第89話 やりきれない気持ち
「うわぁああ~、うわぁぁぁ~」
馬車に乗っているあいだずっとエリザベートは号泣していた。まるで獣の咆哮だ。まぁ聖女になるほど思っていた相手との完全なる失恋だ。ショックなのはわかる。
でもなぁ、いくら美人でも涙だけでなく鼻水もよだれも流しながら泣く姿はドン引きだ。
萌の持っていた少女漫画に失恋して泣いた女の子を抱き寄せて、「俺の胸で泣かせてやる」みたいなことを言うシチュエーションがあったが、とてもじゃないがそんな気にはならない。
あれは相手にかなりの好意を持っていないと出来ないし。きっと涙だけだったんだろう。それなりに大事に思っている妹なら鼻をかむ用にティッシュを差し出すぐらいはするだろうが、エリザを抱き寄せたりはできない。
なにしろ彼女は俺を誘拐した犯人側なんだからな。協力関係にはあるが、信頼関係ではない。
オーレンドルフ家のタウンハウスについても、エリザは泣き止まなかった。とにかく王女が人前に泣き顔を晒すわけにもいかず、ベールを被せて寝室に放り込むとやっと一息付けた。
「ユーダイ、君は殿下を慰めないのか?」
「あれをどうやって慰めるんだ? 俺たちの間に恋愛感情はないし、友情もない。一番近いのは同僚ってところか。俺だったら同僚程度の人間に弱っているところを見られたくない。ゲオルグの方が幼馴染なのだから、慰めたらどうだ?」
「いや……遠慮しておくよ」
「それにしてもなんというか、性格の悪い仕返しだよな」
「殿下はお育ちのせいか、ご自分の弱みを見せすぎる。テレジア殿下にいいようにされがちなのだ。私自身もそれでやられたけどね……」
「とにかくひどすぎないか? アイツ。人の幸せを踏みにじるのを生きがいにしているみたいだ」
エリザベートはともかく、ゲオルグはレリアーヌ嬢を愛していることを悟られたのだ。国でもトップクラスの魔法士である彼を利用するために。でも俺の召喚に彼女は使われた。
だがカイルロッドに初恋の相手を与えるくらいなのだから、ゲオルグにもそうして大人しくしてもらった方がよかったのではないか?
俺にはテレジアの考えはわからない。
そう考えていたことはゲオルグに伝わってしまった。ポーカーフェイスにしておくべきだったぜ。
「ウチもレリの家も基本は中立派なんだ。ただ魔力についての考えだけが違っていて、多い方が国防だけじゃなく国のためにもなると考えているのだ。
だから俺はエリザベート殿下の遊び相手になってしまったが、彼女側ということは王太子殿下と対立することになる」
王族は魔力が少なく魔力で国を治めることを良しとしていないから、結構過激派として見られていたのでは? だから目を付けられたんだよ。
「テレジア派に乗りかえればよかったのでは?」
「そう簡単じゃないさ。それにレリは王太子殿下の嫌いな魔力量の多い女性だったからね」
その妬みもあって殺されたわけだ。ホントやりきれないな。
それにしても一時的なものとはいえ、勇者パーティーの帰還だぞ。王城での晩餐ぐらいあるのかと思ったが全く何もなかった。むしろなんか見世物になっただけだった気がする。
かわりにゲオルグの父であるオーレンドルフ伯爵が晩餐に招待してくれた。
当然エリザは今も泣きまくっているので欠席だ。
「グレーテルは明日来るが、とにかくゲオルグ、良く戻ってきてくれた。お前にもう一度会えて私はとても嬉しいよ」
「父上……」
グレーテルとは母親の名前らしい。ドライな貴族らしくなく、2人は抱擁する。ここは家族を大事にする家なんだな。
俺の家だってこんな感じだ。父さんも母さんも萌も、俺が召喚されて帰ってきたら心配したって怒り泣きながら抱きしめてくれるだろう。俺の心にやせ細った父さんの悲しい後ろ姿が浮かんだ。過去に戻れなくても、せめて父さんの支えになりたい気持ちもあった。でもそれ自体とても難しいのは間違いない。
そのためにはやはり神の存在が不可欠だ。行方不明なのは自ら隠れているのか、それとも姿を現せない何か理由があるのか。後者ならばそれを助けることを対価に元の世界に戻してもらえないか交渉してみよう。
でもこのゲオルグの様子だと、もう討伐の旅に出ないかもしれないな。
食事が終わると酒に誘われたので、少し迷ったがお相伴にあずかることにした。食堂よりもこぢんまりとしているが、座り心地のいい椅子のある社交用の部屋だ。向こうでならシガールームってところか。こっちには葉巻がないみたいだけどな。
「いいのか俺がいても。久しぶりの家族だろ」
「私が来て欲しいのだ。頼む」
こちらに来て3年。まだ19歳なので飲酒は良くないが俺は状態異常無効で全く酔わないし、こちらの成人が15歳なので今回だけ勘弁してもらおう。いつもは騎士団長のおっさんに任せておけばよかったから飲まなかったがな。
「父上、ミヒャエルはいかがですか?」
ミヒャエルとは弟さんの名前みたいだな。
「領地での教育は進んでいるぞ。本来ならお前にやってもらうつもりだったから、まだところどころ甘えが出るが……」
「私は戻れませんので、そこのところはしっかり言い聞かせてください」
えっ、まだ討伐の旅、続けるつもりなのか?
「今回で戻ってくるんじゃなかったのか?」
「何を言っているのです。父上。今回はワレンボーム侯爵がお亡くなりになったので一時帰還しただけです。当初の目的の魔王討伐も出来ていません。テレジア殿下が女王になられる今、このような中途半端な結果ではご満足されないでしょう。城で晩餐会を開いてくださらなかったのがその証拠です。私はもう帰れないと思っていただいて構いません」
「だがゲオルグは俺と違って、魔王討伐を契約していないだろう?」
「契約内容はそれだけではないと前に伝えたぞ、ユーダイ」
つまり俺の暗殺か……。もし魔族との戦いで生き延びても俺に殺されると思っているのか?
俺の物思いをよそにゲオルグと父親との話し合いは続いていた。
お読みいただきありがとうございます。
申し訳ありませんが所用のため9/19、20の連載を止めさせていただきます。次回は21日になりますのでどうぞよろしくお願いいたします。




