第70話 偽の婚約
騎士団長には俺の服を貸すことになって、一度国に帰ることになった。ゲオルグは元々研究系の細身体型なので、マッチョ中年の体に合う服がなかったのだ。それにしても見ぐるみ全部剥ぐってなかなかの嫌がらせだな。
おっさんはブランシークに抗議するって自ら行こうとしたけど、エリザベートが返り討ちに遭うだけで次は殺されると冷静にいうものだから諦めていた。俺としては全然行ってもらって平気だったけど。
それで俺とエリザで女性たちを迎えに行くことにした。彼女たちの無事がわかれば、ブランシークの『誘拐して捕食している』という汚名は漱がれるのだ。
彼女の屋敷に向かうと、出てきたのは公爵令嬢のベリンダと伯爵令嬢のフィリシアだけだった。
「今日は二人だけなのか?」
「主様はわたくしたちを本気で眷属にする気がないから少しお怒りなのです。でも馬車を用意してくださいました。お話があるなら伺うとの事ですわ」
「わかった。2人のことを預かると返事してくるから、エリザは一緒に先に行っててくれないか?」
「1人で大丈夫なの?」
「彼女たちを使って、俺をおびき出そうって魂胆ってことか?
たぶんないな。今の俺では全然勝てそうにない。だからと言って聖女であり王女であるお前を失う方が問題だろ。一応団長の剣を返してもらえないか聞いてみたいしな」
ホントおっさんのしつこさは辟易するぜ。
「ああ……、アレは惨めだったものね」
そうだな、見たくもないおっさんの全裸が未だに目に浮かぶぜ。ううっゾッとする。
俺が奥の部屋に進むと、彼女は白い髪を結わずに垂らしていた。緩いウェーブが腰まで覆い、ドレス姿とは違った華やかさがあった。大きめの白いシャツの襟元を緩め、豊かな曲線を隠そうともしていない。細身の黒いパンツ、腰に同じ黒いサッシュベルトを巻いていた。貴族の男性のラフスタイルを女性が着るとこうなるのか。オスカル様ってこんな感じだったのかもしれない。もちろん非常に魅力的だ。
「いらっしゃい、勇者様。あの子たちの事、頼むワネ」
「ああ、任せてくれ」
「一応、どんなふうにするのカシラ?」
「まずベリンダ嬢をローワン共和国へ連れて行って、紹介状の相手の所に落ち着けさせてから本人の手紙を書いてもらう。次はフィリシア嬢を生家の伯爵家に送り届けるよ」
「そう、悪いワネ。でアナタの本題は? そんな話しにきたわけじゃないデショ?」
「もし俺が魔族に寝返ったら、元に世界に戻してもらえるか?」
「……難しいワ。この世界から出すのならできるけれど、どこから連れてきたのかがわからない以上、正確に元に戻せるかわからない。アタシたちだって、何でもできるわけではないワ」
一人称がワタクシからアタシになっている。こちらが素なのだろう。かなり砕けた様子だ。
「では時間遡行はどうだ? 魔道具でもいい」
「過去に戻りたいってこと? 無理ネ、それは神か悪魔の領域ダワ。そんな魔道具はアタシの長い生の中でも見たことも聞いたこともない。魔法契約で縛ってくれてもいいワヨ」
「神か悪魔か……。契約はいらない、俺には真贋判定があるから」
「アラ、勇者だけのチートってヤツ? それじゃあもう1つ、実はネ今この世界の神は行方不明ナノ」
「っ、そんなことあっていいのか?」
俺は思わず息が詰まってしまった。魔王がいるんだから神ぐらいいそうだろって思っていたからな。でも行方不明はマズいだろ
「もちろんダメに決まっているワ。だからといって悪魔に魂を売られても困るけど」
「俺の世界でも破滅しかない。悪魔に魂を売るなんてバカのすることだ」
まれに童話で悪魔に勝つ話があるけど、立身出世や借金の返済の代償に正確な名前を呼べばいいって簡単なものだからな。俺の願いではそんな簡単な課題になるはずがない。
「正解ダワ。アナタを召喚した国よりもっと悪辣ヨ。悪魔に魂を売るぐらいなら、まずはアタシに連絡して欲しいワ」
「わかった、その時は頼むかもな。俺はユーダイだ」
そう右手を出すと、彼女も右手を出してきた。
「握手ネ。ありがとう。アタシには名前がないから名乗れないけど、好きに呼んでくれていいワ」
「じゃあビアンカで」
すると彼女はフフっと小さく笑った。
そのまま辞去しようと思ったが、聞くのを忘れていたことがあった。
「なぁ騎士団長の剣って、どっかにあるか?」
「アノ無礼者の? あるけどこれでもいる?」
彼女がどこからともなく出した剣は、もはや剣とは呼べないほどねじれ曲がっていた。ストレージか何かを持っているのか、どこからか転移させたかわからないが侮れない。
「うわぁ、これを見せた方が発狂しそうだな。まぁ貰っとくわ。素材ぐらいにはなるだろ」
俺がみんなの所へ戻ると、どうして時間がかかっていたのだと団長に嫌味を言われた。
「アンタの剣を返してもらうのに時間がかかったのさ。ほらっ、コイツだ」
そうしてヤツの前に剣だった鉄くずを放り投げると、膝をついて愕然としていた。
「我が侯爵家の家宝が……」
お前が招待を蹴って斬りかかるからだろ。普通に考えろ。別の国の公爵クラスに出合い頭に斬りかかったんだぞ。殺されなかったことを喜ぶべきだ。
馬車の席は揉めた訳ではなかったが、エリザが騎士団長の前や斜めに座るのを嫌がった。
「あんな汚いものを見せられて……不愉快だったわ」
おっさんの割には騎士団長なことだけあって鍛え上げられた体だったけど、生娘の王女様には少々刺激的だったか。
それで俺、ゲオルグ、団長。団長は俺を嫌っているのでこの順しかない。俺の前にエリザ、ベリンダ、フィリシアになった。日本の車のマナーとは違い、馬車は真ん中がいい席なのだ。
「今後の話をしてもいいですか?」
意外なことにゲオルグが進めるようだ。何を言うんだ?
「ベリンダ嬢のローワン共和国入りについては、紹介状もありますし問題ないでしょう。ですがフィリシア嬢の家督問題は別です。あなたお一人が帰るだけではダメではないですか?」
「そうですね。1人ではただ監禁されて、権利を譲渡する書類を書かされるだけです」
「私もそうなると思います。それで提案なのですか、私をあなたの婚約者にしていただけませんか?」
「あなたを……ですか?」
彼女はこんなプロポースをされるとは思っていなかったのだろう。頬を赤らめるというより困惑しか感じられなかった。
「そうです。勇者ユーダイはこちらにおわすエリザベート王女殿下の婚約者ですし、騎士団長のワレンボーム侯爵も妻帯者です。私は婚約者に死別され今はおりませんし、階級も同じ伯爵家です。嫡男でしたが今回の討伐で弟に家督の権利が移りましたので身軽です」
「そうなのですか……」
「私はあなたのことを愛していません。愛する予定もありません。それどころか結婚する気もありません」
「えっ?」
「アナタが家督を相続するまでの仮の婚約者になろうと言う話です。魔法契約を結んでも構いません」
「でもあなたに利点はありませんよね?」
「全くない訳ではありません。婚約していれば私も結婚を他から勧められません。
意外と勇者パーティーメンバーというのは誘惑が多く、妻になりたがる者も少なくありません。それが煩わしいのです。逆を言えばそれだけの価値があるとも言えます。私は国では一番の魔法士ですし、あなたの家督を継ぐ追い風になると思います」
優秀な魔法士はどこの国でも喉から手が出るほど欲しい人材だ。しかも勇者パーティーに入るほどなのだ。
「なるほど……」
「勇者パーティーですからいつも側にはいられませんが、無理に仲良くする必要もない。それは本当に結婚する方を見繕う時間があるということです。急いては事を仕損じると言います。あなたもじっくりお相手を探した方がいいのでは?」
「それはそうですね」
「戻れば幼馴染がいるとか、好きな方がいるとかお相手がいるなら問題ありません。私の申し出はお忘れください」
ゲオルグは立ち直りかけていた。でも婚約者に似た女の子の死の原因を作ってしまった事がさらなる傷になってしまったんだろう。あれは父が書き直した小説のせいかもしれないと俺の心が少し痛んだ。
そしてローワン共和国に着く前に、2人は偽の婚約をすることになった。
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