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電子の海に、朝の月 Side K ー進化という名の滅びー  作者: 久遠 宙


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第2話 終わりを望む者たち(Those Who Desired the End)


ーーシンフォリア


風が吹いていた。


人工的に制御された風だった。


心地良く感じる温度。

最も快適と定義された湿度。


管理システムによって完璧に調整された空気が、白い街並みを静かに流れていく。


『シンフォリア』


形ある者たちの都市。


セレスティア人類が築いた理想郷。


地上に暮らす者たちは皆、人工の肉体を持っていた。


病気はない。

老いもない。

飢えもない。

死でさえ遠い過去の概念となった。


それはかつて人類が夢見た世界だった。


だが——。


「相変わらず退屈な景色だな」


中央区画に設けられた展望デッキ。

眼下に広がる都市を眺めながら、ケイは呟いた。


白い建物。

白い道路。

規則正しく移動する輸送機。


何一つ乱れのない景色。


千年前も同じだった。

一万年前も同じだった。

そして恐らく一万年後も同じだろう。


後ろから声がした。

「またその顔だな」

ジェイだった。


正確にはジェイ本人ではない。

空中へ投影されたホログラム。

形を必要としない彼は、データ存在として電子の海で暮らしている。


ケイは振り返らず答えた。

「私がどんな顔をしている」


「退屈そうな顔だ」


「当たりだ」


◇


ーー数日後


ケイはいつものように研究資料を眺めていた。

研究と言っても昔とは違う。


未知の病原体も無い。

食糧危機も無い。

寿命問題も無い。


研究者というより管理者に近かった。


視線を端末から上げる。

ふと思い出した。

しばらく会っていない人物がいた。


「そういえば」


端末へ声を掛ける。

「エリアスの所在は?」

空間にホログラムが展開される。


【登録個体:エリアス】

【状態:停止】


ケイは眉をひそめた。

「停止?」


少し沈黙の間を挟み、やがて音声が返る。


【本人の意思によるデータ消去】


ケイは表示を見つめた。

理解できなかった。


「自ら消えたのか」

【肯定】


「理由はなんだ」


再び沈黙……そして


【存在継続の必要性を感じなくなったため】

ケイの手が止まる。


存在継続の必要性を感じない。

その文章が妙に引っ掛かった。


◇


ーーその夜


ケイは一人で街を歩いていた。

シンフォリアの夜は静かだった。


犯罪が無い。

争いも無い。

危険も無い。

だから夜でも一人で歩ける。

路地裏にすら恐怖は存在しない。


完璧だ。

本来なら。


しかしケイの胸には奇妙な違和感が残り続けていた。


◇


広場へ出る。

噴水がある。

その周囲をゆっくり眺める。


昔はここで子供たちが遊んでいた。

だが今はいない。


もう何千年もの間、子供はいない。

生まれないからだ。


必要がないからだ。

人口は固定されている。

増えることも減ることもない。

文明は安定している。


理屈では正しい。

理屈では。


「…….本当にそうか?」

誰も答えない。


◇


同じ頃。

ジェイと通信を繋ぐ。

空間に浮かぶモニター。


そこに影だけが映し出される。

いつもの姿だ。


「珍しいな」

ジェイが言う。

「お前から通信とは」


「少し聞きたい」


「なんだ?」


ケイは数秒迷った。

そして言う。

「エリアスの件だ」


ジェイは静かだった。

驚いていない。

知っていたのだろう。

「聞いたか」


「あぁ」


「どう思う」


ジェイは少し考えた。

そして答える。

「自然なことだと思う」


ケイは顔をしかめる。

「自然?」


「あぁ」


ジェイは窓の外を見た。

「エリアスは満足したんだろう」


「満足?」


「やりたいことをやり終えた」

「会いたい者にも会った」

「だから終わりを選んだ」


ケイは納得できなかった。

「そんなもの理解できるか」


ジェイは小さく笑う。

「私も理解できるとは言っていない」

「ただーー」


少し間を置く…

「無限だから価値が無い、そう考える者がいても不思議じゃない」


その言葉が頭から離れなかった。


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