第7話 わたしの最推し1
わたしとエリーゼ様たちとの出会いは10歳ぐらいだったと思う。
ピアノを習っていた友達の家に遊びに行って、そこで彼女とその兄の作曲家でヴァイオリニストのアルブレヒト=ルエーガーのCDジャケットを見たのだ。彼らが子どもの頃の古いものだ。
それは感動の一言だった。2人はとてもよく似ていたので兄妹なのがわかった。プラチナブロンドに紫色の瞳の10歳ぐらいの兄と華やかなブロンドに緑色の瞳が愛くるしい5歳ぐらいの妹。2人の笑顔からは幸せがはじけるように輝いていて、わたしの心をギュッと掴んだのだ。
「この子たちすごくキレイ‼ かわいい‼」
「でしょでしょ。世界一美しい天才音楽家兄妹って言われてるのよ。私も大好き!
本当はね、もっとずっと年上なんだけど、このCDにちょうど今習っている曲が入っているから何回も聞いてるんだ。それがすっごく難しいのに当時5歳だったエリーゼ=ルエーガーが見事に弾きこなしてるんだよね。才能の違いを思い知らされちゃう」
古いCDだったので、配信されてなかったようだ。だがそのおかげで最推しと巡り合ったのである。
わたしは昔から絵を描くことが好きで、美しいと思ったものを手あたり次第絵にしていた。それでもこのルエーガー兄妹ほど美しい人間はいなかった。実際彼らはわたしよりも30歳も年上だったが、それでもその美しさは群を抜いていてわたしの心を離さなかった。簡単に言えば沼堕ちしてしまったのだ。
それからのわたしの行動は最推しの2人のためにあった。最初は兄のアル様のことを調べ始めて、すぐわかったのが彼の最愛の妹がエリーゼ様なのだ。もう愛さずにはいられない。
彼らの載っている本・雑誌、映像、記事などを集め、彼らの演奏する音楽を聴き、コンサートがあれば海外でも飛んで行った。これは大人になってからだけどね。
その中にエリーゼ様が子どもたちからクリスマスカードを貰ったと喜んでいる話があり、わたしも送りたいと思った。そのためには画力がいる。そこからはそれまで以上に絵に力を入れるようになった。
とはいえ最推しである2人は海外にいて、ほとんど日本での活動はない。それで元々好きだったアニメのファンアートと薄い本中心に製作していた。そのうち出版社からラノベのイラストを描かないかと声がかかり、その絵に人気が出てコミカライズを任されてプロのイラストレーター兼漫画家として生計を立てるようになったのだ。
◇
彼らと出会ってから30年以上経ち、わたしも結婚して娘と息子を産んだ。そんな時に長年応援してくれたファンの1人として引退コンサートの招待状が届いたのだ。
どうやら長年ファンレターを送っていた人から抽選で当たったらしい。もちろん行くと返事した。発売されたコンサートのチケットはこれが最終というのも相まってプレミア価格となっていた。1枚数百万単位で売られていると聞いて、自分の運の良さを喜んでいた。だってわたしもそれに参戦しなくちゃいけないところだったのだから。
当日の支度は娘が手伝ってくれた。わたしは絵を描くこと以外は本当にダメ人間で、ヘアメイクをきちんとすることが出来なかったのだ。
「絵が描けるんだったらメイクぐらいできるはずなのにね。別に元が悪い訳じゃないんだからもっと普段からちゃんとしてよ」
「それが出来たら、和くんと結婚してません」
わたしの夫の和くんは幼馴染で、昔からわたしの世話役をしてくれていた。どうやら目の前で困っているわたしを見捨てられなかったらしい。大学で2人して上京した時は少し疎遠になったけど、締め切りに追われて栄養ドリンクだけで生きていたら途中で死にかけた。そんなときも助けに来てくれるのは和くんだった。
彼には何度か彼女が出来ていたのだが、わたしを助けるためにデートをすっぽかしてしまい別れてしまったのだという。あまりの申し訳なさに「一生面倒を見るので、結婚してください」とお願いしたら、「一生面倒を見てくださいの間違いだろ」と笑って受けてくれた。とても優しい人なのだ。
結婚生活も私は仕事、彼は育児と主夫業、合間にわたしのマネージメントと経理、ついでに家計と投資と忙しくしていた。子どもたちが無事に育ったのはひとえに和くんのおかげだ。
「よくさぁ、ラノベで病弱な幼馴染が主人公の婚約者を引き留める話があるけど、お母さんは地でやってるよね」
「そんなつもりホントになかったんだけどなぁ。絵を描いてると時間を忘れるから、ついでにご飯と寝ることも忘れるんだよね」
それに少なくともわたしの不調は嘘ではないし、彼のデートにわざとぶつけたこともない。
「それで何度も死にそうになるなんてバカなんじゃない?」
「体が悲鳴をあげて初めてヤバいって気づくんだよね。えへへ……」
そしてそんな時に助けを呼べるのが和くんしか思いつかなかったのだ。一緒に本を作っている仲間はいろいろ忙しいし、親は四国にいて間に合わないからね。和くんもデートで忙しかっただろうけど。
「まぁお父さんも、お母さんが好きだから世話してたんだろうけど。とにかく推しの前で恥かかないくらいにはしてあげる」
「あんがと。持つべきものはおしゃれでかわいい娘だよ。愛してるよ~」
「それにしてもお母さんの最推し様たちはすごいね。プレミア価格最高400万なんでしょ?」
「そうよ。アル様はね、わずか4歳で生まれたばかりの妹の世話をして、交響詩を書くような天才なの。エリーゼ様はそんなアル様に育てられて、天使のような女性になったのよ」
「天使のような女性ねぇ。偽善なんじゃないの?」
「あんな素晴らしいピアノを弾くエリーゼ様に限ってそれはない。だって偽善でテロリストから子どもたちを救うピアニストがどこにいるのよ!」
それはエリーゼ様の武勇伝の一つだ。彼女が北アフリカで公演があった時に、子どもを攫って奴隷することを資金源にしているテロリストの情報を得た。その時自分の危険を顧みず、移動の車にその子たちを乗せて逃げたのだ。偽善で命懸けの行動なんてできるはずがない。そんな風に彼女はいろんなところで子どもたちを救い、教育や更生の機会を与えるべく私財を投じた。これが天使でなくて何だというのだ!
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