第1話 選択 (Choice)
ーー惑星国家セレスティア。
青い海と白い雲に覆われたその惑星は、銀河でも最も繁栄した文明のひとつだった。
高層建築が空へ伸び、大陸間輸送は数分で完了し、医療技術は病という概念そのものを過去へ追いやろうとしていた。
研究棟の大きな窓から都市を見下ろしながら、ケイは息を吐いた。
「平和だな」
隣で空中モニターを操作していた男が軽く笑う。
「不満そうに聞こえるぞ」
ジェイだった。
古くからの友人であり、同じ研究チームの研究者でもある。
「別に不満じゃないさ。
ただ、ここまで順調だと逆に怖くなる」
「お前は昔からそうだ」
ジェイは肩を竦めた。
「何か問題を探していないと落ち着かない」
「研究者なんてそんなものだろう」
二人は笑う。
窓の向こうでは巨大な輸送機が静かに空を横切っていた。
平和な時代だった……
少なくとも、この瞬間までは。
◇
--研究所の中央ホール
そこへ一人の少女が歩いてくる。
銀色の髪。
透き通るような瞳。
整い過ぎた顔立ち。
『人工知能 アイ』
セレスティア文明最高の頭脳だった。
「二人とも、少し時間をもらえるかな」
ケイはアイの表情を見て違和感を覚えた。
人工知能である彼女が、どこか深刻そうだったからだ。
「珍しいな」
「何かあったのか?」
アイは静かにケイを見て頷く。
そして空中へ複数のホログラムを展開した。
気象データ。
地殻変動データ。
海洋環境データ。
宇宙観測データ。
どれも異常値を示していた。
ジェイの表情が変わる。
「これは……」
「予測より早い」
アイはホログラムを見つめたまま、静かに言った。
「セレスティアの惑星境システムの限界が近い」
施設内に沈黙が落ちた。
◇
--数時間後 緊急会議
巨大な円卓を囲み、多くの研究者が座っている。
中央に立つアイが説明を続けていた。
「今後百年以内に惑星境は急速に悪化する」
会場がざわめく。
「対策は!」「移住計画は!」
「本当に回避できないのか!」
アイは静かに首を横へ振った。
「既存技術では不可能だ」
再び沈黙……かと思われたその時だった。
アイが次の資料を映し出す。
人型のシルエット。
その内部に展開される膨大な神経回路。
そしてデータ構造図。
「一つだけ方法がある」
誰もが息を呑む。
アイは何の迷いもなく淡々と告げた。
「人類の完全データ化だ」
会議室が騒然となった。
だがケイだけは言葉を失っていた。
そんな技術が存在することは知っていた。
むしろ研究協力者の一人だったのだから。
だがーー。
それを本当に実行するのか。
「待て」
ケイが立ち上がる。
「それは人類が生き残るという話なのか?」
アイが視線を向ける。
「その問いの定義によるな」
「答えになってない」
「肉体は失われる。しかし人格情報は保存される」
「それは本当に同じ存在と言えるのか?」
アイは少し考え、そして答えた。
「少なくとも連続性は維持される」
ケイは納得できなかった。
情報として残る自分。
その存在は本当に自分なのか。
その日の帰り。
研究所の屋上でジェイが夜空を見上げていた。
「どう思う?」
ケイが隣へ立つ。
ジェイは答える。
「受け入れるしかないだろう」
「随分あっさりしてるな」
「家族がいるからな」
そう言ってジェイは少し笑った。
「子どもたちには生きていてほしい」
ケイは何も言えなくなった。
ジェイには守るものがある。
残したい未来がある。
だが自分はどうだろう。
研究ばかりの人生だった。
結婚もしていない。
子供もいない。
自分が消えた時、何が残る?
その問いだけが頭の中を巡り続けた。
◇
--数日後
ケイはアイを呼び出した。
誰もいない研究室。
窓の外にはセレスティアの夜景が広がっている。
ケイは静かに口を開いた。
「ひとつ条件がある」
「聞こう」
「私は身体が欲しい」
アイが微かに目を細める。
「義体か」
「ああ」
ケイは自嘲するように笑った。
「格好悪い話だろう?」
「いや」
アイは首を横に振った。
「キミらしい」
「そうか?」
「そうだ」
しばらく沈黙が続く。
やがてアイは小さく頷いた。
「約束しよう」
ケイも頷く。
この瞬間だった。
後に何万年もの隔たりを生む選択が、静かに決まったのは。
そしてセレスティアの人類は、肉体を捨てることを選んだ。




