第65話 人は変わる
聖女エリザベートと協力関係を結んだことはいろんなことがかなり楽になった。
最初にしたのが、出立当日に国民の見ている前での、結婚するまで彼女の貞操を守るという誓いだった。これは聖属性魔法が祈りから発露されるものであり、性的な行為が彼女の健康と心を損ねる可能性を考えてである。だから同行する騎士団長やゲオルグにもサインさせたのだ。サインしなければ暴行しようとしたと見せかけて始末するかとも思っていたが。
これによってエリザベートを同行者の、正確には騎士団長の毒牙から守れるというものだ。
あの男はかなり若い女が好きでテレジアだけでなく、城のメイドや侍女にも手を出していた。こんな下種な男なのになぜモテるのか謎でしかない。とにかく相手がいなければ聖女だろうと手を出しかねないと思ったのだ。結婚している聖女も中にはいるみたいだから処女であることが必須条件ではないからな。
この事はエリザベート本人から聞いた。
「聖女の能力に目覚めたので持ち回りの魔王討伐が我が国でなかったら、わたくしはバルティス王国か、サクリード皇国にお嫁に行くところだったの。その2つは神の力が強くて、聖女信仰があるのよね。聖女ならば王族またはそれに準ずる高位貴族の元へ嫁げるから、陛下はそのどちらかにやりたかったの。わたくしを一番高値で買ってくれるところだから」
この時初めてそういう国があるんだと知った。まさかこの後国民にしてもらうとは思ってなかったけど。
次によかったのが『隷属の腕輪』を着けなくてよくなったことだ。
短時間でもやっぱり負担だったみたいで、付けなくなったら相当体が楽になったんだ。もちろんつけてないのがバレると困るから、毎朝エリザ(エリーとは呼びたくなかったのでこうなった)の部屋またはテントへ行き、腕だけ差し込んでつけてもらう振りをしていた。
彼女にもメリットのあることだから大体は嫌な顔せずやってくれたし、共通の秘密を抱えることでちょっとだけ仲良くなったのもある。ちなみに彼女は本命にだけデレデレするタイプのツンデレだとわかったので、口が悪くても流せるようになった。
それにしてもあのクソ団長は魔獣討伐にはそこそこしか役に立たなかった。雑魚なら任せられたけどさ。でもアイツの真価は対人間だったんだよな。
まず行く先々で勇者ってだけで歓迎されるわけ。でもごちそうぐらいならまだしも、ウチの娘にお情けを的な接待がある訳。俺は元の世界に戻るつもりだったから、こっちで心残りになりそうなことはしたくなかったんだよ。それに1回や2回なら思い出でとか、旅の恥はかき捨てとかでいいかもしれないけど毎回いるんだぜ?
やってらんねーって思うけど、そういうのを団長がおいしくいただいてくれるから助かったと言えば助かった。でも宿屋に泊りたがるし、飲み食いは人一倍多いし、金がかかるからやっぱいらなかったな。
ゲオルグは俺と同じで、婚約者を失くしてまだ半年もたっていなかったから、とてもじゃないけどそういう貢物は嫌がっていた。いや正しくは恋人を失った悲しみを癒させようと、娼館に連れてったバカがいたんだよな。最初のところは彼の気持ちを汲んでくれて、ただ寝かせてくれたらしいんだけど、2回目は裸の女にベタベタされたらしくて、すっかり嫌になってしまったそうな。ひと肌に触れるというのはある種のセラピー効果はあると思うけど、それでも本人に受け入れる余裕がないとやっぱ辛いんだよ。
彼は戦闘魔法をあまり得意じゃなかったけど、魔法陣と魔道具はそこそこ使えるから設置型の罠とか作ってもらって、俺とエリザで誘導して倒したりもしたな。
あと素晴らしいのは交渉術だ。他国だとさ、貴族だからが通用しないところもあって、そんなとき語学に堪能で説得が上手い彼にお世話になっていたよ。俺は主に食材を買い込む時に頼んでいたな。
エリザは基本治癒と結界中心なんだけど、負けん気の強い女だから結局攻撃魔法もものにしていた。騎士団長よりはよっぽど役に立つ。
だけど後追いはしない主義らしく、逃げる魔獣は放っておくのだ。俺は一応『隷属の腕輪』をつけていることになっているから、アイツに追わなくてもいいと言われると追えないんだよ。俺の契約は魔獣の被害を失くすことなのに。
それで彼女に文句を言うと、鼻で笑われた。
「あなた、まだ気づいていないの?」
「何がだ? 契約の抜け道か?」
「違うわ。魔獣には2種類いるってことよ」
「それなら気付いている。従魔になれるほどの頭のいい奴と、言葉を話していても全く話が通じないヤツがいるな」
「その通りだけど正しくないわ。魂がある魔獣と魂のない魔獣よ。わたくしは魂のある魔獣が逃げるのなら放っておくことにしているの。魂のないものはバカみたいに襲ってくるだけなんですもの」
魂の有無……、そんなの考えたこともなかった。
「魂があるということは、神から与えられた命ということよ。わたくしは聖女で敵対したのならばともかく、ただ偶然出くわしただけなら殺さなくてもいいと思うわ」
「だがもし人に害をなすのなら、契約として倒さなければならない」
「害をなしてからでいいじゃない。知性の高いものほど人間を食べないわ。それに陛下もお姉さまもあなたを元の世界に戻す気なんてないから。無駄な努力よ」
そんなのわかってる。でも俺は帰る。正しくはあの日の1日でも1時間でもいいから時間遡行するつもりなんだ。
「魔法契約を解約する方法はなくもないわ」
「全員の同意か、契約者の死亡だろ」
「ええ、陛下とお姉さまが死ねばあなたは自由。こっちの方が簡単よ」
「おいっ!……そんな物騒なこと気軽に言うな」
「大丈夫よ。団長とゲオルグは接待だし。この周辺は今誰もいないわ」
魔王討伐に出て1年がたち、ゲオルグもそれなりに接待の席に出るようになった。夜の接待を受けているかは知らないけど。
「はぁお前、変わったな」
「そうかしら? 王宮では私の母を娼婦呼ばわりしていたけど、お姉さまや王妃の方がよっぽど娼婦じゃない? わたくしの母は少なくとも陛下以外に体を許していなかったわ。いえそうできなくされていたというのが正しいけど」
エリザの母は身分が低かったから、彼女を産んだ後も2年ほどほぼ監禁状態だったそうだ。もううっすらとしか記憶がないそうだが、乳母をつけられなかった代わりにずっと側に居て世話をしてくれていたのを覚えているという。つまり男漁りなどできなかったわけだ。
それに比べて王妃は国王の2番目の妃で、最初の女性は子を身ごもっても流産してしまう体質でなかなか身ごもらなかったそうだ。それで高位貴族の妻だった彼女が選ばれた。その元夫が宰相なのだ。
「わたくしは王妃が宰相と恋人なのは仕方がないと思っていたの。でもお姉さまとも関係を持っているなんて本当にゾッとするわ」
ああ、あの『50ぐらいだから寒気がする』は、年齢ではなくて50にもなって母と娘どちらとも関係を持つ男への嫌悪だったのか。確かに妊娠期で自分の娘ではないとわかっていても気味が悪いな。
「あの国はもうダメよ。お姉さまは自分が王になれると思っているけれど、きっと宰相に乗っ取られてしまうわ。わたくしはカイルと結婚して、他国に亡命したいの。それには聖女の肩書はいい土産になるでしょう?」
「……」
その気持ちはわかるが、そんなに簡単に行くのか?
「だからね、ユーダイ。魔王だけ討伐してさっさと戻りましょう。人気取りの魔獣退治は魂のない者だけでいいわ。アイツらはさほど強くないし。でも魂のある者は死ぬもの狂いで戦うの。こちらも無傷ではいられないわ。それより国に帰って陛下とお姉さまを殺して欲しい。それであなたは自由になれるわ」
「……だが帰るには魔王の首は取らないとダメだぞ」
「そうね、あちらとなんとか話を着けられないかしら? 偽装で殺したように見せかけるとか、いい方法がないかしら?」
「ゲオルグには相談するな。アイツは王に反抗心を持ってはいるが、生粋の貴族だからな」
「いい案を出してくれそうだけど。そうね、わかったわ」
人は状況によって変わる。エリザベートは自分の恋を叶えるために、親や姉を殺してもいいという女に変わってしまったのだ。それはこの旅が1年ほど続いても、未だに帰れる見込みがないせいだ。俺はその変貌を止めることは出来なかった。
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