第83話 清焔
ハルピュイアは翼を広げ、俺たちに風切羽を飛ばしてきた。実際の羽ではなく魔法で作られたものだ。数百枚は飛んできていたが、俺は全部焼き払った。
「いいか、防御するのはいいが攻撃はするな! 話し合ってみる」
「ユーダイが会話を止めたんじゃない!」
「違う! まだ話している最中だったんだ。だからある程度攻撃させて落ち着かせてからまた話してみる」
「話し合いの必要があるのか⁈」
「ある! ブランシークは俺たちと話し合えた。このハルピュイアも話が出来る。つまり魂がある存在なんだ。話してわかってもらえるならそうした方がいい」
当然これだけヒトを殺し、喰らっていたのなら討伐対象だ。でもその前にコイツに罪を突きつけなくてはならない。
こちらの世界に来て読み漁った本の中に、罪を悔い改めれば救われることもあると書いてあった。もしそれが本当なら悔い改めて欲しいのだ。人間に騙されたせいで悪魔に魂を取られるなんて悲しすぎる。
ハルピュイアはその後も何度も攻撃を仕掛けてきたが俺たちにことごとく防がれたので、いったんは冷静になったようだ。
「なんなのよ! アンタたちはいったい」
「俺はお前と約束できない。なぜなら俺にはすでに婚約者がいるからだ。そんな相手がいるのに他の女性と約束するのは不誠実だろ?」
「それは……そう」
「だが俺はお前の話が聞きたい。なぜそれほど嘆き、怒っているのかをだ」
「……」
「黙っていてもわからないぞ。俺たちのほとんどは心話は出来ないし、勝手に解釈して誤解もする。ちゃんと言わないと通じないんだ!」
ハルピュイアはぽつりぽつりと話し始めた。成体になったので人間に化けて街に行った事、そこで男と出会い恋に落ちたこと、結婚して君を守りたいと言われ本当の姿を現したこと。
そして化け物と言われ、男が逃げようとしたこと……テンプレ過ぎるくらいテンプレな内容だった。ラノベどころかおとぎ話に出てくるくらいのな。
「どうして人間は裏切るのよ! どうして⁈」
「それは弱いからだ」
「弱くても約束は守れるわ」
「ある程度の約束はな。だが違う種族と恋に落ちるということは、人間社会から出なくてはならないということだ。わかるか?」
「……」
「人間は弱いから群れる。俺ぐらい強くても1人では生きていけない。現に俺は異世界から誘拐されてここにきて、家族も友人も何もない。無理やり魔獣や魔王討伐をさせられている。さっきの婚約も強制だ。相手も俺のことを何とも思っていない。だがその約束を守らないと俺以外の多くが殺される。ほとんど顔を合わせたことのない相手がだ」
「だったら死んでもいいじゃない!」
「いいや、そいつらを見殺しにするってことは人間社会から外されるってことなんだ。それは明日から食べ物も着るものも寝るところも無くなることを意味する。それと良心の呵責かな?」
「あの人にはわたしがいた!」
「それでここで暮らすのか? 君は魔素があればいいのかもしれないが、俺たちはいろんなものを食って、寝て、着なくちゃダメなんだよ。こんな岩場の暗い所ではなく、毎日明るい光を浴びて、体を動かし、おいしい食事をして、働いて、そして体を休める安全な場所も必要だ。それと時々は誰かと話をし、新しいことに触れないと気が狂ってしまう。それを出来るのが弱い人間が集まって出来た人間社会なんだ。
この岩場では、人間は頑張っても10年程度しか生きられないだろう」
「……」
「君の恋人は君を同じ人間だと思ってた。そして違うことを受け入れられず、君と過ごすより人間として生きることを選んだんだよ。だが約束を破ったのは間違いない」
「そうよ! アイツは約束を破ったぁ」
「そして殺した」
「何が悪い!」
「君の生きるところではいいのかもしれないが、俺たち人間の社会ではそれは悪いことだ。そしてその後も人間を殺して食い続けたのか?」
「食った、食ったぁ。だって人間は約束を破るから‼」
「そいつらも君と約束をしたのか?」
「破られる約束なんかするもんか‼」
「じゃあ君は約束をしていない相手を捕まえて殺して食ったんだな」
「そうだぁ。何が悪い!」
「悪いよ。最初の男は百歩譲っても、他の人間はただ腹いせに襲っただけじゃん。
違うか?」
「うるさい! うるさい! うるさーい‼」
ハルピュイアは俺を鋭いかぎ爪で引き裂こうと飛び掛かって来たが、そう来るのがわかっていたので聖剣でその足を切り落とした。
「エリザ!」
「罪深き悪魔の使徒よ。悔い改めよ。『改心』!」
彼女の祈りから聖属性の光がハルピュイアに降り注ぐ。その光に当たると相当痛いようでもだえ苦しみ、羽をこちらに飛ばしてきた。
それをゲオルグが火魔法で焼き払い、その隙に俺は剣を構え直した。
「もう苦しまなくていい。悪いことだってわかったものな」
俺はハルピュイアの首を切り落とした。女は呆気にとられたように目を見開いて、それから痛くなくなったことを悟ったのか、そのまま静かに目を瞑った。
そのままにしておきたかったが体の方はまだ羽を飛ばし続けているので、首ごとまとめて浄化魔法の炎で焼いた。
「『清焔』、安らかに眠れ」
そうして人食い鳥になってしまったハルピュイアは魔石になった。黄緑色に黒が入り混じっていたが思ったより美しい石だった。
「この魔石はこのままだとダメだよな?」
「ええ、『聖なる檻』に入れて、神の裁きを待たなければならないわ」
「『ホーリーケージ』」
すると魔石は更なる半透明な魔石に覆われたように固まり、拾って魔石を入れる袋に入れた。もちろん他の魔石は入っていない。
「これをフィリシアに見せよう。悪魔がいたことの証明になるよな」
「それよりいつの間に『ピュリファイフレイム』なんて魔法が使えるようになったの?」
「? 言っている意味が分からない。俺は勇者なんだろ。だから適当に魔法を作っただけだ」
するとゲオルグが息を飲んだ。
「魔法を思い通りに作れるのか? しかも詠唱すらない……」
「やってみたら出来たぞ。俺はあの哀しいハルピュイアをこれ以上苦しめたくなかった。汚したくもなかった。だから熱くない焔で焼いたんだ」
エリザとゲオルグは目を見合わせていたが、終わったことは仕方がないと肩をすくめるだけだった。
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