第49話 俺の家族
俺の名は田原雄大。家族の名は父雄吉、母グレース、妹萌香。
両親は国際結婚ではあるものの、ごく普通に恋に落ちて、ごく普通に結婚をし、ごく普通の家庭を作った。ただ一つ違ったのは母の母、つまり祖母が本物の女神だったことだ。
いや母の実家も普通じゃなかった。
祖父と死別した祖母が再婚したのはIT事業の最先端である『生体コンピュータ』の権利の半分を持っていたアンドリュー=カーライルで、世界の富と情報をほしいままにしていたのだから。
残りの権利を持っていたのは開発者だった祖父で、祖母との再婚で彼は祖母と母が持っていた残りの権利も自分のものにした。結婚した当初は権利目当ての結婚と相当叩かれたみたいだ。
それでも母は義祖父に懐いていて、彼を本当の自分の父だと信じていた。だから権利の譲渡もなんとも思っていなかったし、その金で贅沢することも当たり前だと思っていた。高校生の時に真実を知り、反抗するまでは。
「グレース、私は何度もジャックの話をしたはずよ?
どうしてアンディーを父親だと思ったの?」
「だってお母様が語るお父様は、オックスフォードのパーティーで知り合ったとか、結婚寸前まで行った人に裏切られた時に不器用に慰めてくれたとかだったでしょ。
そんなの、お義父さまのことだと思うじゃない! 名前も言ってなかったし」
「そうね、確かにあまり名前を言ってなかったかもしれないわ。私にとってジャックはとても大切な人であると同時に、辛すぎる記憶と結びついているから。あの人を失った時のことを思い出すと今でも苦しいの。
それにあなたが15歳の時に、生体コンピュータの権利をアンディーに譲ったでしょう? どうしてあなたが権利を持っていると思ったの?」
おばあさまは基本優しいが、おかしいと思ったことは割とはっきり言うタイプなのだ。
「そんなの知らない! わたしだけがこの家の家族じゃなかったんだ!
もう嫌、こんな家出ていく‼」
そういうちょっとしたすれ違いから日本に来て20年以上。ほとんど資産に手を付けず貧乏な大学の研究員生活を送った母は富豪の娘から、すっかり日本の母さんになっていた。
東大卒という以外は何の変哲もないサラリーマンだった父も結婚が決まるまで母がそんな大金持ちだったことを知らずにいた。結婚の挨拶に彼女の実家へ行ってテレビやネットでしか見たことのない義祖父アンドリュー、祖母エリーゼ、大伯父アルブレヒト(祖母と大伯父は世界的なクラッシック音楽家)にただただ戸惑うだけで、日本に戻ってきてホッとしたそうだ。
そんな家だから子どもの頃から贅沢はほとんどしたことなかった。唯一教育にだけはお金を使ってくれてたかな。俺は武道全般とピアノなどなど、妹はフィギュアスケートとバレエだ。他にもやってたけど、妹は脳筋、おっと別におバカではなかった。体を使うのが好きだったので他のが続かなかったのだ。
父方の家族はあんまり印象がない。悪い人たちではなかったけど、祖母の妹がお金にだらしない人だった。母に金をせびってくるのであまり付き合ってなかったのだ。 カーライル社の跡継ぎになったら15歳の俺にまで電話がかかってきたのには本当に驚いたよ。
そんな普通に見えないけど、割と普通の家庭に育った俺が祖母を女神だと思うようになったきっかけが俺の目と髪の色だった。
俺はハーフの第一子にありがちな、明るい髪色と青い目を持って生れて来た。最初はそこまで思っていなかったけど、保育園で会う友達がみんな黒髪で、目も黒か茶色。自分だけ違うことに疎外感を覚えていたんだ。その色のせいで変に贔屓されたり、知らない人に写真を取られたり、女の子に王子様役を押し付けられたりしていた。仲のいい子はそうでもなかったけど、突っかかってくる奴もやっぱりいて、どちらかと言えば面倒なことでしかなかった。
極めつけが妹は黒髪黒目で生まれてきたことだ。2歳の妹が俺の目を見て、「にいだけママといっしょ」と言って泣くのがとても辛かったのだ。
なりたくて青い目になったわけでもないのに……。俺だって黒髪黒目になりたかった。そんな不満を当時コンサートでたまたま日本に遊びに来ていた祖母にぶつけた。
その時は異常に若く見える祖母をおばあちゃんというより、母の姉くらいにしか思っていなかったけど。母は赤毛に青い目だったけど、祖母は蜂蜜のような金髪に宝石のような青緑の瞳のこの世で一番美しい女性だった。
「それでユウちゃんは髪と目の色が嫌いなの?」
「うん、どうやったらこのいろじゃなくなるかな?」
「生まれ持った色を変える必要はないと思うわ。とってもきれいだもの。私は大好きよ」
「でももえがなくんだ。ぼく、ないてほしくない」
「モエちゃんが? 黒い瞳が素敵なのに」
「しらないおじさんがくるのもイヤだ」
それは子役のスカウトだったんだけど、祖母はそんなことを知らないからひどく狼狽していた。プラチナブロンドに紫の瞳の、大変な美男子の大伯父アルブレヒトがよくストーカーに狙われていたせいで、深刻に受け止めてしまったのだ。
「そんな危ない目に遭っていたの……知らなかったわ。わかった。お兄様やアンディーに叱られてしまうかもしれないけど、目と髪の色を変える方法はあるわ」
そうして祖母は俺を抱きしめて子守唄を歌ってくれた。その歌を歌っているときの祖母は光り輝いて見えて、とても美しかったのを覚えている。
『ユウちゃんはとってもかわいい大事な子。段々髪と目が黒っぽくなっていくよ。優しいユウちゃんの気持ちに応えて』
するとどうだろう。一気に黒くなったわけじゃないけど、3か月ぐらいかけて徐々に俺の髪と目が黒っぽくなっていった。かなり金髪に近かったのが茶髪になって黒ずんでいったのだ。目の色は完全に黒くならなかったけど、藍色っぽくなった。光の加減でまだちょっと青く見えるんだよ。まぁそれぐらい気にならなかった。
これは実際成長するにしたがってメラニン色素が発達して起こる現象で、おかしなことじゃなかった。だけど俺には祖母が歌ってくれたからだとわかっていた。
ピアニストだった祖母は昔からハミングでしか歌わないのだ。どうしてか尋ねたら困ったことが起きるからだと言った。
「子どもの頃お庭にね、白いバラが咲いていてとってもお気に入りだったの。でもシューベルトの『野ばら』を歌ったら、赤いバラになってしまったの。私とても悲しくてね、お兄様に話したら、『エリーゼは人前で歌詞のある歌を歌ってはいけない』って言われたの。ついうっかり歌ったら、それが本当になってしまうから」
まるでおとぎ話のような答えだったけど、俺は納得した。質問した時は7歳ぐらいだったけど、4歳の時の髪と目の色が変わった時のことを忘れていなかったからだ。
歌で物事を変えるなんてなんだか魔女みたいだけど、俺には祖母が魔女には見えなかった。彼女は優しくて、いつだって清廉だった。そんな存在が魔女だなんて思えなかったのだ。
お読みいただきありがとうございます。
藍色の目ってフィクション以外、たぶんないと思います。これはエリーゼの神言での変化で黒っぽくなったけど、黒くなったわけではないからです。
黒くすると言ってしまうと急激な変化が起こるかもと思って、黒っぽくと言いました。
ちなみに歌が必要なのはただ口にするだけでなく、心を込めて歌うことで御力が乗りやすいからです。




