第94話 幸運の女神
俺とエリザが風呂の有無でいがみ合っていると、ゲオルグが間に入って落ち着くように諭した。
「風呂がないのは私だって嫌ですよ。ユーダイもそうでしょう?
朝風呂まで入るのは君だけなんだから」
毎日朝シャワー浴びて家出るのが習慣だったんだよ。夜は湯船につかりたいし。
「当たり前だろ。風呂は日本人の魂だからな」
お風呂キャンセル界隈とか、俺にしたら意味わかんねーわ。
確かに洗い過ぎると皮膚を覆っているバリア機能が壊れると言うのもある。だが洗わないことでかなりの菌が増殖するんだぞ。そのままベッドに入るとなかなか洗えない布団やマットレスが汚染されることになる。それでいいのかって言われたら絶対に良くない。
ただこっちでは清浄魔法があるので、我慢しているだけだ。
「でも冒険者ギルドに行けないこともわかっているよね? 帰還命令を知らないから無視できるんだぞ。知っていて無視しては犯罪だからな」
「ゲオルグには何か考えがあるのか?」
「ここから西南の方角にナンリという商業都市がある。そこでサクリード方面に向かう商人を探して護衛につこう。
そうしてこう言うんだ。私の知り合いがサクリードにいて行きたいと思っているが、ちょうどいい護衛依頼がなかった。ギルドを通せばランクが高いので依頼料が高くなるが、こっちの都合もあるので安く護衛を受けてもいい、とね」
「うーん、そんないい商人が簡単に見つかるか?
しかも護衛だぞ。ギルドを通さず信用してもらえるのか?」
「それはまぁ探すしかないね。でもそれなり商人と一緒なら宿屋に泊まれる可能性が高いし、少なくとも食事にはありつけるはずだ。風呂については絶対ではないけど、護衛として行った方が追手も誤魔化せる」
ふわっとし過ぎる計画だな。これでうまくいくとは思えない。
「……わかった。やはり冒険者ギルドに行こう」
「依頼受けられないわよ?」
「情報は必要だ。それに俺たちが窓口に冒険者カードを出さなければいいんだよ」
冒険者の朝は早い。なぜなら割のいい仕事は早い者順でなくなるからだ。だが俺たちが狙う護衛依頼は依頼日より数日前から張り出されるしBランク以上でないと受けられない。だから昼過ぎにゆったりと見に行った。
「いいのがあったよ、ユーダイ。
サクリード皇国までの護衛依頼。Bランク以上。2パーティーまで。期限が……今日までじゃないか。高級品取り扱いのため礼儀作法が良い方歓迎。ああこれで依頼が残っているんだな」
「でも俺たちなら抜群にいい。だろ?」
「受けられなかったら意味ないじゃない」
「ちゃんと考えてある」
次に俺たちは冒険者たちがたむろする酒場に行った。こう言うところで情報交換や一時的な仲間を見繕ったりする。この街は商業都市なので地元の冒険者より、護衛でついてきた他所の冒険者が多い。
その中でしょぼくれた3人パーティーがいた。くたびれた様子から先ほど帰ってきたようだ。どうやら依頼を失敗したらしい。
「だから兄貴があの女に気を許しすぎたからこんなことになったんすよ!
女じゃなかったけど」
「すまん、テアがまさか男だとは思わなかったんだ」
「美人だったけどね。今から思えば骨格がくっきりしていたし」
「あの色気でわかる訳ねーだろ」
「明日にはギルドに連絡するって言ってたし、ペナルティーいくらくらいになるんすかね」
「それよりランク降格だよな。俺たちのBランクが~」
「「「はぁ~」」」
漏れ聴いた話では、どうやらリーダー格の兄貴とやらがテアと呼ばれる女(の振りをした男)に騙されて、大事な商品を盗まれてしまったらしい。
俺はにこやかにそいつらのテーブルに近づいた。
「よう兄さんたち。えらく不景気な顔してんじゃん。なんか失敗でもしたか?」
「うるさいなぁ、あっち行け!」
「俺はいいことあったから、せっかく幸せのおすそ分けに1杯おごってやろうと思ったのに……幸運の女神も逃げ出したくなる辛気臭さだな」
これは成功した冒険者が他の冒険者におごることで、幸運を独り占めしないというジンクスがある。その酒(あるいは料理)を飲まないということは、幸運を掴み損ねるってことに他ならない。
「そういうことなら……」
そうして俺は奴らに酒を与え、先ほどの事情を再度聞き直した。
「なるほど、アンタたちは依頼失敗した上に、降格処分を恐れている訳か」
「まぁそうだ……」
「じゃあさ、俺たちがその悪運を祓ってやろうか?」
「どういうことだ?」
「アンタたちは依頼主からの失敗の連絡を恐れている。でも次の依頼を入れちまえばどうなると思う?」
「そりゃダメだろうが」
「まぁ聞け。アンタらは今Bランクで報酬の高い護衛依頼が受けられる。今から明日出発の急ぎの依頼を受けるんだ。受けた足で元の依頼人の所へ行く。そして急ぎの指名依頼を受けたって言うんだ。
商人は金を払いたくないからアンタたちの失敗は絶対に連絡する。だけどアンタらが賠償すると言えばどうだ? ギルドの手数料だけ払ってアンタらからも金がもらえるなら、降格まではのぞまないかもしれないぞ。
なぜならCランクよりBランクの方が格段に金を稼げるからだ」
賠償して誤魔化すのは普通によくある手法だ、だけど金に余裕のないパーティーでは思いつかない。
「そ、それでアンタはどこに掛かってくるんだ?」
「俺、今Aランクなんだ。それなりに実績も積んでるから降格なんてねぇしよ。だからアンタらが受けた護衛依頼を代わりに受けてやってもいいって言ってんだよ」
俺は奴らに自分の冒険者カードを見せた。ランクと名前しかわからない。俺とは初対面でもAランクは伊達じゃない。すこしだけ安心して俺の話を聞き始めた。
「そ、そんなことする必要があるのか?」
「まぁ俺にはねぇけど、自分ばっか女神さまに微笑んでもらうのも悪いと思ってさ。
俺はその護衛依頼分の金さえもらえれば、実績はいらない。アンタたちは護衛成功の実績を積んだ上に、その間に別の街のダンジョンでも潜って金策して賠償する。それで降格が免れたら最高じゃね?
一度降格が付いたパーティーは護衛依頼なんか受けにくくなる。そうなれば金策も難しいし、ランクも上がらない。せっかくBまで上がったんだ。またCに戻ってちまちま稼いでいくなんて、しかもそれが何年続くかわからないんだぞ。
少なくとも3年以上は落ちたままで、周りからバカにされ続けるんだ」
依頼失敗で降格だなんて、他の冒険者にしたら笑いの種だ。しかも女に化けた男に騙されたとあっては一生の恥。だけど賠償金を払って降格を免れれば、少なくとも面子は保てる。客には大金が入る依頼を受けたと言えるし、割のいいダンジョンで金策してそれを当てればいい。
「お前さんの好意に乗っていいのか?」
「ああ、こっちに戻ってくるのは大分先になるだろうけどな。アンタらも賠償がすんだら拠点を変えるんだな」
男たちはどうする?と顔を見合わせる。
冒険者というか、男の面子も掛かっている。金は稼げば何とかなるが、面子が潰れたら元には戻りにくい。それを天秤にかけて、俺の申し出を飲んだ。
ああ、こいつらに会えたことが俺に幸運の女神様が微笑みかけてくれていることに他ならない。
男たちは俺が指定した依頼を受けて、その足で賠償の話をしに行った。かなり取られたようだが、(嘘だけど)指名依頼を受けられるパーティーに恩を着せられて商人の方も得だ。彼らは近くのダンジョンにしばらく籠って金策をし、俺たちはヤツらのパーティーの振りをして護衛を受けることになった。
お読みいただきありがとうございます。




