第93話 聖女のお相手
ビアンカは俺たちの謝罪を快く受け入れてくれた。
今日の彼女はゆったり目の室内着で、少々肌が白すぎるが胸元の空いた姿が蠱惑的だった。おばあさまが同じ服を着ても軽やかでほんわかした風情になるだろう。どうしてか彼女を見ると祖母を思い出してしまう。何でだろう? 年齢からくる落ち着きがあるからだろうか?
「アタシぐらい歳を重ねると、子どもがギャアギャア喚いているぐらいにしか感じていなかったからネ」
「何度も助けてもらったし、何かお礼がしたいんだが……。正直あなたが欲しいものがわからない」
「でしょうネ。アタシはネ、ほとんど全てを持っているワ。美も若さも強さも、権力だって思うまま。愛だってその気になればいつでも手に入れられるワ」
「ほとんどってことは持っていないものもあるのか?」
「モチロン、欲しいとも思っていないけど」
「何か聞いても?」
「話すほどの事ではないワ。
だからユーダイ、これはアナタへ1つ貸しにしてアゲル」
「俺……だけか?」
「他の2人では支払えないワ」
どちらにせよ俺も彼女に借りがあるのは間違いない。
「ありがとう、恩に着る。もし差し支えなければ、バルティス王国かサクリード皇国でエリザと結婚できそうな男はいないか?」
「ドッチにも誰かはいるワヨ。でもバルティスは今避けた方がいいワ。
あそこは100年ほど前に悪魔が出て、王家が交代したところナノ。著しく聖属性魔法が弱まっているから」
「なら余計に聖女を有難がるんじゃないか?」
「ええ、とても。いろんな男の子どもを産んでくれと頼まれるワネ。あそこは今血を濃くするために従兄妹同士どころか叔姪婚も行っているからネ」
叔姪婚は元の世界でも行われていた恐るべき近親婚だ。おじと姪、おばと甥で結婚することで、神聖ローマ帝国やスペイン・ハプスブルグ家などが有名だ。スペイン・ハプスブルグ家の断絶はこの度重なる近親婚による遺伝的疾患が元になったと言われている。
いくら俺がエリザに惹かれていないからって、人道的にそんなところにやる訳には行かないだろう。
「ならサクリード一択だな」
「サクリード皇国は改宗しないとダメヨ。アナタは聖女だから、こちらの教会に属しているデショウ?」
「ええ、もちろんそうです」
「あそこは自分たちこそ神の末裔だから先祖しか信仰しないの。もう2度と今の神に祈ってはダメネ」
「そんな恐れ多い妄想をする国なのですか?」
「妄想? イイエ、事実だもの。彼らは神族、つまり神が自ら選んで眷属にした一族の末裔ヨ。でも心の中まではわからないから、改宗して黙ってアナタの神に祈れば大丈夫ヨ」
「じゃあバルティスもそうなのか?」
「エエ、でも改宗までは言わないワヨ。
さっきも言ったけど主流の人間があまりにも死んでしまったし、悪魔憑きを出してしまった。それで伯爵にまで位を落として、傍流に王位を与えたのヨネ。だから今まで聖女が嫁いだことがなくて、大分血も魔力も薄いの」
「でもその伯爵家から娘を娶ればいいじゃん」
「それが神の命令で王家が悪魔憑きを出した家との婚姻を禁じられたの。王女が降嫁するのはいいけれど、王家に嫁ぐことはできないのヨ。だから伯爵になったクライン家に聖女や聖者が現れようとも、王家は手にすることは出来ない」
なんだよそれ、神様はバルティスを滅ぼそうとしているのか?
俺の考えが分かったのか、ビアンカが答えをくれた。
「滅んでもいいと思ったんじゃない? 悪魔憑きを出すことは神に対する裏切り行為意だもの。むしろ伯爵家として残した方が温情なんジャナイ?」
「でも今の新しい王家は悪魔憑きを出していないんだろ?」
「その辺はよく知らないワ。アタシ、暇になったら長寝するから」
ながねって、冬眠みたいなものか? まさに吸血鬼みたいだな。彼女が寝ている間に俺が死んで借りを返す必要がなくなるかも。きっとそれはそれで笑って済ませそうだな。
「ありがとう、すごく参考になった」
「イツカ貸しは返してもらうから。忘れないでネ」
おっと、また気持ちを読まれたのか? 念押しされた。今回はエリザの失態だと思うけど、俺も世話になったからな。
そうしてビアンカの屋敷を出た俺たちが最初にしなければならないこと、それは今回の旅の実情を把握してもらうことだ。
「さてサクリードに行くとして、問題は資金だ。今のままでは資金を作れない」
「ギルドに行けば、命令書を読まないといけないからね」
「じゃあ、どうすんのよ」
「とりあえずの資金はゲオルグから返してもらった金貨30枚だ」
これはフィリシアのドレス代で、彼が周囲に偽装婚約を納得してもらうために俺から借りた金だ。それを一時帰国の時に返してもらったものだ。金は他にもあるが俺個人のだし、あるだけ使ってしまうお姫様がいるから黙っておくのが一番いい。無駄なものを欲しがる時にだけ、婚約者って言葉を使う。その時は『隷属の腕輪』をつけている設定だったから、逆らえなかったのもある。
「贅沢さえしなければ、サクリードまでこれで行けるとは思う」
「贅沢って何よ」
「風呂付きのいい宿に泊まり、ごちそうを食べる。いわゆる貴族的旅だ」
「ウソっ! 風呂なしの宿なんてイヤ!」
「殿下、時には野宿することもあるではありませんか」
「それは他に選択肢がないからでしょ。働いてお金を稼げばいいのよ」
「だからそれをする仕事がないって言ってんの。ギルド以外にどこで素材や魔石を売るんだよ。変な動きは悪いヤツらに目を付けられる。足元見られるのがオチだぞ」
冒険者ギルドという、優良な取引先を使わずに素材や魔石を売るのは後ろ暗いってわざわざ表明しているようなものだからな。高く売りたいときはギルドでオークションにかけてもらえばいいだけだし。
「はっきり言う。俺とゲオルグは野宿でも我慢できる。お前も必要ならできる。それなら、多少は我慢してくれないか? サクリードに入る前には風呂付の宿を用意するから」
俺だって風呂付の宿に泊まりたいわ! 言っとくけど日本での暮らしはこっちでの貴族の暮らしと匹敵するぞ。使用人がいない代わりに、家電が充実しているからな。
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