第55話 かけがえのない時間
「証明なんか簡単だろ? 僕やエリーゼにしたみたいに、世界中を転移すればいいじゃないか。スキルを与えるからって扱き使うなよ? ユウはまだ子どもなんだ」
いや伯父様、子どもじゃなくても扱き使われたくないんだけど……。
その後すぐに俺はニューヨーク、アマゾンの大森林、インドのタージマハル、そして博多へ連れていかれた。何で博多なのかって? 豚骨ラーメンが食いたかったんだとよ。
とはいえジジイは世界的な有名人。見つかったらヤバいんじゃないかと思ったら、認識疎外というスキルで周囲の人を欺いていたらしい。俺の目には普通に見えるが鏡に映ると、いつも着ているサヴィル・ローの三つ揃えではなく、くたびれた量販店のスーツを着た日本人のおっさんに見えていた。おかげで誰も彼のことを振り返らなかった。
とりあえずジジイがテレポーテーションと認識疎外が使えるとわかったので、半分だけ信じることにした。いやホントにマジで性格悪いんだよ、このジジイは。
それでも祖母を助けられるのは家族の中で年齢的に俺しかいないのも確かだ。
大伯父の息子のリオネル(普段はリオ伯父さんと呼んでる)やジジイの養子の義叔父のオズワルド(オズ叔父さんと呼んでる)もいるがすでに30代前後。さすがにもうすぐ結婚して別家庭を持つことになるだろう。もし祖母があと30年以上長生きしても俺はまだ44歳。そのころにはカーライル社を受け継ぎ、その力を揮っているはずだ。
だから申し出を受けた。1年飛び級して来年の9月からイギリスの学校に入り、後継者としての教育を受けるのだ。
すると速攻母に反対された。
「ママは反対よ。お義父さまの体調が悪い訳でもないんでしょう?
ユウちゃんが義務教育の間は日本から出しません」
ジジイの申し出が急だったこともあり、母がどうしても納得しなかったのだ。なぜなら妹も中学を卒業したらイギリスのバレエ学校に進みたいと言っていて、俺まで取られると思っていなかったのだ。
「萌は本気でバレエダンサーになるつもりなのかよ」
「なるよ。フィギュアスケート、東京行ったらやめるもん」
妹は長年バレエとフィギュアスケートを習っていて、どちらかと言えばスケートの方に傾倒していた。だが彼女が所属するスケート教室でメダリストが教えに来るというテレビの取材があり、あの子が失敗したところを使わないと言っていたのに実際は大々的に使われてしまった。それから心無いバッシングを受けたらしく、フィギュアスケートから心が離れてしまったのだ。
「だいたい私が頑張っていい選手になったら、ずっとあの映像使われるんだよ。こんな時代もありましたってね。それを見たらまた騙されたことを思い出す。しかもアレは私に才能があるから注目されたんじゃなくて、メダルを取った先輩が優しく指導している様子が出したかっただけだもん。フィギュアは好きだけどそれが気になる程度の気持ちじゃ続けられないよ」
彼女はスポーツ選手にありがちな負けん気が強い子だ。続けていい思い出になればいいがスケート自体よりも、騙されたことの方がが許せないのだろう。
スケートはまだ続けているみたいだがそれも友達と切れたくないかららしい。母が東京の大学で研究することになったので、引っ越しを期にやめると固く決めていた。結局柵のせいで姉妹校みたいな教室に入ることになったけど。ほとんど行ってなかった。
俺のイギリス留学の件は母からすぐに祖母へ相談したらしく、彼女からも言われた。
「子どもが親に甘えられる時間は貴重なものよ。その逆もね。グレースの言う通り、中学校を卒業してからいらっしゃい。そして家族の時間を大切にするのよ」
別にイギリスで学ぶだけで生き別れになる訳じゃなしと思うのだが、家族のほとんどを早く亡くしている祖母にとって一緒に居られる時間はとても貴重なのだ。
結局ジジイが俺を誘ったくせに祖母の意見をくみ取って、俺は中学卒業以後に留学することになった。つまりあと1年以上日本に居なくてはいけなくなったのだ。
普段は体の強化メインで、必要な勉学をオンライン受講し、時々イギリスへ行って指導を受けることになったのだ。
直接指導よりも効率が悪いので、俺はつい萌に当たってしまった。
「わざわざイギリスの来なくても、日本でもバレエの練習ができるじゃないか」
「日本じゃ仕事にするのは厳しいよ。海外のバレエ学校に入って私はプロになるの。失敗してもおばあさまが自分の庭師になればいいって言ってくれたもん」
イギリスには有名な英国ロイヤルバレエスクールがあるが、それ以外にもたくさんバレエ学校がある。入るにはオーディションを受けなくてはならず、入学を考えるなら今から念入りに計画を立てないといけないらしい。
萌はハーフなだけあってスタイルがよく、音楽的センスも大伯父の折り紙付きだ。発表会でも家族の欲目ではなく、人目を惹く華やかさもある。フィギュアスケートよりもバレエの方が現役時代は長いし、活躍の場が広い。
「あの事件自体はもうどうでもいいけど、フィギュアをやめるいいきっかけになったと思ってる」
「でもフィギュアの方が好きだっただろう?」
「それもおばあさまのピアノを演技で使えるからだもん。イギリスに行ったらいくらでも練習曲弾いてくれるって。私はバレエの道へ行く」
そう、萌も俺と同じく、『グランマコンプレックス』なのだ。
「1年ぐらい遅れたってどうってことないじゃん。その間お兄ちゃんも好きなことすればいいんだよ。萌なんか3年も待つんだよ? 友達と遊ぶくらいしないとやってらんない」
そう言われれば確かにそうだ。進路をしっかり決めた彼女にとっては3年は長い。
そんなこんなもあって俺は結局16歳の秋から向こうに留学することになった。入学費用を払うのがもったいないと断ったのに高校に進学もさせられた。母が義祖父の元では普通の青春が味わえないと言ったからだ。
3か月と少しで普通の青春って味わえるんだろうか?
でも早い段階で体育祭(5月)や文化祭みたいなクラス発表会(6月)がある学校で、思ったよりクラスメイトと仲良くなったのはいい思い出だ。
ジジイの元で修行しても後悔しなかっただろうけど、俺は少しでも長く父母や妹と過ごした時間がこの異世界に来てかけがえのない幸福な時間だったと痛感した。
だって俺が受けたのは、嫌な方の勇者召喚だったのだから。
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