第82話 ハルピュイア
とうとうアイネが言っていた傷ついた悪魔が隠れ住む洞窟に近づいた。
それは崖の中腹にある裂け目のような洞窟で、簡単には入れそうにない。
「思ったより上の方にあるな……」
「この崖を登っていくより別ルートで上に上がって、綱で降りていく方がいいんじゃないかしら?」
「飛行魔法は使わないのか? この中で飛べる人、手をあげて」
って俺だけかよ。
「ゲオルグもダメなのか?」
「多少浮くぐらいならできるが、あそこまで飛ぶ自信がない」
それで俺が1人ずつ抱えてつれていくことになった。最初はゲオルグだ。エリザの攻撃魔法は強弱がつけられないから、破壊オンリーだからな。入り口を潰されては敵わない。
「入口すぐに下ろすから中に入らないで待機してくれ。もし危険を感じたら、飛び降りて『飛行』をうまく使ってきてくれ」
落下速度を遅くすることぐらいはできるはずだ。それで所々岩に足を着ければいい。
「ああ、それぐらいなら何とかなるだろう」
彼を洞窟の入り口まで連れて行くと、すぐにエリザの元へ帰った。さっきと同じくおんぶをして飛行する。
「あんな場所だときっと鳥よね?」
「そうとは限らないんじゃない? 蛇のような這うタイプでも行けそうだぞ」
「それならもっとじめじめしていそうじゃなくて? きっと鳥よ」
ひどく確信を持っているので聞くと、どうやら彼女羽毛で鼻や目がかゆくなるという。どうやら羽毛アレルギーのようだ。
「それってもう来てるってこと?」
彼女は頷いた。
「……とにかく口を覆うといい。鼻の穴にワセリン、いや油を塗るとマシって聞いたことあるけど……しないよな?」
「当たり前でしょ! どうやって塗るのよ!」
「耳の近くでデカい声で騒ぐなよ。これから敵地に行くかもしれないんだぞ」
「だいたいアンタの知り合いなんか、わたくしたちに関係ないじゃない」
「まぁそう言うなよ。俺は十中八九、ヤバいのがいると思うぜ」
その横穴は思ったより深く、俺たちは徐々に進んでいった。エリザはすでに鼻がかなり痒いのかイヤそうにしている。
「この深さは、自然に出来た穴じゃなさそうだな……」
「多分掘ったんだろうな。モグラとかそういう類か?」
「だから鳥だって言ってるでしょ! きっと仲間がいるのよ」
「アイネが言うには振られた女の世を儚んだ姿らしいんだけど、2人共なんか鳥と関係ある伝説を知らないか?」
「「知らない」」
アイネは元々オタクというよりイケメンの出てくるゲームをやりたかっただけだから、戦闘パートにはとんと興味がなかった。だから友達がやってるのを見ただけだったそうだ。なんか真っ黒いのと戦ってたって、いくらなんでも情報薄過ぎだろ。
「みんな見ろ、所々に落ちてるの。コレたぶん人骨」
「ウソっ、人肉食ってこと?」
俺たちの世界のフィクションと違って、こっちの魔族は血を吸うものは多少いるが人肉食をするものはほとんどいない。だからそれをしているってことは悪魔化している可能性が高い。
この洞窟は全く屈まなくてもいいので、中にいるヤツもかなり大きいはずだ。でも乙女ゲームの戦闘パートなんて大したことないはずだし……。真実の愛なんかこのメンバーには皆無だけどな。
だいたいアイネの彼氏であるロドニーの実力は国では上位何だろうが、俺やカイルロッドよりはるかに下だ。
でもこの肌に突き刺さる不穏な空気(危険予測スキルが働いているようだ)は何だろう。油断するなってことだよな。
しばらくするとひらけた場所に出たが、腐臭がスゴイ。何がどうなればこんな匂いになるんだ? フィリシアの元婚約者は役に立ちそうになかったが消臭の魔道具でも持っていたのか?
俺自身は状態異常無効なのでこの臭気はあることしかわからないが、ゲオルグは相当辛そうだ。エリザは自分の体全体に結界魔法を掛け続けている。これから戦闘なんだが気持ち的にはわかる。
「ゲオルグも多少魔法を使ってもいいぞ」
「俺の風魔法では周囲に匂いを蹴散らせるだけで、こんなすべてが臭い所じゃ意味がないんだ」
俺は彼にそっと魔力回復ポーションを渡しておいた。
「エリザ、お前の結界にゲオルグを入れてやれよ」
「えっー、魔力消費を最小にするために密着するのイヤなんだけど」
「幼馴染だろ。それくらいしてやれよ」
チッとまた舌打ちしたが、ゲオルグを結界に入れてやったようだ。彼はさっき俺の渡したポーションをエリザに渡している。うん、意図をわかってくれてよかったよ。
肌を刺すような臭気(俺にはうっすらとしかわからないが)が、生新しい血の匂いと重苦しさに変わった。
「シッ、そろそろ来るぞ」
ユラァと黒く大きな影が何かを呟いている。
「あの人はあたしを裏切った。人間なんて嫌い。信じても信じても絶対に裏切る」
そこには黒い羽の、いや返り血が黒ずんで腐臭を放っている巨大な鳥がいた。体長は羽を入れなければ2メートルぐらいか。羽を広げたら5メートルはありそうだな。
エリザが身震いして、結界を強化している。鳥アレルギーなら仕方がない。俺も偽の金属アレルギーになってみて、あんな苦しい物なんて知らなかったからな。
だがそのせいか鳥に俺たちのことを気づかれた。グルンとこちらを振りかえる。
鳥の上半身は人間の女のものだった。ハルピュイアだ。腕は羽だが血でごわついた髪ではっきりと見えなかったが胸や腹の部分は剥きだしのようだ。顔はかなり美しい。少女のようなあどけない男好きする顔は涙に濡れ、目を赤くしていた。だがそれ以上に今足元で踏みつぶした男の血で汚れている。一体何人殺したんだ? 数日程度にこんなになるはずもない。
「アンタたちだぁれ? あの人の仲間?」
「あの人が誰か知らない。仲間でないことは確かだな」
「でも人間だよねぇ?」
「そうだな」
「だったら裏切るよね?」
「いいや、お前と約束しないから裏切らないな」
「その返事どうなのよ……」
エリザがつぶやく。だったら他になんて言うんだよ。
「やくそくもしてくれないなんて……サイテイ!」
どうやら地雷を踏んだらしい。
ハルピュイアからの攻撃が始まった。
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