第36話
告白を目前にしてぶち壊された事に怒った直斗は、蜥蜴丸の氷像を引っ張り、温泉地ロウランの中心部まで運んだ。そこには噴水のある広場があった。噴水の水をためる部分のふちに置いた。未だまったく溶ける気配を見せない氷像。
氷像の中では、蜥蜴丸が歌舞伎の見得のようなポーズをとっている。
おかしい、いつの間にポーズが変わっているのだろうか? やはりこの蜥蜴は日々変な方向に進化しているのだろうか? 分からない事だらけであったが、直斗は気にしないことにした。気にしていたら、絶対に胃に穴が開くだろう。
直斗は考えることを放棄したまま、宿屋に帰ることにした。なんだかもう一回温泉に入りたくなった。結局は日本人なんだなあ、などと考えていた。
「なんで凍ってるの? 近頃、蜥蜴丸だけでなく、ユーフェまでよく凍るようになったわねえ」
「私もいつかエクリアさんの逆鱗に触れた時にはこうして氷漬けにされるのでしょうか?」
シンシアとシルヴィアが庭に安置されたユーフェミアの氷像を見ながら、それぞれ感想を述べていた。コリスは見ただけで寒くなったのか、布団の中に潜り込んでいた。
「もう少しだったのに、邪魔ばっかり。蜥蜴丸とユーフェはいつもいいところで邪魔するんだから」
エクリアがぶつぶつ呟いている。手に握っているコップさえ凍りつき、ひび割れかけている。
その姿を見て、エクリアは怒らせないようにしよう、と二人は話し合った。
「それにしても、何でユーフェは二人のところに行ったのかしら? 蜥蜴丸に唆されただけにしては、変ねえ?」
「うーん、撫でられたのと、ナーガラルが爆発した時に抱きしめられたのがトドメですかねえ」
船上での出来事をかいつまんで説明するシルヴィア。
「エルフというだけあって、ユーフェは必要以上に人と関わりあいになろうとしないらしいからねえ。ナオトや蜥蜴丸とは精神的な波長が近いのか、一緒によくふざけているから、コロリといっちゃったのかな?」
とりあえず自分が考えついたことを喋ってみたシンシアだったが、エクリアが食いついてきた。
「それは、本当でしょうか? ……剣の稽古をつけるって約束しているらしいし、もしかしてシルヴィアも、ナオトの事を?」
「やだなあ、私は何とも思っていませんよ。剣の稽古だって、エクリアさんがつけたってかまわないですよ」
「シルヴィアも、シンシアさんも、ナオトの事、一体どう思っているんですか?」
「イジリがいのある男」
「楽しい旅の仲間、ですかね」
シルヴィアの答えは納得できるものであったが、シンシアの回答に不安を隠せなかったエクリアであった。
翌朝、ユーフェミアはガタガタ震えながら、温泉につかっていた。
「寒いよ、何で毎回氷漬けにならないといけないのかな? だいたい、ナオト君がいけないのであって、私じゃないよね」
実際に氷漬けになったのはまだ二回目であったが、その二回とも直斗と何らかの問題を起こしている時に氷漬けになっていた。
「そうだよ、ナオト君がいけないんだよね。私は悪くなんかないよね」
そうして自分を納得させるユーフェミアがいた。
ロウランの中心部、噴水のある広場では、多数の人間が蜥蜴の氷像を見上げていた。
そこそこ有名な画家がその光景を絵にしたためた。
のちに茶色の蜥蜴がその画家にモデル料を請求し、画家は断ったために全財産を失うという憂き目にあったという。
ファーガイアでは、二足歩行をする茶色の蜥蜴に逆らってはいけない、という噂が流れ、いつしかそれが都市伝説と化していったトカいう話である。
「なんか、蜥蜴丸がいないだけで、平和だね」
蜥蜴丸を除いた全員で朝食をとり終わった後、街の中心地に皆で買い物に出かけた。皆、思い思いに土産物を物色中である。
ユーフェミアがなんとなく言い放った言葉に、シンシアがかみついた。
「そうかしら? 今では貴女も蜥蜴丸と並ぶパーティー内トラブルメイカーの一人よ」
「嘘だぁ、違うよね、シルヴィア?」
「否定できませんね」
シンシアとシルヴィアの二人にトラブルメイカー扱いされて、へこむユーフェミア。
そんな三人とゲーサンの前を歩くのは直斗とエクリア。そしてエクリアの腕の中にはコリス。
「あの二人、なんか昨日より自然に、距離が近くなっていないかな?」
「誰かさんが邪魔をしていなければもっとくっついていたかもね。見せつけられない分マシなのかもね」
「むー、バカにされるのも見せつけられるのも嫌だね」
「変な問題起こさないでくださいね。ここから宿屋まで氷像を運ぶなんて真似はしたくありません」
「シルヴィアが近頃毒舌だと思うんだ。どうかな、ゲーサン?」
「げっげ、げげ。げげげ、げっげげ、げげげっげ、げっげげげ、げげ、げげげ。げげっげ、げっげげ、げげっげ、げっげげげ」
「お前らのせいでこんなに毒吐くようになってしまった、どうしてくれるんだ? 責任をとれ、エルフを高値で奴隷商に売りつけて、その金で豪遊しようぜ、そう言っているわよ、ゲーサンが」
「嘘だぁ……」
「げげ?」
ゲーサンは首を横に振った。少なくともユーフェミアを奴隷商に売りつけようなどとは考えていないようだ。
「お土産の定番って何かな?」
直斗が思いつくのはキーホルダーに木彫りの熊、木刀、タペストリーくらいだろうか。この世界にキーホルダーを大量生産している場所があるかどうかは知らないし、木刀が土産として売られているところは見たことがない。木彫りの熊(何故、だいたい魚をくわえているのだろうか?)なんて、砂漠や森に熊みたいなモンスターが出る世界では土産物として扱われないだろう。
「にゃっ、にゃっ」
何か食べ物を扱っているお店の前を通りかかるたびにコリスが鳴き、お店を覗くを繰り返している。コリスを連れているのが幸いしているのか、試食を何度かさせてもらった。食べ物を扱う店に猫を連れて行ってもいいものか、日本では一部を除いては追い出されるだろうな、と考えるところである。
いくつか気に入ったものを買い、日持ちしそうにないものはとりあえず異空間に放り込んでいく直斗。この異空間、時間経過がないのが特徴で、一週間以上前に何故か補充されている生の食品も一切腐っていないのである。誰が補充しているかは謎だ。聞くのも恐ろしい。
買い物をしたり、ただひやかしたりを繰り返しているうちに噴水のある広場に着いた。
観光客や地元の人間がある特定の場所を見上げていた。
直斗たちに追いついた他のメンバーも広場の人間の視線を追い、一定の場所を見上げた。
茶色の蜥蜴の氷像がそこにはあった。
「まだとけていないんだね。日頃の行いの差が出たのかな?」
ユーフェミアは自分の方が先にとけたことに、エクリアに嫌われてはいないんだな、と変なことに安堵した。
「おかしい」
しかし、一人だけ蜥蜴の氷像に疑問を抱いている男がいた。
「何がおかしいの?」
エクリアが疑問を投げかけてきた。
「昨日とポーズが変わっている」
昨晩運んできたときには、歌舞伎の見得のようなポーズをとっていた。
だが、今見ているのはなんだ? 作者名は覚えていないが、「考える人」という美術の教科書に載っている彫像(?)のポーズをとっているではないか。
「そう言えば、そうだね。どうやってポーズ変えてるんだろうね?」
全員が疑問に思ったが、結局全員が考えるのをやめた。あの蜥蜴には自分たちの常識など通用しないのだ。
それ以上蜥蜴の氷像に触れることなく、全員買い物を続けた。
一人の画家が蜥蜴の氷像を一心不乱に描いていた。その画家が一枚書き終わると同時に茶色の蜥蜴は氷の中でポーズを変えていた。
その場にいた全員が驚いていたが、気にはしていなかった。珍しいだけだったのか、全員が気にしたら負けだと考えていたのかは分からない。
昼過ぎになり、びしょ濡れの蜥蜴が直斗たち一行に加わった。
いつの間に加わっていたのか、直斗たち全員が気付かなかった。
温泉地ロウランのある島。その中央部には火山があり、その火山の中には、洞窟がありその洞窟の中には一頭のドラゴンが棲みついている。
伝説にも謳われるその強さは並大抵の魔族や冒険者などでは太刀打ちできない。
この島以外にもドラゴンがいるかどうかは分かってはいないが、少なくともこの島のドラゴンは有名であった。
この島ではこのドラゴンと人間の間には棲み分けが出来ており、冒険者たちがドラゴンを狩ろうとすることもなく、ドラゴンが人間を襲うなどということもなかった。
そのドラゴンが棲む洞窟に一人の侵入者があった。
「誰だ?」
ドラゴンの放つ声は並大抵の人間ならその声だけで意識を奪うことも出来るだろう。
「久しぶりだな、私だ。済まないが、温泉を使わせてくれないか?」
ドラゴンの放つ声に気後れすることなく、それどころか久しぶりに友人に会ったかのごとく気軽に声をかけた人物は魔王配下四天王の一人、ディアナであった。
「ほう、貴様か。久しいが、温泉などそこらへんにいくらでもあるだろう?」
ドラゴンの疑問ももっともである。
「この島にあるのは人間たち用だからな。私には効果がないのさ」
「そうであったな」
お互いが納得したのか、それ以上特にやりとりはなかった。
ディアナは甲冑を脱ぎ捨て、服も脱ぎ捨て、背中に漆黒の翼を浮き上がらせ、広大な、それこそドラゴンでも入れるのではないかと思われる巨大な温泉に入った。
「ああ、効くなあ」
「そうか、効くか」
「ああ、人間用の温泉では羽根を伸ばせないからな」
彼女の言う羽根は漆黒の翼である。その羽根を全開にすれば十メートル近くになるだろう。確かに普通の温泉などでは羽根を伸ばす、など出来そうもない。
「ここには傷の療養にでも来たのか?」
ドラゴンの言う傷の療養は、ディアナの腹部を見たからであった。
白く、まるで透き通るかのような腹部が黒く染まっていたのである。直斗の攻撃によって傷付けられた箇所が未だに回復しきらないのである。
「まあ、な。厄介な奴に傷付けられたみたいでな、なかなか治らん。こんな状態では嫁にもらってはくれんだろうな」
自嘲気味に呟くディアナ。
「嫁に行く? 本気か?」
ドラゴンが疑問を呈した。こいつ、本気か?
「ククク、疑問だろう? 私ですら本気かどうか、いや、正気かどうかすら分からん」
ディアナ本人もまだ迷っていた。己の抱く気持ちが本物なのか、それとも、単なる気の迷いなのか。
「だからこそ、もう一度会い、話をしてみる。この気持ちに決着をつけない限り、私は前に進めそうもないからな」




