第59話 夢の中の男性
なんとか『隷属の腕輪』を外して、眠りにつくと夢を見た。
カタカタとキーボードを打つ音、痩せた男性がキーボードを打っている。この人、父ぐらいの年齢なのかな? 父が若い頃はまだ生体コンピュータの普及が進んでいなくて、長文を打つときはいまだにキーボードを使用するんだ。
意外なことに俺たち世代でもレトロだとかエモいとか言って、実物のキーボードを愛用するヒトは一定数いる。だから生産は少ないとは言え、生産はまだ終了していないのだ。
なんでこんな夢を?
俺がその人の背中を見ていると、なぜか俺の目の前に文章が現れた。俺の生体コンピュータに繋がってしまったんだろうか?
内容は、なんと俺の召喚されたときの状況だった。
「やったぞ! 成功だ!」
「これで我が国は救われる!」
「神は我らを見捨ててはいなかった!」
そう口々に叫ぶ声と共に魔法陣の周りに倒れるローブ姿の男女、ざっと見ただけで100人は下らない。しかもそのほとんどは死んでいるのだ。
こいつら、何を喜んでいるんだよ。こんなに大量の人を殺して俺を呼んだのか?
すると一人の着飾った女が俺の前にやって来て跪いた。
「お待ちしておりました、勇者さま。どうかわたくしどもをお助け下さいませ」
「君は?」
「わたくしはテレジアと申します。この国の王女です」
マジか、テンプレ過ぎる……。でも困っているにしては服装豪華すぎやしないか?
しかもこの女……にこやかにしているが目に嘲りが見え隠れする。こういう目は欧米にいったときにちょいちょい見かける。いわゆる白人至上主義者ってやつだ。カーライル社の後継者が日本人の俺なのが許せないけど、将来金と情報を握る相手だから表面上は穏やかそうに見せようとするが心の内が目に現れるのだ。
「申し訳ありませんが疲れすぎていて、何も考えられません。少し休ませていただけませんか?」
「構いませんわ。でもその前にこの腕輪をつけていただけませんこと? これは勇者様とこの世界を結びつけるために必要なアイテムで疲れも緩和されましてよ」
俺が戸惑っていると王女テレジアはさらに言いつのって来た。
「わたくしたちの友好の印ですわ。是非受け取ってくださいませ」
友好の印にしては少々武骨すぎるけど、そこまで言われては仕方がない。
「わかりました」
「では二の腕を。わたくしがつけさせていただきますわ」
付けたとたん女の態度は変わった。
「汚らわしい奴隷め! 跪け!」
すると俺の体は、俺の意に反して跪いた。それを見て女は高笑いをした。
「伝承通り、異世界人は本当にバカなのね。自ら奴隷になるなんて!
これは『隷属の腕輪』で嵌めたわたくしの意のままになるものなのよ」
何だと?
「姫様、こちらで手をお清めくださいませ」
侍女が豪奢な水盤を差し出したので、王女は手を洗う。
「この者を牢屋へ。最下層の一番汚いところでいいわ。どうせ使い捨ての奴隷なんだから。ああでもせいぜい100人の魔法士の分、働いてもらわないとね」
すると周りで見ていたヤツラが全員笑い出した。
確かにこの腕輪は隷属させるものなのかもしれない。だが俺は状態異常無効のはず。
ああそうか、俺が受け入れたから効いたのか。ではこれからはこれが異常なのだとスキルにわからせればいい。
こいつらは全員殺す。俺が元の世界に戻るまでにな。
どうやらこの小説の俺は、萌からラノベの情報を聞いていないらしい。そんな警戒心が薄くてどうするんだよ!
男性はそんな文章を一生懸命消しては書き、また内容が元に戻ってもまた消しては書きした。まるでホラーじゃん。そしてやっとアレルギーを捏造して腕輪を着けたり外したりしてもらえるようにしたら、ようやく文章が落ち着いた。
「よかった。これでユウがちょっとは救われる」
その声を聴いてわかった。この人、父さんだ……。
嘘だろ? 父さんは熊みたいな大男だぞ。なんでなんでこんなに痩せてるんだよ! ガリガリじゃねーか‼
そして自分が転移した時のことを思い出した。あの時地震のような揺れと共にがれきが落ちてきて、俺と萌と夏ちゃんが転移して、母さんは頭から血を流していた。ジジイの言う通りならおばあさまも死んで、そうなれば当然伯父さまも生きているとは思えない。
つまり父さんはたった一人、取り残されているんだ。ジジイが生きていても俺たちと血縁は全くないからな。
大恋愛の末結婚した母さんと俺たちを失って、父さんが幸福に暮らしているとは思えない。その結果があの激やせなのか?
父の夢はそれからも続いた。
やはり俺たちは、いやあの時の縦浜のコンサートホールにいた全員どころか、その周辺にいた人たちもひどい爆発に巻き込まれて死んでいた。理由は自衛隊のヘリがコンサートホールに突っ込んだかららしい。だがヘリが突っ込んだにしては爆発被害が大きすぎた。そしてそれがなぜか父の仕業と疑われたのだ。
なんでも父が学生の時に知り合いだった男がテロリスト組織と関係があって、それに傾倒していたとか、母の持つ莫大な遺産目当てとかそんな話。
アホか‼ 金目当てだったら、そんなコンサートホールごと爆破するなんて大事にするわけないだろーが! だいたい自衛隊のヘリをどうやって、ホールに突っ込ませるんだよ!
でもあまりに荒唐無稽な方が本当らしく聞こえるみたいで、父は相当なバッシングに遭ったようだ。仕事を失い、友達や家族からも見捨てられ、酒におぼれて、生きる気力を失い、自殺未遂までした。
その後、親友の耕作さんの助けを借りて、俺と萌を主人公にしたラノベを書こうとしている。小説の中で俺たちを幸せにしようとしているんだ。
テロリストや遺産目当ての殺人と言うのは、当然のことながら容疑は晴れた。誰かが追突したヘリコプターに極秘裏に積み込んだミサイルが載っていたことをリークしたのだ。
やったのはジジイだ。
あの時1人だけ生き残ったら絶対に怪しまれると姿を消したんだろう。
カーライル社をそれまで外部で冒険家をしていたリオおじさんが引き継いでも、あまり混乱がなかったのも裏にジジイがいるからだ。情報操作はジジイの得意分野だしな。
だが容疑が晴れても一度大々的に疑われると世間の目は冷たい。もしかしたらという思いと、父に入って来た莫大な遺産と賠償金に対する妬み……。それがどれだけ辛いことなのか想像を絶するものだ。
やはり帰らなくては、絶対に帰らなくてはならない。なんで俺の大事な家族がこんな苦しい目に遭わなきゃいけないんだよ。でもこのまま帰るだけじゃダメだ。
確かラノベでは『死に戻り』というジャンルもあったと思う。死によって時間遡行が出来るのだ。ただ今のままじゃ、多分死んでも元に戻れるとは思えない。
萌が教えてくれたのは主人公が特別な魔道具やスキルを持っていたり、処刑などで死ぬ間際にすべての魔力と人生への後悔と未練を使ったりして過去に戻るって言っていた。
つまり今の俺では魔力不足、あるいは魔道具が必要になる。そのうち魔力は何とか増やしてやる。まだ成長期の俺なら何とかなる。
でもそんな魔道具を一体誰が持っている?
人間、いやエルフやドワーフなんかもきっと王侯貴族しか持っていないだろう。
そうか、魔族だ。魔法に特化し高い能力を持つ彼ら……いや魔王ならば所持している可能性が高い。とにかく情報を集めなければ。俺は絶対に元の世界に、いや元の世界の1日以上前に戻って今回の事件そのものを食い止めてやるんだ。そうすれば俺たち家族だけでなく、巻き込まれて死んだ他の人たちも救われる。
そうでないと割に合わない。
こんなクソみたいなところで、クソな王族の奴隷になんかやってられない。
俺は絶対に元の世界に、みんなの元に戻ってみせる‼
そう決心していた。
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