第95話 パタール商会
翌朝、ギルドからの依頼表を持って、依頼人のパタール商会の元へ行った。
「あなたが『スリー・ウォーリアーズ』のベンさんですか?」
俺は頷いた。はいもイエスも言わない。どうやらあの兄貴と呼ばれていた男はベンと言うようだ。
商人には鑑定能力のある者が多い。その中には真贋鑑定が出来るものもいる。多くは品物の見極めに使うが、相手の言葉の真贋も見極められるものもいるかもしれない。だが態度は判定できない。だから頷いたし、彼らと行動を共にする間は多くは語らないつもりだ。それはゲオルグとエリザにも伝えてある。
「私はジョー、魔法使いです。こっちはリズです。旅の間、よろしく頼みます」
「わたくしは治癒士よ」
ゲオルグの読み方を変えればジョージだし、エリザベートの愛称はリズだ。嘘ではない。
主にゲオルグが話をして、エリザは基本微笑むだけ、俺も無口を通す。身分詐称は基本的に信頼関係を潰すからな。
「パタール商会のテッドです。こちらこそ来ていただけでよかったです。なかなかいい方に巡り合えなくて、実は2度出発を見送ったんです」
「それはお困りでしたね」
「ですが皆さんのように上品で落ち着いた方が来てくださってよかった。
ただ……そのぅ、ジョーさんはもしかして貴族の方ですか?」
「ええ、わかりますよね。ただ跡継ぎではありませんのでご心配なく」
それも嘘じゃない。このパーティーメンバーに選ばれなければ、跡を継ぐはずだったけどな。
「それでリズさんは教会のシスターでいらっしゃいますね。あなたのようなお美しい方が神に仕えていらっしゃるのは、いやはやもったいない」
「そんなことありませんわ」
彼はにこやかな笑みで、テッドを安心させた。エリザはちょっと不満そうだ。なぜなら貴族どころか王族である彼女なのに、この商人は見破れないのだ。
きっと貴族出のシスターくらいに思っているのだろう。
後で王女がこんなところにいるなんて思いもしなかったんだよと慰めておこう。
彼が持ち込むのは宝飾品や銀食器ではなく薬材だった。ただしこちらでしか取れない銀鈴茸というSSRなきのこが俺たちの護るものである。もちろんそれだけではもったいないので利益率の高いものが他にもあるようだ。
当然こちらに来てまだ3年程度(1年修行2年旅)の俺も持っていない。何に効くのか若干知りたいが依頼人が教えてくれないので、後で調べるつもりだ。
「テッド殿、1つ聞いてもいいですか?」
「はい、ジョー様」
「高級品の取り扱いはわかりましたが、なぜ我々の礼儀作法が必要なのです?」
「実は一番危ないのが納品直前なのです。この茸を奪おうとするものが出るかもしれないと先方から聞いております。ですので、納品するまで私の側を離れないでいただきたいのです」
つまり襲撃者が来るのは確定ってことか。
「我々だけでは心許ないのでは?」
「本来でしたらもっと冒険者を雇って警備を固めるべきなのですが、あまり他国人を入れたくないらしくできれば1パーティーが望ましいとは言われていました。でも前にお願いしていたAランクパーティーがダンジョンに潜っているらしく、捕まらなかったんです。ですが私の勘では皆さんはそのAランクパーティーよりもお強いと感じています。納品期限も迫っていますし、是非お願いします」
「承知しました。なかなか厄介な代物のようですね」
そう言ってゲオルグが俺の方を見たので、俺も頷いておいた。
「ベンさんは無口でいらっしゃるんですねぇ」
「見たままですよ」
ゲオルグの答えは肯定でも否定でもない。なかなかの切り返しだ。
旅はとても順調だった。1パーティーしか雇っていないせいか、より安全を期するため高級宿屋に泊まり、風呂付なのだ。これには全員大満足だ。2人体制で荷を見張っているので、1人ずつ順番に入りに行ける。
風呂の火は夜に思ったより早くに落とすのだが、結構朝早くから入れてくれる。これはオーブンの余熱でついでに湯を沸かしているからで、俺の好きな朝風呂も出来るときがある。
高級宿なだけあって飯も旨い。あの鬱陶しい騎士団長がいた時は護衛をしたことがなかったから知らなかったが、結構おいしい仕事だったんだな。アイツがいる時は王以外には仕えないとかなんとかうるさかったから受けられなかったんだ。
もちろん道中何もないことはない。だけど今のところ襲ってくる魔獣も雑魚だし、盗賊も数人程度である。
ある時俺たちの道を塞ぐようにジャイアントディア(大型の鹿)が出てきたので、俺が首を斬り落として倒した。
「ベンさんはお強いんですね。お一人で、しかも1撃で片付けられるなんて」
俺は黙って頷いておいた。一応勇者なんだよ。それにAランクならこの程度できるだろう。
「このジャイアントディア、どうしますか? 肉や皮がいるなら解体しますけど」
「是非買い取らせていただきます! 良ければ頭部も欲しいです」
「わかりました。魔法で処理します」
もちろん、こういう話は全部ゲオルグに任してある。負担が多くて悪いから報酬の割合いを増やした方がよさそうだな。
解体の仕事が入ったせいで、今日はこの近くで野営である。そちらの準備はテッドの使用人がしてくれるので、俺たちの内エリザが荷の見張り、俺解体、ゲオルグが洗浄である。川があればそこで冷やすんだが、今回はそれも魔法でする。
頭部は丁寧に皮をはぎ、骨に傷つけないよう頭部についている肉をできるだけ削ぎ落す。もちろん脳や眼球なども取り除き、薬や食材部分は置いておく。頬肉や舌はごちそうだ。ある程度削ぎ落せたら鍋に入れてゆでる。深鍋に頭部(角以外)を被るほどの水でゆでて、引き上げるとタンパク質が固まるので薄くくっついていた肉がはがれやすいのだ。ここまでしたら、エリザに洗浄してもらいあとの加工はテッドの使用人に任せることにした。
皮、肉、骨、それ以外の部分も(さすがに血や内臓は捨てる。寄生虫の心配があるからな)分けて渡すと、かなりキレイに解体できたので感動されてしまった。
「おお! さすがは魔法を使われるだけあって、とてもきれいに出来ておられますね。
おい、お前たち。肉を布で早く包め」
使用人たちがこういう事態用に用意してあった古いシーツなどで余った肉を包みだす。時間が経つと肉汁が出るが臭みも抜けるので、シーツごと捨てればいい。
彼は高級品を扱う商人らしくマジックバッグ持ちだが、時間停止までは出来ないので、肉も早い目に使わなくてはならない。少しでももたせるための知恵だ。
「肉と脳は夕食に使うようです。よろしいですか?」
「えーっと、脳って食べられるんですか?」
「ええ、彼は料理も旨いんですよ」
料理すると言っても、バターで軽くソテーしてハーブと塩で味付けるだけだ。ジビエ料理で食べられるが、かなり新鮮でないと出来ないからあまり出てこない。
ササッと焼き付けて、購入したテッドに一番大きく、俺たちにも少量、残りは使用人たちに1口ずつ分けた。
彼は恐る恐る口に入れていたが、とろける触感に思わずうなっていた。
「こんなにおいしいものなんですね」
「取ってすぐでないと痛むそうで、時間停止のマジックバッグがないと基本は食べられません」
俺のストレージなら、時間停止だけどな。
「これは王侯貴族に出してもおかしくない味ですね。失礼、ジョー様は貴族でいらっしゃいましたね」
「お気になさらず。私も自分で狩って食べるまでは知りませんでしたよ。彼は腕がいいでしょう?」
「ええ、ベンさん。最高です!」
俺は頷いておいた。無口キャラって笑う瞬間がわからん。とりあえず肯定は頷く、否定は首を横に振るだ。
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