第87話 歓迎されない帰還
あと1つ川を越えれば、俺を召喚してこんな目に遭わせたカイブライト王国だ。今は少し小高い丘の上にいるのでよく見える。
「とうとう戻って来たわね」
エリザベートは懐かしさと嬉しさの入り混じる顔をしているが、俺にとってはものすごく不愉快極まりない国である。
俺にはよくわからない。彼女はあれほど義姉に憎まれ、義母に疎まれ、父に無視されているのにどうしてそんなに喜べるのか。
そうだカイルロッドだ。すっかり忘れていた。
彼のケガを癒したい一心で聖属性の治癒魔法を手にいれ、さらに教会で腕を磨いて防御魔法、支援魔法、攻撃魔法まで手に入れた本物の聖女だ。性質としては優しい清らかな乙女とは言いにくいけど、彼に対する思いだけは一途である。
横目でそっとゲオルグを見る。彼は特に表情に表していないが、仕方なく帰って来たようだ。フィリシアとの婚約は今から始まるであろう王城でのパーティーでの引き合わせから逃れるためだからな。本当に亡くなった婚約者を愛していたんだと、さらに俺を召喚した国とそれを実行したテレジアの罪深さを感じる。
彼は喚び出された俺を憎んでいないと言っていたが、時折俺への殺意を感じる。エリザと言い合っている時やアイネを助けると決めた時、フィリシアへの偽善お小言の時もだ。
3人の女性に対して、俺もゲオルグも恋愛感情はない。だがきっとあんな風にレリアーヌ嬢とも語らってきたのだろう。俺が存在するだけで、彼の喪失感を刺激してしまうのだ。
だが俺にはどうすることもできない。こちらとしては俺の方が被害者だと思っているからな。
どちらにせよ愛が深い2人だ。国民性なのかもしれない。せめてエリザの思いが成就すればいいんだが、彼女を嫌っているテレジアにその思いがバレているからなぁ。
川を越え国境門を通り、俺たちはカイブライト王国内に入った。あらかじめエリザが帰還の連絡を入れていたはずだが誰もいない。歓迎されていないのだ。
「誰もいませんわね……」
どうやら彼女の連絡を握りつぶした誰かがいるようだ。テレジア自身かもしれない。
「私はこうなると思っていました」
ゲオルグは言う。俺も実はそう思っていた。
「それでどうする? 辻馬車か何か頼むか?
さすがにお前たち貴族が徒歩で王城へ行くわけにもいかないだろう?」
「それでしたら我がオーレンドルフ伯爵家のタウンハウスへお越しください。まずは身支度を整えて参りましょう。このような旅装のまま姿を見せると笑いものになります。王城は王太子殿下のお力が強いですから」
そんなわけでゲオルグの実家が持つタウンハウスへ向かいことになった。
オーレンドルフ家のタウンハウスでは使用人全員が俺たち3人を出迎えてくれた。これは辻馬車に乗る前にゲオルグが『レターバード』という魔法で手紙を送ったからだ。皆涙ぐんでいる。ゲオルグはこの家で大事にされてきたんだな。
「お帰りなさいませ、ゲオルグ様」
「ただいまリュドミラ。コンラートはいないのか?」
リュドミラがこのタウンハウスの家政婦長で、コンラートは執事らしい。この家は社交を主に扱うため、家宰は常駐していない。
「はい、旦那様の言いつけでワインの買い付けに行っております。先日ゲオルグ様のお手紙を頂戴いたしましたので、お出迎えの晩餐を執り行う予定でした。
旦那様は明後日こちらにいらっしゃいます」
「すまない。こちらも思ったより早く着いたのだ。それで悪いがエリザベート殿下と勇者ユーダイを迎え入れたいのだが……」
俺たちが予定よりも早いのはエリザが一刻も早く国に帰りたがったからだ。恋しい男にどうしても会いたいという気持ちはわからないでもない。でもマジ盲目になるんだな。俺とゲオルグの気持ちは全く考慮されていないからな。
「かしこまりました。ただ客室などはご用意が出来ておりますが、入浴の準備がまだ……」
「さっきレターバードを書いたばかりだからな。私の魔法で湯を溜めよう」
「いいえ! ゲオルグ様こそ、お休みになるべきでございます。ひどい隈ではございませんか。もう少々お待ちくださいませ。お茶の用意は出来ておりますのでそちらを先にどうぞ」
「ではそれをいただこうか」
お茶を飲んだ後、湯あみをしてまずはくつろげるように軽い室内着に着替える。俺たちの世界ではこういう場合ジャージやTシャツだが、こちらではシルクのシャツとズボンになる。
ここで休んでいる間にオーレンドルフ伯爵家から王城へ到着の知らせてもらっている。当然騎士団長の死も伝えてある。
遺品が全部盗まれてしまったので、仕方なく彼の遺髪を持ち帰ってある。短髪だったので髪泥棒は出なかったようだ。日本でも芥川龍之介の『羅生門』に死人から髪を奪う話はあるから、どこも一緒なんだなと感心してしまった。
すでに3人で話は取り決めてある。
騎士団長は悪魔に魂を売ったハルピュイアに勇猛果敢に最初に斬りかかったが、相手が風魔法で彼の首を落とし、同時に火魔法で体の全てを焼いてしまったことにしたのだ。頭部は何とか奪還し、悪魔も討伐出来たが頭全てを持ち帰る訳にも行かず、短い髪を切って大切にしてきたという設定だ。
これはビアンカの正体がわかってすぐ、ヤツが斬りかかったのを参考にした。あの男は相手が女だと思うと見くびってそういう迂闊なことをするのだ。
夕暮れ前には王城から連絡が届き、翌朝に俺たちの謁見が許された。
翌朝俺やゲオルグはパレードの時に着た服を着てきたが、エリザはフィリシアのところで作ったドレスを着て出てきた。
「おい、すぐに着替えてこい。これから騎士団長の死を伝えるんだぞ。そんな浮かれた格好をしてみろ。足元を掬われんぞ」
「でもやっとカイルに会えるのよ! 少しでもわたくしの美しい姿を見て欲しいの」
「そんなの、夜の晩餐とかパーティーとかで会えるだろ。……テレジアに騎士団長が死んだのにドレスを作る余裕があったのかと言われるぞ」
後半の内容を耳打ちすると、エリザは渋々聖女服に着替えて来た。全く、歓迎されるとは限らないんだぞ。
オーレンドルフ伯爵家ではゲオルグが愛されているから歓迎ムードだが、何となくだが俺たちには早く出て行って欲しそうだった。
それはエリザとテレジアの確執があるからだ。
王太子に睨まれた第2王女なんて、ただの厄介ごとだからな。
「それから腕輪」
「ああそうね、忘れてたわ」
そうして俺に隷属の腕輪を着けようとしたが、パチンと嵌めようとした瞬間、砕けてしまった。
「ええっ!」
「ああ、俺の魔力量の方が上回ったか……」
それと俺の状態異常無効スキルの能力が上がったのだろう。
「ど、どうしよう……」
「どうしようもないだろ。そのために魔法契約も結んであるんだ。とりあえず壊れた腕輪の破片でも集めとこうぜ」
「そうね、それでいいわよね」
よくはないが勝手に捨てたと思われたら困るからな。
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