第92話 次の方針
カイルの初恋婚について問い合わせには、もう1つ余計なものがくっついていた。帰還命令である。
何でも『急な帰還だったため労いもしていないのに出ていくとは思わなかった。すぐ戻ってきてゆっくり休め』という内容だ。しかし裏を返せばテレジアの顔を潰したので戻ってこいと言うことだろう。エリザが言っていたように、彼女に男たちの相手をさせるということかもしれない。
「それでどうするんだ? 次の方針を決めるのはお前だろ、エリザ」
「帰る訳ないでしょ。逃げてきたんだから」
「まぁ、そうなりますよね」
「ゲオルグはいいわよ! 他国の伯爵との婚約があるのだし」
「お互いの立場を考えた偽装婚約に過ぎません」
「ここでそんなつまらない争いは止めてくれ。俺はどうするのか聞いているんだ」
「とにかく返事だけ返して、ダンジョンにでも潜りましょうよ。そうすれば簡単に連れ戻せないだろうし」
「ダンジョンからは出ない間はな。その後はいくらでも連れ戻せるぞ。向こうにはカイルがいるんだから」
「カイルは来ないでしょ? なにしろ身重の妻がいるんだから」
「バカか、テレジアに忠誠を誓っているんだから、彼女が言えば連れ戻しに来る。
俺は返事をせずに逃げ切る方がいいと思う」
「ならグズグズできませんね。すぐ出ましょう」
「ただビアンカにきちんと謝罪はしておけ。お前が蒔いた種なんだから」
「はぁ? 何他人事みたいに言ってんのよ」
「失礼したのはお前だろ。それにしても彼女が離れを貸してくれたおかげで助かったぜ。まさかアイツらも魔族の世話になっているとは思うまい。この礼は俺たちでしなければならない」
エリザはグッと奥歯を噛んでいたが、その事は認めた。
「宿屋なんかにいたら、強襲されていたかもしれませんしね」
「カイルが来たかもな。お前カイルを殺せるか?」
「厳しいな。足止めぐらいならともかく、長年の友人だし。俺のスピードじゃカイルの攻撃は止められない」
彼の名前に反応しがちなエリザがキッとこっちを睨みつけた。
「どうしてカイルが来るの? 新婚ボケで絶対来ないわよ」
「本人は新婚ボケでも、テレジアは違うだろうが。カイルは妻子を人質に取られているのも同然だ。もう以前の彼だと思わない方がいい」
「そんな……カイルがわたくしたちを狙ってくると言うの?」
「その通りだ」
俺がテレジアならそうする。こちらには失恋で大泣きしたとはいえ、長年彼に好意を寄せて来た女と、彼の幼馴染がいるのだ。油断させて殺すには適した人物だ。
「カイルから罪人を容赦してはいけないと言われたことがある。そうすることで二次的被害を防ぐためにもな。そして今回その被害に遭うのは彼の妻子だ。絶対に殺しに来ると思った方がいい」
「殿下、まだ殺すまでは考えていないでしょうが、説得のために彼を寄こすぐらいはありえます。今回の手紙の返事が遅かったことも気になります。ギルド経由なら数日で答えが返ってきてもおかしくありませんでした。ベリンダ嬢の伝手がなければ、この返事の内容を知ることは難しかったのですよ?」
そうなのだ。数日たっても返事が来なかった俺たちはローワン共和国の冒険者ギルドに就職したベリンダを頼った。冒険者ギルドは横のつながりが強く、俺たちへの手紙が止められていることを察知したのだ。
つまり俺たちはまだ正式には手紙を受け取っていないことになり、内容だけを知ったというわけだ。
「ビアンカに謝罪と礼をして、このまま逃げ切るのがいい。当分冒険者ギルドは使えない。あるいは再登録して1からやり直すのもありだ」
「そうなるとギルドに預けた金が使えないのは辛いですね」
彼は深いため息をついた。俺も同意だ。ストレージにほとんどのものを入れてあるが、パーティー資金はギルドに預かってもらっている。あれを使えないのは辛い。しかもエリザもゲオルグもフィリシアの国での社交でドレスや宝石を買っており、手持ちの資金も少ないはずだ。
「あるいは2:1でばらけるのもいいかもしれない。この3人の中で見つかっても構わないのはゲオルグだけだ。お前がフィリシアの所に行って、会いたくてやって来たと言えば、奴らに捕まっても少しは歯止めになるだろう」
「私を捨て石にするのか? ひどいな」
「助かる可能性の問題だけだ。でも俺とエリザは彼女の国に行くことは出来ないな」
「ええ、行けば帰るように言われるだけですよね」
「でどうするんだ? エリザベート」
「どうするって、どうすればいいと思う?」
俺はため息をつくしかなかった。彼女は良くも悪くもお姫様なのだ。聖女の務めは果たしていたようだが、最優先がカイルだった。しかも自分であまり物事をよく考えない。
「もしばらけるならエリザは教会に身柄を預けるという選択もある。聖女として終身奉仕したいと言えば受けれいてくれるさ。あるいは元々君は聖女信仰の強い国へ嫁入りするはずだったんだろ。勇者との婚約を嫌って、できればそちらの国に嫁入りしたいと言えば、そうできるんじゃないか?」
「なるほど、国の意向に逆らって、聖女として生きていきたいと言えば行けそうですね」
「ダメよ! そんなの。一生教会で過ごすなんてイヤ! 私はドレスが着たいの」
「でもヒヒジジイ共の高級娼婦よりはマジじゃねーか? こっちならドレスは着れるけど」
「それもイヤだけど、ドレスも夜会もないなんてダメ!」
すぐヒステリックになる。はぁ~ラノベでは一緒に苦楽を共にした仲間の一人と恋に落ちるってあったけど、絶対エリザだけはねぇわ。こんなタイプの女と恋にどうやって落ちるんだよ。あれか、ラノベ主人公は女に慣れない童貞だから、好きになるのか?
「なら嫁入りだな。えっと確かバルティス王国とサクリード皇国だっけ。どっちが近い?」
「どっちも遠いな。でもそれくらいテレジア殿下も思いつくんじゃないのか?」
「聖女はすでに成人して、国から討伐の旅に出されているんだ。今回帰ったのは仲間の死を伝えるためだった。俺たちはまだ手紙を受け取っていない。つまり命令違反を知らないんだ。そして実際の聖女が現れて、こちらに嫁入りしたいと言えばどうなる?」
「当然聖女の意向が重んじられる。なるほど、これなら殿下が国に帰る必要はありません。ドレスも夜会も行けますよ」
「バルティスとサクリードの情報が知りたいな。エリザが嫁入りできる相手が居るかどうかね」
「ちょっと勝手に決めないでよ。ユーダイ! あんた、仮にも婚約者のわたくしを売ろうっていうの?」
「婚約ったって、カイブライト王国が勝手に決めたもので俺たちの意向は入ってないじゃないか。それに俺は君に手を出さない誓いもしているし。何の問題もないね。
むしろアンタの安全が確約されるんだ。ドレスも夜会もあって娼婦の真似事もしなくていい。いいことづくめじゃねーか」
「私は失恋したところなのよ? ちょっとはいたわってよ」
「そうするには時間がない。エリザ、君はもう17歳だ。こちらではそろそろ結婚していてもおかしくないんじゃないか?」
「女性は20歳までに結婚が推奨されるよ」
ゲオルグが補足を入れてくれる。俺の意図をわかっているな。
「まだ婚約していないとなると相手が15歳以下になる。17歳でも年上だと思うかもな。1日でも早く婚約にこぎつけないとどんどん相手がいなくなるぞ。
それに俺の世界では失恋は新しい恋で忘れるんだ。アンタに似合いの王子か公爵令息でも見つけて、さっさと恋に落ちてくれ。俺がいれば婚約解消もいつでも出来るんだからな」
後妻に入る可能性は、今は言わない。絶対に嫌がるからな。
「それは……そうだけど」
「じゃ決まりだ。ビアンカに謝って、できれば情報を貰おう。それとこの礼をどうするかもな」
「「わかった」わ」
教会に行きたかったが、神の国とされるバルティスとサクリードに行けるのは俺の目的に近づく。なんとしても神の足跡をたどらなければならないのだ。
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