第90話 テレジアの真意
「いいですか、父上。テレジア殿下を甘く見てはいけません」
ゲオルグがそのまま話し出そうとしたが、どこにスパイが居るかわからない。壁に耳あり障子に目ありだ。
「ちょっと待った。ゲオルグ。俺に結界を張らせてくれ」
俺がこの社交部屋に結界を張る。『索敵』スキルで調べてもこの部屋の様子を窺っているのは飲み物を出す執事のコンラートぐらいだが、念には念を入れておくべきだ。
「悪いな、ユーダイ。
いいですか、テレジア殿下はこの国を滅ぼしかねない女性です。いまからでも遅くありません。妹たちを外国に嫁に出し、資産の一部を移しておくべきです。もちろん領地を捨てていくわけにはいきませんが、あの方の自滅に巻き込まれるのを最小に食い止めなければなりません」
「それはどういうことだ」
「今回の旅で我々地方貴族では知りえなかった事実が判明しました。テレジア殿下はこの国の重鎮たちを色仕掛けで引き留めておいでです。多くの男性貴族と、その、男女の関係にあります。私はそれを王太子殿下の寂しさから来るものだと思っていました。
ですが元々はその役割はエリザベート殿下が担うはずだったのです。なのにあの方が強要されて行っている。それを良しとする女性はいないでしょう。勇者召喚も異常ですし、今回の婚約も怪しいです。
あの方の破滅思考に我々は巻き込まれてはなりません」
「……」
「父上も殿下のご乱行の真実をご存じでしたか」
「私がお誘いを受けたわけではないが、リンデマン子爵が男だけの社交の時にあの方の破瓜は自分が得たと自慢していた。理由は陛下がお忍びで賭博に興じて、借金を拵えたのを代わりに支払った褒賞だそうだ。王太子殿下があのような男にこころを許すはずもない。理由が理由だしな」
聞けばその子爵とやらは禿げ頭で腹の出たいやらしい男で、王女の身でそのような目に遭うなんて彼女も思ってもいなかっただろう。
しかも理由が遊興費のためだなんて、最低なのは国王が一番だな。
そのときベリンダが言っていたことを思い出した。政略結婚ならともかく遊興費のための身売りなど絶対にイヤだと怒りを露わにしていた。公爵令嬢の彼女でもそう思うのだ。王太子であるテレジアがそう思わないはずもない。いや身分など関係なく嫌だろうが、とくにプライドの高い彼女にとって最悪の出来事だったはずだ。
「クソが! なんて下品な男なんだ」
ゲオルグの言葉はその子爵に向けられたのであろうが、聞けば聞くほどこの国の国王が腐ったクズなのがわかる。エリザベートの母親を無理やり襲ったのもアイツだし、テレジアの母親を宰相から略奪したのもヤツだ。この国の不幸の全ての元凶が国王と言い切ってもいいかもしれない。
「しかもベーゼル王国は昔から我が国を狙っているではありませんか!
我が国は今決して国力が強くありません。勇者召喚で100人もの魔法士を失い、最大戦力であるユーダイとエリザベート殿下はいつも不在。国防の力が弱っているのにあの国にから婿を取るなんておかしいです。まるで侵略してくださいと言わんばかりではありませんか。かなり反対があったのではありませんか?」
「その通りだ。表向きはオルフェ王子との婚約は両国の平和維持のためとなっている。だがほぼ属国にしようという魂胆は見え見えだ。しかも王太子殿下は女性としての価値を失っている。恋愛関係に陥ることはほぼ不可能だろう」
子爵ごときの口も封じられないなら、ベーゼル王国側にテレジアの夜の行動は伝わっていることだろう。あちらの国の従者が多いのも、これ以上不行跡を重ねさせないためか。それとも内部分裂を起こさせるためか。
これがテレジアの真意なのかはわからない。でも自分をないがしろにする父親と、なんの役に立たない母親への意趣返しな気がする。彼女がエリザに仕掛けたように一番痛めつける方法を考えたに違いない。
ゲオルグの説得にも関わらず、オーレンドルフ伯爵は検討するとだけ言った。がっかりした様子の彼と共に社交室から出ると、エリザが待っていた。治癒魔法を使ったのが目の腫れは引いていたが、髪が乱れたままである。ベットで泣きはらしてたまま来たって感じだ。
「あなたたち、遅い! これから討伐の旅に出るわよ」
「殿下……いくらなんでも早すぎでは? 一晩休まれてはいかがでしょうか?」
「バカね。このままここに居たら、義姉さまがやっていた色仕掛けをわたくしがしないといけないじゃない! どおりで貴族たちの目がイヤらしいと思っていたわ。女が必要なら王族ではなくて、高級娼婦でも宛がえばいいのよ」
コイツがそのことに気づくとは思ってもみなかった。それでもカイルが結婚していなければ、このままいるつもりだったとは思うけど。
「それにブランシークはわたくしに嘘をついたわ。カイルの女に2人目ってことは1年以上前から結婚しているってことよ。つまり彼が困っていたかもしれないけど、それはずっと前の情報だったのよ。これは糾弾すべき事柄だわ」
確かにビアンカはさも今カイルが困っているかのように話していた。
神の居所については聞いてみたいし、また会うのもいいかもしれない。
「それに明日になれば城に残るように命令が下るかもしれない。だからその前に出るわよ!」
「ゲオルグ、俺はエリザと行くが、お前が家族とここに居たいなら残ってもいいぞ」
「いや、私も行く。父上には伝えたいことは言ったし、侯爵の死の報告もできた。ここに残っている意味はないね」
それで俺たちは夜陰に紛れてそのままカイブライト王国の王都を後にした。
お読みいただきありがとうございます。




