第35話
女性陣に被害が及ばなかったことを確認して、直斗は皆から離れた。
全員少し顔を赤面させていたが、気にする直斗ではない。船の上にはナーガラルの魔石は落ちてこなかったようだ。
見つけた。船の後方に浮かんでいた。
船長と交渉し、魔石回収の為に船を近づけてもらった。今回の功労者は自分だと信じ込んでいる直斗は魔石を他の冒険者に渡すつもりなどなかった。
「ワガハイの取り分が七、貴様の取り分が三だな。なにせワガハイ、緑色の液体まみれ。一番の被害者はワガハイと言っても過言ではないだろう」
「俺の借金返済の方が先だ。貴様に渡す金など一銭もないな」
金に汚い二人組がいた。どちらも譲ろうとしないし、他の冒険者は活躍していないのだから、どちらがより多くとるかの議論しかしていない。
「おい、クソ餓鬼に蜥蜴、俺たちにも取り分があるだろうが!!」
流石にタダ働きはしたくないと思ったのか、一人の冒険者が声をかけてきた。
よく見たら、以前エクリアをナンパして、蜥蜴丸のスペース光線銃で髪の毛を焼かれ、この前は直斗に殴り倒された元イケメンであった。髪の毛は生えていなかった。
直斗と蜥蜴丸はいい生贄を見つけたと思ったトカ。
そして哀れなる生贄はまたも“スグナオール”の実験台となった。それを見た他の冒険者は魔石や飛び散った素材には手をつけようともしなかった。
こうして、あとは魔石の取り分をどうするかに話は移った。
最終的に直斗と蜥蜴丸の取り分は7:3になった。直斗が七である。ただ、これは女性陣が口を挟んでいない状態である。後にどれほど切り崩されるかは分からない。
シンシアがコリスを抱きかかえ、甲板に上がってきた。
そこで見たのは、魔石の取り分を巡って言い争い、元イケメンを二人してボコボコにしている直斗と蜥蜴丸。そして、何故か赤面状態の三人。
「何があったのかな?」
「にゃあう」
シンシアにはコリスが「分からないよ」と言っているように聞こえた。
甲板の上にはナーガラルの断片が飛び散っているが、シンシアにとっては誰かの嘔吐物とほとんど変わって見えないため、彼女は顔をしかめただけであった。
シンシアの後ろについてきたゲーサンは少ししょんぼりしていた。彼にとって、ナーガラルなどどうでもいい。己の将棋の弱さに対して苛立っていた。
無性に誰かを殴りたくなったのか、途中から元イケメンをボコボコにしていた直斗と蜥蜴丸に加わって、三人でボコボコにしていた。
元イケメンほど、“スグナオール”の実験台にされた冒険者はいないだろう。
結果、ナーガラルによる被害は一切なく、ただ、直斗と蜥蜴丸、ついでにゲーサンによって二人の犠牲者を出して船は温泉地ロウランの港に着いた。
何故かユーフェミアが赤面したままの状態であったので、結局シンシアが船長と交渉し、自分たちが温泉旅行から帰る時に船をまた出してくれることになった。もっとも、船長も仕事があるため、彼が船を出せない時は他の船に頼んでくれるらしい。
「さて、宿に向かいましょうかね」
シンシアが指揮をして全員で宿に歩いていくことになった。
今回泊ることになったのは、この温泉地ロウランの中でもかなり有名な温泉旅館であった。
「おいおい、これはどう見ても日本式の宿屋だぜ」
直斗が見つめる先には広大な日本の和風旅館のような佇まいを見せる建築物。
「古代からいくつか残っている建物をそのまま移築してきたって話ね。それが温泉といい感じでマッチしているって話よ」
シンシアもよく分かっていないみたいだ。
もっとも、直斗もこんな純和風な温泉旅館など泊ったことがないので、どう凄いのかよく分からない。一つだけ分かるのは、
「まるで世界観が違うな」
「クカカカ、ワガハイのようにかね? だが、ワガハイの宇宙的スケールのでかさに比べれば、古代建築物などどうでもいいことなのだよ。一番重要なのは温泉。混浴はあるかね? 直斗がエクリアやエルフ耳と混浴したいと言っていたのだがね」
混浴はあるかと言った時に女性陣が恐ろしい目で己を見つめてきたのを察知してすぐさま直斗にその矛先が向かうように言葉を続ける蜥蜴丸。
「ナオト、ユーフェと混浴したいってどういう事かな?」
そう言って直斗の頬を抓りだすエクリア。自分の事を除いて言っているのは、自分一人だけならいいと言外に言っているのだが、もちろん安定感抜群のヘタレである直斗には通じない。
「言っていない、言ってないよ、信じてくれよエクリア」
涙目で必死に詫びるだけである。
「こ、混浴? ナオト君がそう望むなら、えっと、そうだね。……ダメに決まってるよね、うん」
最後はエクリアに睨まれたため、とっさに拒否の言葉を口にするユーフェミア。
「この場合、一切触れられていない自分は嘆くべきなんでしょうか? それともエクリアさんを敵にまわさなくて済む自分は幸運なんでしょうか?」
「私も触れられてないから、何とも言えないわね。ま、パーティー内で変な揉め事は起こさないようにね」
シンシアは行動を共にする時間が少ないため、自分に余計な火の粉が降りかかってこない限りは傍観するだけである。
「にゃあ、にゃあ」
どうでもいいから早く旅館に入ろうよ、とでもいう風にコリスが鳴いた。
「ユーフェミア? ユーフェミアじゃない!!」
温泉旅館に入ったとたん、女将らしい人物がユーフェミアを見つけて声をかけてきた。
「やっほー、久しぶり。十年以上ぶりくらいかな? 昔の約束、果たして貰いに来たよ。二部屋あいているかな?」
「約束?」
「いつか私が泊まりに来たらタダで泊めてくれるってやつ」
ああ、と声を上げ女将は納得したようだ。
「ちょうど二部屋あいてるわ。残りの人……、と蜥蜴は貴女のお友達?」
「ウホゥ、サービス業のクセに蜥蜴差別をするトカ? ワガハイにも人権、否、蜥蜴権がきっとある」
「まあ、仲間みたいなものだよ。言動がちょっとアレだけど、出来ればタダで泊めてほしいな。お金の問題もあるからねえ」
蜥蜴丸を言葉でおさえつけて話を続けるユーフェミア。
「ユーフェミア、貴女が責任をとるならいいよ。いつかの恩返しが出来るのなら、お安い御用だからね」
案内された部屋は純和風の和室であった。
あいている部屋が一階しかなかった為、縁側まである。
「ウホゥ、布団があるよ。ワガハイ、向こうで布団にはまったんだよねえ。ベッドより布団だよ。これだけあれば枕投げだって出来るじゃない。学生時代を思い出すねえ」
一人勝手に布団を敷きごろごろ転げまわる蜥蜴丸。
「お前に学生時代があったのか? いや、それよりも一緒に枕投げをする友人がいたのか?」
「テメェもワガハイの心の傷を抉ろうというのかね? よかろう、ならば戦争だ」
蜥蜴丸が無意味に渋い声をだし、枕を投げつけてきた。
直斗は投げつけられた枕を何とか受け止め、投げ返した。それをかわす蜥蜴丸。枕の軌道上にはゲーサンがいて、何事かを考えたままのゲーサンにヒットした。
鬼神がそこに誕生したという。
エクリアが今日のこれからの予定を話そうと部屋に入ってきたときには、ゲーサンにノックアウトされた直斗と蜥蜴丸がボロ雑巾のように布団の上に転がっていた。
露天風呂に入り、夜空を見上げた直斗は己の不運を嘆いた。
意識を取り戻した時には、女性陣は全員入浴を終えていた。直斗と蜥蜴丸は血の涙を流したトカ、流さなかったトカ。
とりあえず全員で夕食を共にして、明日は温泉地ロウランを観光しようという話になった。ユーフェミアが会わせたい人物もいるという事だったので、午後からはある場所に向かうということになった。
夜空に瞬く星に手を伸ばしてみる。もっとも、伸ばしたところで夜空に浮かぶ星を手に入れることなど出来はしない。雰囲気というものである。
露天風呂からあがり廊下を歩いていると、廊下でゲーサンが将棋をさしていた。相手はコリスである。
猫対蜥蜴という恐ろしい構図が出来上がっていた。
コリスはシンシアの膝の上に乗り将棋をさしている。少しの間直斗も興味を抱きその勝負を見たが、どうにもコリスが優勢のようだった。
脳の大きさが勝敗を分けるモノではないという事か。もっとも、直斗は蜥蜴や猫の脳の大きさなど把握はしていない。ゲーサンの頭の大きさを考えるに、コリスよりは脳が大きそうだと考えているだけだ。
シンシアはもう興味を失っているのか、雑誌を読んでいた。盤面には目もくれていない。とりあえずコリスが将棋に興味を持ち続ける限り、コリスに膝を提供し続けないといけないのだろう。
酒場ではユーフェミアと女将、そしてシルヴィアと蜥蜴丸が酒を飲みながら談笑していた。何故蜥蜴丸が参加しているのか、そして会話が成り立っているのか、謎である。
特にすることもなかったので、直斗は部屋に戻った。
「お帰り」
エクリアがいた。浴衣姿である。いつもはおろしている長髪も今はポニーテールにしているため、うなじが覗いている。それが直斗には物凄く色っぽく見えた。
「ただいま」
エクリアがいる縁側まで進み、彼女の隣に腰をおろした。
「みんな、何処にいるのかな?」
「それぞれ楽しそうにしていたよ」
「そう」
それだけで二人の会話が暫く途切れた。
普段の直斗なら、なんとか会話を続けようとしたかもしれない。でも、この無言の時間も今の直斗には愛おしく感じられた。
「ねえ、ナオト、この世界に来て結構経ったよね。前いた世界に帰りたいって思ったことはないの?」
エクリアにとってもう、直斗は大事な存在になっている。一番の心配事は直斗が元の世界に戻りたいと願っていないかどうかだ。
沈黙に耐えきれずに聞いてみた。直斗は二人の間に流れる沈黙をどう思っているのだろうか?
「うーん、帰りたいなんて思ったことはないかな。そりゃ、向こうの世界で働いてもいたし、やり残したこともあったけど、特別な存在なんていなかったからね。俺がいなくてもどうにかなるでしょ」
少し投げやりな感じにも聞こえた。
「それに、この世界に来て、エクリアにも出会えたし、さ」
私に?
「エクリアやユーフェ達と冒険をしたりするのが、凄く楽しくてさ。前いた世界より充実している感じがするんだ」
自分以外にユーフェミアの名前が出てきたことに少しムッとしたが、直斗の話を聞くことを優先した。
「それに、この世界に来て、エクリアにも出会えたし、さ」
自分を見つめてくるエクリアにドキドキしながら、会話を続ける。
「エクリアやユーフェ達と冒険をしたりするのが、凄く楽しくてさ。前いた世界より充実している感じがするんだ」
恥ずかしさを誤魔化すためにユーフェミア達の名前を出した時、エクリアが少しムスッとした感じがした。
慌てて話を続けた。
「だからさ、今はエクリアのいる場所が俺の帰る場所なんだ」
なんだか告白じみたセリフを吐いてしまった。無意識とは恐ろしいものだ。
エクリアが直斗の肩に頭を乗せてきた。なんだか綺麗な笑顔をしていた。
直斗は緊張していた。だが、今だ。ここで正式に告白しよう。今ならきっと言えるはずだ。よし、言うぞ。
直斗が覚悟を決めたその時、庭の中で微かな音がした。
不審に思い、エクリアを肩からどかして、音のした方向に草履をひっかけ歩き出した。
案の定、そこには蜥蜴丸とユーフェミアがいた。
「何をしているのかな?」
「出歯亀」
「えーと、若者を優しく見守る年長者っていうのは、ダメ?」
次の瞬間、そこには茶色の蜥蜴と黒髪のエルフの氷像が出来上がっていた。




