた気持ちよさそうにコリスが眠っている。そのコリスの毛並みをそっとエクリアが撫でる。
エクリアはエクリアで先ほどまで吐いていた直斗がようやく落ち着いたので、彼を膝枕したのであった。
そしてその行為をエクリアの優しさだとヘタレさ満開で勘違いした直斗はありがたく受け入れ、彼女の膝枕で寝息を立て始めたのであった。
直斗の寝息が規則正しくなった頃、ユーフェミアが直斗のお腹に頭を預けたのであった。
そして、船は一行を乗せ、アークティカ王都へと帰っていく。
船員の殺意と嫉妬のこもった視線を受けても、吐き気から解放され、素晴らしいエクリアの膝枕で眠る直斗には何の影響もない。
直斗に簡単に甘えることの出来なかったディアナが船員に混じって直斗やエクリア達に殺意のこもった視線を放っていたが、全員気付いていなかった。
「王手」
「げげ、げっげげ」
「相変わらず弱いわね、ゲーサンは」
「蜥蜴丸は将棋も得意なのですね。見直しました」
蜥蜴丸とゲーサンが船室で将棋をうっていた。相変わらずゲーサンは将棋が弱かった。
「おいおい、ワガハイほどの科学者ともなれば、将棋など簡単なモノよ。しょせん、将棋の駒に意思などないのだからな。生き物を動かすのとは、ワケが違うのよ。ワガハイ、直斗をこれほど簡単に動かしたい。そうすれば、もっと、直斗の不幸を楽しめるのに」
直斗が今甲板で天国を知らぬうちに味わっていると気付けば今にでも直斗に何かしらの攻撃を加えるだろう。そう言う男、否、蜥蜴であった。
そして、船はアークティカ王都の港に入港したのであった。
伸びをする直斗。
「いやあ、よく分からないけど、吐いた後は凄いいい気分で寝ていた気がするな。エクリア、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
見つめあい、微笑みあう二人を見て、蜥蜴丸が殺気を放つ。
「バカな、ワガハイが知らぬうちに、あいつら急接近? 許さないよ、ワガハイ、直斗が幸せになるのは許さないよ。何故かは知らないけど、あいつが幸せになるのは物凄く嫌なんだよねえ」
「おかしいなあ、何で私には感謝の言葉がないんだろう?」
「貴様はナオトのお腹の上で寝ていただけではないか。……あそこは私が行くべきだった。出遅れたか」
「おいおい、なんで亜麻色髪は甲板の状況を知っているの? お前、もしかして、須藤か? じゃなかった、ストーカー?」
「誰よ、須藤って?」
蜥蜴丸の必死のボケにシンシアがツッコミを入れた。
「おう、ワガハイのボケに対応するとは、ツッコミ役をワガハイ、手に入れちゃった? 直斗もエルフ耳もどちらかと言えばボケなんだよねえ」
「そう言えば、そうかもしれませんね」
「銀髪が一番わからん。この頃化けてきおった。どうにも、動じないんだよねえ」
二人だけの空間を作りかけている直斗とエクリア以外のメンバーが頷いた。
「嘘、ですよね?」
ゲーサンを見たが、ゲーサンは嘘じゃないよ、という風に首を横に振った。
一人膝をつくシルヴィアがいたという話である。
「お帰り」
「ただいま、母さん」
一行をマリアが出迎えた。各々が選んだ土産をマリアに渡す。
「この子は?」
エクリアが抱きかかえている白龍を見て尋ねた。
「エンヴィーから預かってきたんだよ。暫く私たちで育ててほしいってさ」
ユーフェミアが横から口をはさんだ。
「エンヴィーから?」
「そ」
マリアは以前ユーフェミアとパーティーを組んでいたこともあった為、エンヴィーが何者かもわかっている。
「それにしては、白いわね」
エンヴィーの姿を思い出しながら、どうにも一致する場所がないな、と考えたが、口には出さなかった。
「それで、母さん、うちで飼っていいかな?」
「大きくならないうちはいいわよ。食費は貴方達で稼ぎなさい、いいわね、ナオト?」
「なんで、俺を名指しなんでしょうか?」
「どうせ、貴方が子供を預かってもいいけど、その代わりに俺を乗せて空を飛んでくれ、なんて言ったんでしょうが」
「セリフは言いましたけど、預かったのはユーフェですよ」
皆がユーフェミアを見る。
「私の部屋じゃ育てられないよ。だいたい、一番エクリアとコリスに懐いているじゃない。もう、いっそ私もこっちに移ろう。いいよね?」
「家賃と食費を払うならね」
「しょんぼり。いいもん、ナオト君に養ってもらうもんね」
「養うのはコリスだけでいっぱいいっぱい。俺には給料三か月分の目標があるの。無駄遣いできないの」
給料三か月分とは何に使うのか、全員が興味を持ったが、質問はしなかった。どうせ直斗の事だ、なんとか言い逃れをしようとするだろう。聞いてもきっと無駄だ。
「貴女がこの家の主か?」
ディアナが皆の帰還の報告が一段落したころ、マリアに声をかけた。
「ま、主は別にいるんだけど、私でもいいわよ、何かしら?」
哀れバーソロミューよ。しかし、新顔を見ても特に慌てる事もないのは、もしかしたらマリアの度量の大きさより、直斗や蜥蜴丸といった存在に慣れただけからかもしれない。
「私の名はディアナ。ナオトのモノだ。暫く私も世話になりたいのだが、いいだろうか?」
何故敬語を使わないのか、と怪しい敬語しか使えない直斗が思ったかどうか。しかも、自分のモノなんて自己紹介があるかよ。ヤバイヤバイ、エクリアがめっちゃ睨んでる。さっきまでいい雰囲気だったのに、何で? 俺は何もしてないよ?
否定をしないからエクリアに睨まれるのだが、慌てる直斗には何が正解なのか、まったく分からない。
「ふうん」
マリアはエクリアをチラリと見てから、溜息を吐きながらもディアナに答えた。なんだ、娘とナオトは特に進展なし、かな?
「ユーフェにも言ったけど、食費と家賃をしっかり払うなら、いいわよ」
「よろしくお願いします。そうだ、家賃や食費の相場は分からないので、これで頼む」
そう言ってディアナがとりだしたのは、真紅に光る魔石。
「これ、どうやって手に入れたの?」
マリアやユーフェミア、そしてシンシアの目の色が変わった。
「ああ、霊峰ゲノムの古代遺跡でな。祭壇の間にいた守護者を倒した時にドロップしたぞ」
「これを、家賃と食費代わりに?」
「ダメだろうか? 通貨は持っていないんだ」
「……こんなのをポンと渡すの? これだけで50万Gは軽く超えるわよ」
「伯爵なら、100万G出すかもね」
シンシアやユーフェミアが魔石を換金した時の価値を言ってのけた時に、直斗の目の色が変わったトカ。
「いいの? こんなに高いの?」
「これ一つ出すだけで世話になれるなら、どうという事はない」
マリアはありがたく受け取ることにした。家賃は別にもらわなくても構わないのだが、食費はバカにならないのだ。特に直斗と蜥蜴二匹がよく食べるのだ。ティンダロス邸のエンゲル係数は右肩上がりである。
夕方、仕事から帰ってきたバーソロミューを加えて、ディアナ、ユーフェミア、クーちゃんの歓迎会が開かれた。
正確に言うと、歓迎会という名の単なる飲み会である。
「女の子が増えて華やかになったのはいいが、猫も龍も俺に懐かないのは、なんでなんだろうな?」
バーソロミューは嘆いた。本来、彼は動物好きなのだが、何故かコリスとクーちゃんはバーソロミューに懐かない。女の子好きの気があるコリスならまだしも、クーちゃんまで懐かないのは、誰にもわからない。
「イケメンだからではないかな? 直斗の影響を色濃く受けた黒猫、そしてその黒猫の影響を強く受けた白龍。なるほど、イケメン嫌いになるのは当然。つまりイケメンに分類される貴様が嫌われるは必然。恨むのなら、イケメンに分類される貴様自身を恨むのだな。なあに、黒猫や白龍に懐かれたい、というなら、ワガハイと直斗で喜んで貴様の顔面を変形させてやろう。無料で良いぞ。もちろん、それで貴様が黒猫や白龍に懐かれるかどうかは分からんがな」
「心から遠慮させてもらおう」
「チッ、ヘタレめ。好かれるために顔面を変形させてもいいという度胸はないのか?」
「あるわけないだろう、バカが」
部屋の片隅では、バーソロミューと蜥蜴丸の即興コントが繰り広げられていた。
「だから、ナオト、貴様は私の面倒をみる必要があるのだ」
「あのねえ、私はユーフェミア。何でこんなにお酒弱いの、ディアナ? さっきから黒髪ってだけの共通点で私に話しかけているよね。いい加減、私もナオト君とお酒飲みたいんだけど」
「話を聞けよ、ナオト」
「違うって言ってんじゃん」
酒の弱いディアナに直斗と勘違いされ、ずっと絡まれているユーフェミア。もはや涙目である。
いい加減離して欲しい。助けを求めて周囲を見渡すが、誰も助けてくれない。
「げげ、げっげげ」
「待て、待ってくれ、ゲーサン」
首を強く横に振るゲーサン。待ったをさせてくれなかった。
ティンダロス邸に住む人間で一番将棋が弱い人間がここに誕生した。
直斗である。
「嘘だろ、頭脳担当なんて言っている蜥蜴丸に負けるならまだしも、ゲーサンに負けるなんて……」
直斗は項垂れた。
いくら酒が入っているからと言って、ここまで弱いか? 俺の世界のゲームだぞ?
そんな事を思っても、実際、直斗は弱かった。
直斗の頭上で直斗をバカにするようにコリスが鳴いた。
エクリアがクーちゃんを抱えて庭先にいる。
その右隣にはシルヴィア。そしてエクリアを挟むようにシンシア。
「月見酒もいいものですね」
「そうねえ」
「あの、私、お酒飲めないんですけど」
「結局、エクリアさんとナオトさんはどのような関係なのですか?」
「え? え?」
「そうねえ、聞きたいわねえ」
「教えてくださいよぉ」
酒飲み二人に囲まれ、居心地の悪いエクリアであった。
そして、三人を優しく見つめるマリアの笑顔があった。
翌日のティンダロス邸は、マリアとエクリアを除く全員が二日酔いであったという。
頭が痛い、気分が悪い、そう言った声があちこちから響いた。




