第52話 大伯父の頼み
俺がコンプレックスに鬱々していた中学2年生の時、大伯父から会いたいと連絡が入った。祖母の元に行けば基本的に彼はいるので、これまで改まって約束をしたことがなかった。何かあったのだ。俺はすぐに返事を返した。
『これっておばあさまに内緒ってこと?』
答えはYES。しかも自分では出来ないから、俺に頼みたいという話だ。子どもを産む以外出来ないことはないと言われる大伯父に出来ないことが?
それが何か知りたくて、俺は会うことにした。別にこっちがコンプレックスを感じているだけで、音楽以外のことで彼が厳しく言うことは何もないのだ。むしろかなり親切だ。もっと性格が悪いとか、なんか欠点があるならこんなに苛つかないんだよ。その能力や美にそぐわないほど、彼は真面目で善良な気質なのだ。
「僕は付き合った女性の数は多いけど、振られる時にたいていつまらないって言われるね。どうも天才って呼ばれているから、破天荒な気質や享楽的な遊びをしていると思われているみたいだ」
確かに酒もたばこものまない。女性と付き合うときは絶対に1人だけ。贅沢も暴食もギャンブルなどもしない。静かに読書をし、音楽を創作して、祖母と一緒に奏で、時々スポーツをし、たまに妻子と会うぐらいの穏やかな生活しか彼にはいらないのだ。妻子に会うのがたまになのは、奥さんがジュリエット=オリビエという世界的な人気俳優で、子どものリオネルは冒険家として世界中を飛び回っているからだ。
待ち合わせに指定されたのは、当時俺がすんでいた大阪のある一流ホテルのスイートだった。まぁ大伯父が街中に出ていたら彼を知らなくても隠し撮りされたり、パパラッチがどこからともなく現れるからな。
「今日はありがとう、わざわざ来てもらってすまない」
「ううん、伯父様こそ忙しんじゃないの?」
「70歳過ぎた爺さんを急がせるクライアントなんてそういないさ。さぁ座って」
まったく70歳に見えないけどね。祖母もそうだったが大伯父も20代くらいから歳を取っていないような容貌なのだ。欧米では日本のようにアンチエイジングを声高に叫んだりはしない。その年相応の美しさがあると考えられている。そして2人共全く容姿に頓着しない。清潔感のある服ならいいと、周囲のものに決められた服を着ている。むしろ派手な服を用意された方が着ないくらいだ。
席に着くと執事のコルドが入れた旨い茶を飲む。この執事は義祖父であるアンドリュー=カーライルが雇っているのだが、基本的にこの大伯父付きなのだ。元特殊部隊出身とやらで、相当な年齢のはずだがかなりの戦闘力があるそうだ。下手な新人をつけるとソイツがストーカーになるからな。
俺がジッと見ていたせいか、大伯父が困ったように微笑む。
「僕の顔に何かついているかな?」
「いや、伯父様はかわらないなと思っただけ」
「そうだね、皮膚が強いのかもしれない」
祖母も昔同じ言い訳をしていた。答えになっていないと思う。
「それで話って?」
「君に頼みたいのは絶対に僕にはできないこと、アンディーの後継者になって欲しいんだ」
「……それは年齢的にってことだよね」
「それもある。でも僕では受け継げないものがあるんだ」
「もしかしてどこか体が悪いの?」
「いいや、今のところは何ともない。でも僕の方が年上だからエリーゼを残して死んでいくとは思っている。僕とエリーゼの関係は何となく君も気づいていると思うけど、共依存に近い。特にエリーゼはジャックを失い、グレースが家出同然に出て行った時に1人では立ち直れないほど打ちひしがれたんだ」
母さんのことでそんなに? と不思議に思ったものだ。祖母はいろんなところで助けた子どもたちの独立を推進している。だから母のことも笑って許していたと思っていた。
「ジャックが亡くなった時にエリーゼは1年ほどピアノも弾けないほどダメになってね、その時にグレースを幸せにすることを一番に考えていたのだ。でも彼女を傷つけた形で出て行かせたものだから。真面目過ぎるのだよ、エリーゼは。
むしろ僕は実父のようにふるまったアンディーに文句が言いたいね」
「あのクソジジイがやりそうなことだ。生体コンピュータの権利を譲渡してもらうために媚びたんじゃない?」
「そこまで酷くはないと思いたいが否定できないね。でもあれでエリーゼのことは大事にしてくれるから」
「そうなの? 俺はむしろ伯父さまを守るためにおばあさまはアイツと結婚したんだと思ってた」
「いいや、ジャックが亡くなって一番ボロボロになったのはアンディーなんだよ。たった一人の親友だったそうだから。他にも持病があってエリーゼのピアノがないと生きていくのも難しかったんだ。だからあの結婚は僕ではなく、アンディーのためのものだよ」
それは初耳だ。まぁジジイが自分の弱点を声高に言うわけないか。
「君に受け継いでもらいたいのは、アンディーの事業やエリーゼの事だけじゃないんだ」
「他に何かあるの?」
「ねぇユウ。僕がどうしてここに騒がれずに来られたと思う?」
質問の意味がよくわからなかった。
「どうやってってこと? まずプライベートジェットに乗って……」
「プライベートジェットでも出入国手続きはするし、そこからよく情報が流れるんだよ」
公務員のくせに、ヒトのプライバシーの侵害に手を貸してるってこと? 最低だな!
「みんながみんなモラルを真面目に守っているわけじゃないからね」
でもそうなのだ。お忍びで来ているはずなのに祖母の出迎えに行ったら、出待ちのファンがいつもいるのだ。当然大伯父の時にはその数は激増する。
「でも今回僕は出入国手続きをしていない。今でもヴェリテラクスにいることになっている」
ヴェリテラクスとは『緑の湖』と言う名の、クソジジイが爵位と共に受け継いだ城だ。アイツは英国でも古い家の伯爵なのだ。そして昔は領地だった周辺の村の土地を全部を買い取った。ずっと住み続けている住民以外は入れないようにしてしまったのだ。とても長閑ないい村で、俺も萌も毎年夏に行くのを楽しみにしている。
「密入国ってこと? そんなこと出来る訳ない……」
「それが出来るんだ。アンディーの魔法を使ってね」
「情報操作するってこと?」
「違う違う。文字通り魔法さ。サイキック風に言うとテレポーテーションってヤツだね」
はぁ? さっきから意味わからん。
「わかりやすい用語で言ったつもりなのだけど、他になんて言うのかな? 日本語は難しいな」
「お、伯父様。大丈夫?」
「大丈夫だよ。ボケてもいないし、狂ってもいない。じゃあ証明しよう。ユウ、まずこの部屋をくまなく調べてくれ。誰も隠れていないかどうかね」
大伯父はテーブルに座ったまま、執事のコルドはその側に立って何も細工できないよう動かないと約束した。スイートなので部屋数は多いがありとあらゆるところを確認し、トランクの中身までチェックし終えて、誰もいないことを確認した。
その後すぐ大伯父は1本の電話を掛けた。生体コンピュータで空中にモニターを起動させる。
「アンディー? 僕だ。今ユウといる。今すぐこっちに来てくれ」
と言った瞬間、テーブルにクソジジイが座っていた。
かなり白くなったアッシュブロンドに灰色の冷血な目。間違いなくアンドリュー=カーライルだ。コイツは大伯父や祖母と違って、ちゃんと年相応に老けている。
「ユウ、元気そうだな。去年の夏以来か?」
何にも言えなかった。全部くまなく調べた。もちろんテーブルの下もだ。それなのにどうして?
「これは一体? みんなで俺をからかってるのか?」
「違う、真剣だ。これが君たちの元にエリーゼが直接会いに行けた方法だよ。僕たちはアンディーの魔法のおかげでとても助けられている」
「この魔法のすべてをお前に引き継いでもらいたいんだ。ユウダイ」
いつもの冷徹な仮面を外し、アンドリュー=カーライルはニヤリと笑った。
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