第91話 初恋婚の顛末
エリザベートの意向により、俺たちはまっすぐビアンカの元に向かった。だが元の世界のように車や飛行機がある訳でもないし、いろんな国を跨ぐので王族権限を使って直行で馬車で行ける訳でもない。結局1カ月ほどかかって、やっと彼女の屋敷にたどり着いた。
前にここを出立してから、3か月以上経っている。ああマジで飛行機が恋しい。俺にもつかえないだろうか? 自家用ジェットの魔法ならぬ、転移魔法がさ。
エリザはそのまま突進しそうな勢いだったが、相手はこちらが逆立ちしても勝てそうにないほどの大魔族。呼び鈴を鳴らして来訪を告げると、おばあさまやビアンカほどではないがかなり美しい少女が現れた。また誘拐してきたのか?
「こんにちは。ビアンカ様が見てきてっていうから来たけど、アンタたちだぁれ?」
「こんにちは。俺たちは先日ここでちょっとお世話になったユーダイとその仲間だ。無事に依頼を片付けたことの報告と、ちょっと聞きたいことがあってさ。取り次いでくれない?」
「ユーダイさんね。わかった」
「一番用事があるのはエリザベートだ」
「エリザベートさんね。はーい」
美少女が行ってしまうとこの旅の間中、ずっと苛々し続けているエリザに服を引っ張られた。
「ちょっと! 何弱気になってるのよ」
「お前、彼女を倒す自信あんの? 俺はないね。
それにものすごい悪行三昧ならともかく、アイツ人助けしかしてないじゃん。あっちの気分が変わって暴れるようなことがあったら、それから討伐でいいだろ」
「何言ってるの! 相手は危険な相手よ。現にわたくしに嘘をついたわ」
「それを確かめに来たんだろ。彼女が嘘をついているとわかってから、事を構えた方がいい。俺は召喚のために100人以上を殺してのうのうとしている、お前の国の方がおかしいと思っているからな」
「それじゃあ、遅いじゃない!」
本気で殺し合いするなら遅いわな。でも俺にその気はない。何が嬉しくてコイツの国に仕えないといけないんだよ。魔法契約があるが、向こうに履行の意志がないのはわかっている。それなら俺が果たす義務もない訳だ。成功しても見合った報酬が支払えないとわかっているのだから。それを縛る条項は魔力コストを抑えるために入れなかったお前らの敗因だ。
「入ってきていいって」
美少女が戻って来たので、ビアンカの元に案内された。今度はサンルームでも応接間でもない。彼女の居間だ。
「いらっしゃい、ユーダイ。とお仲間さん」
「やぁビアンカ。急にきて悪かったね」
「イイのヨ。アタシに話があるんデショ」
「ああ、エリザベートがな」
ビアンカは俺には美しい微笑みを浮かべていたが、エリザを見る目は冷たかった。なんかあるんだろうな。
「それでアタシを嘘つき呼ばわりするからには、覚悟はあるんでしょうネ」
「カイルは結婚してたわ! 今は2児の父親よ。何が彼は困っているよ! 嘘つき‼」
ビアンカはヒステリックな女は嫌いなようだ。俺もそうだし、好きな奴はいるのか知らんが。彼女は呆れたように深くため息をついた。
「それでどうしてアタシのウソだって思ったワケ?
アンタたちと会ったころはちょうど王太子に結婚を迫れらて困っていたところだったワヨ」
「でもその頃には1人目は産まれていたはずよ!」
「生まれていたワヨ。隠し子がネ」
「か、隠し子?」
「あのカイルロッドって子は確かに真面目でイイ子だったワ。
自分が勇者パーティーに参加するってすっかり思い込んでいたワケ。それで死ぬかもしれないから初恋のエイミーに愛を告げたのヨ。結果両思いだとわかり、一夜の契りを交わした。
でもふたを開けてみれば、彼は勇者パーティーに選ばれなかった。仕事はたいして体を動かさない退屈な王太子の護衛。さてどうなったデショウ?」
ビアンカはゲオルグにニッコリと笑みを浮かべた。答えろってことだ。
「……貴族男子としてあるまじき行為だが、すでに愛を交わした後とあっては歯止めがきかなくなっただろうな」
「何がよ!」
「男女の交わりに決まってる。若い男女がそれなりに回数を重ねれば当然出来るものが出来るわけだ」
「そんなっ、カイルは高潔な騎士で……」
俺もゲオルグの加勢に入った。
「どんなに高潔でも気疲ればかりする仕事に替えられた上に、自分を愛し慰めてくれる存在が近くにいて我慢するのは相当だぞ。俺たちにも何かあれば女を抱こうと必死になっていたおっさんがいたじゃねーか」
そうだ。あのおっさんもこの討伐の旅はストレスだったに違いない。侯爵として騎士団長として国の重鎮であり最高権力者の1人でもあったはずなのに、何が嬉しくて魔獣や盗賊討伐ばかりしているんだよ。それを晴らすためにも、できるだけいい宿に泊まって、いい女を抱く。それしか楽しみがないからな。
「そう。彼は未婚のまま、エイミーと関係を持ち続けた。自分が王太子の婚約者に指名されるなんて思いもせずにネ。その頃には妊娠がわかって、でも愛する女との間の子ヨ? どうしたと思う?」
「まさかとは思うが……駆け落ちしたのか?」
「正解。身重の彼女を先に逃がして出産させ、無事生まれたワ。自分はあとから追いかけて合流するつもりだったの。それが3か月前。もちろん連れ戻されたけれど。
彼は失脚したワ。王太子の婚約者の座も、護衛騎士の役目も、侯爵令息の地位も全部失ったのヨ。当然親から貰う予定だった子爵の座もネ」
「それで王太子殿下のご慈悲ってことか」
会話は俺としていたが、ビアンカはエリザベートから目を離さなかった。
「ええ、ちょうどあなたたちから帰ってくると手紙があったおかげでネ。
彼女は恋愛感情のない自分ですらある程度の衝撃を受けたのだから、ずっと彼を愛していたあなたがどれだけ傷つくかわかっていたのヨ。だから2人を処刑せず、子爵の座を与えてエイミーとの結婚を許した。そのかわり自分に絶対服従の国一番の剣士をものにしたの。賢いワネ。テレジア王女は」
俺たちの間で何とも言えない気まずい空気が流れた。
そう言えば俺たちはカイルがいつ結婚したのか知らなかった。俺たちが旅に出て2年近くたっている。その間に男爵令嬢1人を田舎にやって出産させるくらいなら、アイツにも出来ただろう。その後王配になるのを嫌って本人が出奔さえしなければ、エイミーとのこともしばらく隠し通せたに違いない。普通の貴族なら、こっちを選ぶ。
だが真面目で誠実なカイルはそうできなかった。王命を蹴飛ばしても愛する女の元へ向かったに違いない。
「ゲオルグ、悪いがお父上にカイルの結婚時期と事情を聞いてくれないか?
それでビアンカが嘘を言ったかどうかわかるだろ」
「ああ、すぐ送るよ。殿下もそれまでお待ちください」
「……わかったわ」
それから2週間後。冒険者ギルドに届いた初恋婚の顛末は、ビアンカの話した通りだったのだ。
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