第86話 処世術
俺たちがアイネをローワン共和国につれていくことになった。彼女は恋人のロドニーもついてくるとばかり思っていたので、驚きが隠せなかったようだ。
「付いてこないってそんな……。
ウソでしょ? そんなどうして?」
「すまない、アイネ。俺は君とは行けない」
「だって結婚しようって言ってくれたじゃない!」
「君がこの国にいるなら、たとえ伯爵家の跡取りでなくても、いや平民に落ちても構わなかった。だが国外追放なのだろう? 俺は王太子殿下の護衛であり、しかも今はカレンス騎士爵家の家長だ。俺は母と弟と妹の面倒を見なくてはならないんだ」
騎士爵程度なら平民とでも結婚できるだろうが、立太子した第一王子の護衛ともなれば、それなりの貴族令嬢との結婚が望ましいだろう。伯爵令嬢と思われていたアイリならばちょうどよかったはずだ。それに国外追放でなくても、アイネが平民に落ちた理由が悪すぎる。弟と妹の将来を考えたら、彼女との結婚は悪手でしかない。
「さよならアイネ。君の幸せをずっと祈っている」
「いや、待って! ドニー」
当然ながらロドニーは振り返ることもなかった。
「はぁ~、そんな愁嘆場、関係ない俺に見せるなよ……」
「アンタなんかにあーしの気持ちがわかるもんか!」
「わかんないね。俺は最大限の手を尽くしてやったぞ。それとも国外追放がイヤなら、娼館行き決定だぞ。当然さっきの男が行けるようなところじゃない」
「高級娼婦ってこと?」
「違う違う、その逆。最下層向けの娼館だよ。日に5人とか10人とか相手するとこ」
「ウソ!」
アイネの顔色が真っ青になる。まさか高級娼婦でワンチャンなんて思ってないよな?
「ウソじゃない。そうでないと王子や侯爵令息に買われて終わりになるだろ。こういう中世の世界では、性病は命懸けの病気なんだ。高貴な人になればなるほど性病だと教会に治癒魔法を頼みにくいしな。そんな誰ともわからない男に抱かれた女を買い戻すバカはいない」
「ウワ~ン」
「泣かれてももう何もしないぜ。元々知り合いでもないアンタを助ける義理はなかったんだ。これ以上望まれても困るな。
とにかく頑張って働いて、自分が使い込んだ金をしっかり返すんだな。ローワン共和国は平民の国だから身分で下に見られることはないし、冒険者になることも決まっている」
「あーし、たたかえない!」
「心配するな。アンタがやるのは帳簿付けや棚卸などの事務系だよ。まずはな」
「だったら商業ギルドでいいじゃない!」
「商業ギルドってすごく身元を探るんだよ。両親が罪を犯して処刑されている娘を雇うわけないだろ。人の金を預かるんだ。向こうと違ってそういう区別は推奨されているくらいだよ」
「そ、そんな……」
「こっちの親が処刑されても涙一つこぼさなかったそうだな。フィリシアが自分から何もかも奪っていたくせに情もないのかとお前のことを憎らしく思っているようだぜ」
「だ、だってあーしの親は向こうの親だけだもん」
「うん、俺も家族は元の世界にいる人たちだけだ。でも俺は転移でそのまま来たが、君は少なくともこっちで生まれて15年は一緒にいたんだろ?」
「そうだけどあの人たち、なんか変だったもん。あーしをダシにお義姉さん苛めたりしてさ。可愛がられたのもお義姉さんに見せつけるためつーか」
「何でそう思ったんだ?」
「あーし、前世ではバカだったけど、こっちだと算数できたらまぁまぁイケんじゃん。割と賢いってカテキョに褒められたんだよね。勉強で褒められたの、初めてで嬉しくてさ。
そしたらアイツら小賢しいマネすんなって。女が賢いと生意気になるって、女は着飾ってればバカやってればいいって。
自分が好きでバカやってるんじゃなくて、アイツらに馬鹿にされるためにバカやれって言われたんだよ。ムカついたけどこっちはガキんちょだったし、抵抗するのもムダだなって。お義姉さんはそこんトコロを誤魔化せなくて、ハブられてたんだよ」
「フィリシアにその処世術を教えてあげなかったのか?」
「言ったよ? でもバカにしないでって、ブルブル震えながらドアをバタンと目の前で閉められた。それからはお義姉さんのこと避けるようにした。あーしだって親切にしたせいで、コッチに親の目が来たら割に合わないじゃん」
淑女は音を立てて扉を閉めたりしない。つまり相当な怒りってことだ。拒絶とも言える。アイネはだからあっさりと諦めたんだろう。
そんな感じからあの姉妹間の確執ってことになったのか。
「まぁ俺がとりあえずは宥めといたから、契約通り借金を真面目に返せばいつかはいいこともあるさ。ガンバレ」
「アンタについて行くとかあり?」
「なしだ。大体身体強化できるか? 攻撃魔法は? 大量に荷物が持てるとか役に立てるのか? 俺たちは討伐の旅の途中だぞ。足手まといなんかいらない。
だいたい俺たちに付いて来たら、最初に死ぬのはお前だぞ。敵は一番弱い相手から攻撃してくるんだから」
そんなわけで俺はローワン共和国にアイネを置いてくることに成功した。どちらにせよこれ以上のおせっかいをするつもりは全くなかったしな。
「それでこれからどうするの?」
エリザが聞いてきた。
「まず国に帰って騎士団長の死を伝えて、それからお前が修行した教会に行きたいな」
「なんで教会?」
「聖属性魔法を学びたいんだ。自己流でしか使えないから。魔王を倒すためには絶対いるだろ?」
「つまりまだ勇者パーティーは続けるってことだね」
「俺はまだ魔王を倒していない。契約を果たしていないからな」
目的は魔王ではなく、神の行方だがな。
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