第38話
「もう、いいぞ」
ディアナのその声でようやく解放された直斗以下三人。直斗は少し顔をしかめた。火傷した気がする。
「何故、お前たちがこのような場所に来たのだ?」
直斗は髪をふいているディアナに見惚れていた。彼の頭の中では名曲「亜麻色の髪の乙女」が再生されたトカ、されなかったトカ。
「風呂上がりの女性が髪をふく姿は至高の逸品だという説があるトカ」
誰が言っている説か知らないが、蜥蜴丸のセリフに直斗は頷いた。思いっきり頬を抓られた。
「今日は、この島の主なんて言われているエンヴィーに挨拶をしておこうかと思ってね。ま、今でも私は元気でやってるよ、みたいな」
「ほう、そうか。しかし、お前ひとりで来るならまだしも、仲間を大勢連れてくるとは思わなかったな」
「いつか貴女の力を借りることもあるかもしれないと思ってね」
エンヴィーと呼ばれたドラゴンは全員を見下ろした。
人と、エルフと、猫と、蜥蜴。蜥蜴?
「お前の仲間に蜥蜴までいたのか?」
「つい最近できたばかりだよ」
「おいおい、ワガハイがいつお前の仲間になったのかな? ワガハイこそが支配者。宇宙の真理を生きるモノ。いつかはリザード星に帰るものなり」
「長き生を生きたが、リザード星など聞いたこともないぞ」
「ナント?」
「いや、本当に聞いたことはないぞ。そんな星」
エンヴィーの言葉に首を傾げる蜥蜴丸。
「フム、では、宇宙船“ゴリ押し”が修復完了したところで、ワガハイもしかしてリザード星に帰れない? 他次元宇宙とかに迷い込んだのかな? それともパラレルワールド? 仕方ないな、こうなったら、直斗を利用してこのファーガイアを征服しちゃう? 世界征服、それもまた男のロマンよ」
蜥蜴とエルフとドラゴンが会話をしている頃、直斗は正座をしていた。
「スミマセン、ワタクシも男でございます。スケベ心が先走ることもあるのです。美女や美少女の入浴シーンをガン見したいという欲望だってあるのです」
「ナオトは誰の入浴シーンでもいいの?」
「美女・美少女限定でございます。幼女は御免こうむる」
何故幼女を排除したのであろうか。理由は不明である。
「……貴様、見たのか? 私の入浴シーンを?」
エクリアに続き、ディアナまで詰問してきた。
直斗はバカな男であった。ここで何とか逃れたい、殺されたくない、そのような思いから一発逆転を狙った。何とかウケをとろうとしたのである。ウケれば生き残れるのではないだろうか。何故直斗がそのような考えに至ったのかはきっと、誰も理解できないだろう。そして、それは全く違う方向へと彼の体を動かした。
とある一連のジェスチャーをする直斗。もちろん、そんなジェスチャーをしたところで、女性陣に通じるわけがない。しかし、通じる男がいた。蜥蜴丸である。
「パ●ツーマルミエ」
「YEAH!!」
手を打ち合わせる直斗と蜥蜴丸。息がピッタリである。そして、表情が異常にキリッとしていた。いつもその表情が出来るなら女性を振り向かせることが出来そうである。ピシ、ガシ、グッ、グッ、そんな効果音がどこからか聞こえた気がしたトカしなかったトカ。
「ゲーサン、殺りなさい」
シンシアの言葉と同時に振るわれるゲーサンの巨大ハンマー。
そして、温泉へと叩きこまれた直斗と蜥蜴丸。暫く浮き上がってこなかったという。
その温泉では、コリスが気持ちよさそうに泳いでいた。
「おかしいな、あそこではせいぜい『バカな事やってないで』くらいじゃないのか? 何故ハンマーで温泉に叩きこまれなければならない?」
「いやいや、温泉というものは裸で入るモノ。いわば生まれたままの姿ってヤツ? おいおい、そんなフレーズを聞いてエロい事しか考えつかないのは単なる厨二病。ワガハイは違うよ。純粋そのもの。服を着て温泉に入るなど、愚の骨頂。願わくば、生まれたままの姿で、美女や美少女と混浴、そう直斗さんがおっしゃっております」
途中から直斗にのみ女性陣の怒りの矛先が向かうように言葉を変える蜥蜴丸。
「いや、確かに美女や美少女と混浴したいとは、思うよ。なんで飼い猫と蜥蜴と一緒に温泉に入らなければならないのだろう?」
直斗と蜥蜴丸は叩きこまれた温泉に服を着たまま入っている。否、浸かっている。今温泉からあがれば殺されかねない、そんな事を感じていた。だから、温泉からあがれないでいた。
そんな二人の前では、コリスが優雅に泳いでいる。ハテ、猫とは温泉を泳ぐモノであっただろうか? まあ、魔法生命体のコリスだ。普通の猫とは違うのだろう。
「相変わらず二人はエクリアさんたちを怒らせるのが得意ですね」
「俺はただ、生き延びたかっただけなのに……」
「毎回、変な方向性に命がけですね」
シルヴィアの同情を買えただけ、マシなのだろうか? 直斗はまたも変な方向性に頭を巡らせていた。
そして、いつの間にか温泉に入っていたゲーサンが鼻歌を歌いだした。頭にはタオルを乗っけていた。
マナーにうるさい人間がいたら、全員怒られそうな状態であった。
「しかし、お前たちは何故こんな場所に来たんだ?」
「その前に、貴女の名前、私だけ知らないんで、教えてくれるかな? 私はシンシア。こいつらのお目付け役みたいなものよ」
ギルドマスターを押しのけ、お目付け役と言い張る彼女に、誰も反対しなかった。むしろ、みんなそう思っていたのかもしれない。
「私は、ディアナ。魔族の一人、だよ」
「魔族?」
「この前、古代遺跡で会った娘だよ。確か、魔王配下四天王の一人だったよね?」
「四天王? アルハザードと同列?」
レムリア王都が故郷であるシンシアにとって、故郷を壊しかけたアルハザードは完全なる敵である。
「おい、アルハザードって誰だっけ?」
「お前が厨二病ヒーローになったきっかけを作った大恩人」
「クロコダイルダンディーになり損ねたんでしたよね」
完全にアルハザードを忘れ去っていた直斗。その直斗に蜥蜴丸がツッコミ、それに乗っかるシルヴィアという新しい図式が展開した。
「その貴女はこんなところで何をしていたのかな?」
「おい、睨むなよ。もう、私は魔王軍を抜けてきたんだ。レムリア王都を狙った件に関しては、私は関与していないぞ」
「……それを信用しろとでも?」
「信じる、信じないはあんたの自由さ。だいたい、私はここに傷の療養に来たんだ。あんたたちこそ、何しに来たんだ?」
「エンヴィーとは長い付き合いだからね。今回は仲間の顔見せに、だよ」
険悪になりそうだったので、途中からユーフェミアがシンシアの代わりに応えた。
「でも、温泉だったら、ロウランの街でもよかったんじゃないの? 見た目はほとんど人間みたいなものだし」
エクリアの疑問は正しいかもしれない。
「羽根を伸ばせないからな」
そう言ってディアナが漆黒の翼を広げる。
「この通りでな……、おい、なんだ、呆けた顔をして」
「えい」
「なんで、羽根をちぎる? 痛くないとは言っても、されたくはない行為だぞ」
「綺麗な羽根だね」
ちぎった羽根を見て、褒めるエクリア。なんだか納得いかない表情のディアナ。案外この二人は仲がいいのかもしれない。
「フン、まあいい、私は約束を果たしてもらうだけだ。おい、ナオト」
急に呼ばれて、対応に困る直斗。
「俺?」
「そうだ、私はお前のモノだ。これからはお前に従おう」
「……はい?」
おかしい、俺はいつの間にこの亜麻色の髪の乙女をモノにしたのだろうか? 全く覚えがないぞ。
心当たりがなく、首を傾げる直斗。
「あの時、私を抱きかかえて言ったではないか。『敗者は勝者のモノだ。俺に従え』と。その時、私の心はお前のモノとなったのだ」
どうやら、ディアナの中では、直斗がお姫様抱っこをして走った時、直斗が言ったセリフがそのように変換されたらしい。
「ナオト、どういう事かな? いつの間にそんな事言っていたのかな?」
またも頬を抓られる直斗。
「違う、俺はそんな事言っていない!! 信じてくれ!!」
「おいおい、本当に心を盗んでいたのかね、恐るべき直斗よ。ワガハイにそのテクニックを伝授してくれないかね」
「火に油を注ぐなよ」
「ワガハイ、お前の不幸が一番の宝物。貴様一人幸せになるなど、例え神が許したとしても、名状しがたきモノどもが許すと思うかね? まあ、例え邪神が許したとしても、ワガハイが許さんよ」
「落ち着いたかな?」
ユーフェミアが問いかけるが、直斗はあさっての方向を向いている。
「ディアナはどうするの? これから」
ユーフェミアは直斗を諦め、ディアナに問いかけた。
「私はナオトについていくさ。そう決めて魔王軍を抜けてきたのだからな。まあ、完全に傷を治してから訪ねるつもりだったんだがな。まだ治りきっていないのにナオトの目の前に立つのは恥ずかしいな」
「うーん、みんなが受け入れてくれるかどうか。住む場所とかはどうするのさ?」
「それはナオトがどうにかしてくれるだろう。それくらいの甲斐性はある筈だ」
全員が直斗を見た。どうにも甲斐性がある男には見えない。全員そう思ったトカ。
「ねえ、ナオト、どうするの、ディアナは?」
「バーソロミューとマリアさんに聞いてみるしかないだろう。俺には女の子を養う金銭的余裕なんてない。ティンダロス邸に泊めてもらって、しばらく様子を見るしかないだろう」
エクリアの問いに答える直斗。おそらくそれが一番正解に近いのだろう。何に対する正解かは全く分からないが。
「追い返すわけにはいかないだろうしなあ……」
帰りそうにない。諦めるしかないのだろう。
「まあ、そういうわけで、今日は顔見せに来ただけだから。また何かあったら来るね!!」
ユーフェミアがエンヴィーにお別れの挨拶を始めた頃だ。
「まあ待て、我もお前に託したいものがある」
そう言われて、エンヴィーが視線を向けた先、そこには大きな卵があった。
「ドラゴンの卵?」
「ああ、もうじき生まれる。広い世界を見せてやりたいのでな、暫くお前たちに面倒をみてもらいたい。おかしな奴らだが、悪い心のモノはいないようだ」
悪い心のモノ……、そう言われて全員が蜥蜴丸を見る。
「おいおい、照れるじゃないか。ワガハイ、いつの間にモテモテ? ムフフ、ワガハイのハーレム伝説が始まるよ?」
その卵に近寄るコリス。首を傾げながらも、卵に右前脚を押し付ける。
その瞬間、卵に罅が入った。
卵の中から光が漏れた。




