第72話 魔族の影
俺たち3人はエリザを先頭にして、唾を吐きかけられた猫獣人の女性に頭を下げて、許可を得た後クリーンの魔法を掛けた。
実はこの女性、かなりの美女なのだ。ちょっと女豹感があるセクシータイプである。どうも今回はヤツが言い寄って振られての所業だったようだ。
「この度は申し訳ございませんでした」
「いいわよ。アンタたちのせいじゃないでしょ。
大体俺が抱いてやるんだから後で部屋に来いなんて言われて、はいそうですかと言うことを聞く女がどこにいると思ってるの? 馬鹿な男だったわ」
「誠に申し訳ございません」
「殿下ってことはアンタ、どっかのお姫様ってことでしょ? よく頭を下げられるわね」
「今は聖女として戦いに身を置く者です。立場が変わるとこれまでどれだけ周囲に守られていたのかが身に沁みました。守られるものがないからこそ、周囲の方と良い関係を保つことが重要なのに、アレはそれを気づこうともしませんでした。すでに追放しましたが、わたくしに責任があったことは間違いございません」
エリザのように冷遇された王女であっても城内に住んで食べるものが用意され、テレジアと差があってもいつもドレスを身に付けられる生活が普通のものではないと悟ったようだ。今回の旅で一番大人になったのはエリザかもしれない。
相手の女は寛大にも自分たちのパーティーに酒を1杯おごることで許してくれた。どれだけ金をせびられるだろうと戦々恐々としていたが優しい人で良かった。やはり誠心誠意謝ることは重要だな。
その後予約した部屋はキャンセルせず、ヤツが使う予定だった1人部屋にエリザが移動した。彼女は結界魔法の遣い手なので、侵入者におびえる必要がない。これで嫌な奴がいなくなってせいせいしたが、ゲオルグの言う通り団長は先に帰ったのがうすら寒いような気がした。実はアイツの計画通りだったのかもしれない。
翌朝目覚めると、例の猫獣人がいたパーティーはもうすでに出発していた。
「もう一度ご挨拶しておきたかったのに……」
「急ぎの案件があったのかもしれませんよ。とにかく我々も朝食を済ませてしまいましょう」
エリザとゲオルグのこんな呑気な会話で始まって俺たちが宿を出ようとしたら、町の若い兵士に声を掛けられた。
「あのぅ、そちらに四十過ぎの男性が仲間にいたと聞いたんですが……」
「いましたが昨日の時点で別れることになりました。それがなにか?」
「その、町はずれに空き家がありましてね。ここらでは見かけない男の死体が出たんです。だからちょっと確認して欲しいんですが」
う、ウソだろ、アイツ殺されたのか? 腐っても騎士団長だぞ?
すると宿の小間使いの女の子がボソッと呟いた。
「昨日の女の人、獣人じゃなかったです」
「えっ?」
「あたし、母ちゃんが獣人だから鼻が利くんです。あの人獣の匂いがしなかった。たぶん化けてたんだと思います」
耳と尻尾を着ければそれらしく見えるので、たまにそういうヒトもいるという。それにしたって剣はなかったけどサブの短剣は所持していたし、棍棒も渡していた。この町にいるような少々の雑魚なら簡単に蹴散らせるはずだ。
俺たちは兵士に連れられて確認に行くと、やはり死んでいたのは騎士団長だった。すでに身ぐるみ剥がされている。これはこっちの小悪党の仕業かもしれないけどな。
兵士が他国の貴族の死に顔をしかめていたが、エリザが母国にはこちらで報告するので国同士の問題にしないと明言したので、酔っぱらいのケンカとして処理された。貴族ではなければ、いつもそう処理しているからだ。
宿に戻って残っていた女性陣に報告すると、ベリンダが口に出した。
「わたくし、確実とは言えませんが……主様のところであの女性お見かけしたことがございます。その時は獣人ではなかったように存じます」
「つまりブランシークの配下ってことか?」
「いえご友人……ではないかと。主様は美しい方なら男性でも女性でも気になさいませんので」
つまり愛人ってことか。でも騎士団長はわざわざ仕留めるほどの相手か?
「主様は魔族の中でも温厚でいらっしゃいますし、興味を失くせばお忘れになりますが、周囲の方は違います。主様への無礼をお忘れにならなかったのではないでしょうか……」
それって温厚って言うのかね。ああ、お気に入りには温厚ってやつか。
「なるほど……。その事は兵士に言わないでくれ。あちらに面倒を掛けたくない」
「はい、わたくしもそう願います」
ビアンカの意志であろうとなかろうと、魔族に騎士団長が殺されたとなればそれは大事になる。クソっ、こんなところで魔族の影を感じるなんてな。すっかり国に帰るつもりの他の2人と相談して決めないとダメだな。
予定時間を過ぎていたが先方に行く日を連絡していることもあり、そのまま出立することになった。
みんな無言だ。やはり昨日まで一緒にいた人間が殺されたとあっては落ち着くこともできない。だがさすがに重苦しすぎる。
それで少しでも前向きになるように、話しかけることにした。
「ベリンダ嬢、これから会う方との面識はあるのか?」
「いえ全く。予定よりも早くにこちらに参りましたから」
「でも初めての仕事にしては冒険者ギルドの職員と言うのはかなりの重労働ではないか?」
「そうですね……解体はさすがにしたことはありませんが、王族の婚約者として害獣を倒すことはしていました。ユーダイ様ほどではありませんが、わたくしもそれなりに魔法は使える方ですから。事務処理は10歳から携わっておりますので、やり方は違うでしょうが習えばできると存じます」
「そうか、ならあとは話し方を変えることと、荒くれ男どものあしらいぐらいだな」
「話し方……ですか?」
「たぶんもう少し砕けた方が親しみやすいかなって思う。それと荒くれ男に絡まれたらどうする?」
「身の危険を感じれば攻撃いたしますわ」
「うん、ギルドの外でそういう目に遭ったらそうしてくれ。でもギルド職員としては、言葉や態度で軽くかわした方がいい。
例えば君は自分の開いた夜会に酔っぱらいの客が出て、近寄って話しかけてきても攻撃したりはしないだろう?」
「そうですね、係の者を呼んで別室に休ませるか、ひどい場合には護衛を呼びますわ」
「ただギルド職員には係の者も、護衛もいない。つまり自分自身が係の者であり、護衛なんだ。」
「わかりました。平民になるということは何もかも1人でやるということですのね」
「ギルドにとって依頼人だけが客じゃない。冒険者もまた客なのさ。だって依頼人は金を払ってくれるが、その依頼が達成できなければもらえないんだから。冒険者あってのギルドで、依頼人と冒険者の双方を取りまとめるのがギルド職員なんだ。
これまで頭を下げることなどほとんどなかっただろうから辛いと思うけどね」
「自分の立場が変わったことは身に染みております。物乞いや娼館に行くことを思えば何ほどでもありません。勇者様がおっしゃったこと、肝に銘じますわ」
定番の修道院へ行くのはまだ親の駒のままなので嫌なのだそうだ。相手さえいればすぐに還俗させられてしまう。だから家を飛び出してビアンカに救われたのだ。
それにしてもさすがにベリンダ嬢は聡明だ。本来なら王族となって国を治める立場だったのに切り替えも早い。実際に出来るかは別にしてもだ。
俺は苦労が多いだろうけど、彼女に幸せになって欲しいと心からそう思った。
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