第39話 冒険者と王女の現実
「さてこれからはお2人に新米冒険者の収入についてお話しします。ここにいるレナは先日冒険者になったばかりです。彼女には優良スキルがあり、収入はいい方です。それを踏まえて話を聞いてください」
ええっ、急にわたしに振るの? さっき報告した時に先に言っといてよ。でも確かにこの人たちは絶対冒険者の現実を知らないと思うので、知らしめたほうがいいだろう。
「わたしの収入は主に2つありまして、絵を描くことと薬草を摘むことです。わたしの絵は多少うまい程度ではないので、そちらの収入は省きますね。
1度の採取活動で取れる収入ですが、薬草10本1束で1000ヤンになります。これはちゃんとギルドの指示通りに採取出来た場合です。頑張って探したら3束分ぐらいはみつかりますけど、これは今の季節だからでもうすぐ来る冬の時期だとかなり見つかりにくくなります」
薬草が安すぎるって? わたしのいたマール国だともう少し高かった。それでも倍ぐらいだけど。よく生えているものだし、国が貧乏な冒険者でもポーションが買えるように価格調整しているからだ。
1ヤンは日本円換算で1円ぐらいかな。小さなパンが100ヤンだからそんなものでしょ。
3000ヤンでは食事なしの素泊まりの宿に泊まれるぐらいだ。とてもお姫様が我慢できるようなところではない。盗難や身の危険も大いにあるし、当然風呂なんかない。
「薬草を摘んでいる間に魔獣に襲われることもあります。ラビット系を討伐して大きさにもよりますが1匹1000ヤンとお考え下さい。これも皮がボロボロだったり、肉が潰れていたりしたら安く買いたたかれます。こちらも冬場は見つかりにくいので多少値上がりしますが、微々たるものです。つまり頑張っても1日5000ヤン程度なのです」
新人なら薬草が取れなくても魔獣討伐と併用で、1人3000ヤンぐらいの収入だろう。ソロでやるのは危険だからパーティー組んで、最初はギルドの簡易宿泊所を利用するか野宿だ。それでも危険極まりないので、交代で見張りをする必要がある。
だから最初は故郷で冒険者活動するのが良いのだ。それなら家の手伝いをしながら友達とできるし、実家に寝泊まりしてある程度収入が見込めるランクになれば都会に出ればよい。
わたしだってあんな状況じゃなかったら、そうしたかったよ。
2人はその収入の少なさに驚いていた。
いやこれいい方だからね。わたしは薬草を見つけるのが早いし、正しく摘み取れるから3束分とれるんだよ。1日でEランク昇格したのはウィルの裏技のおかげだったけど。
「クランに所属するということは1人で採取に行かないというメリットがあります。護衛が付かなくても数いれば襲ってくる冒険者が少なくなりますし、魔獣が襲ってきても人海戦術でなんとかなります」
「襲ってくる冒険者ってなんですの⁈」
ああ、貴族は知らないんだ。
「魔獣を討伐したり、必死で薬草を探すより、ヒトの上前をはねたほうが楽だと感じる悪質な冒険者はどこにでもいます。お2人は女性ですから身の危険もありますね。魔法でも武器でも構いませんが、戦闘能力はありますか?」
「わたくしは侍女騎士なので、多少腕に自信がありますわ」
へぇ、エヴァって侍女騎士なんだ。名前から侍女もできる騎士ってとこかな。
「ならもう少し高額な魔獣狩りを行った方が収入は良くなります。ただその間オフィーリア様は何をなさるのでしょう? 1人で薬草を摘む、いえ行動すること自体がとても危険です。魔獣の問題もありますが、誘拐の恐れも少なくありません。」
「つまり2人で行動して、オフィーリア様が採取、わたくしが護衛と討伐と採取をするということね」
「そうです。ですがエヴァ様は周囲の警戒も必要なため、薬草摘みがおろそかになる可能性もあります。強すぎる魔獣が出てケガなんかすれば、もっと出費はかさみます。
オフィーリア様は治癒魔法がお出来になりますか?」
「……いいえ」
「わたくしが水魔法の治癒が少しできるわ。『キュア』ぐらいだけど」
「ほぼエヴァ様に乗っかる形ですね」
「そのような無礼な言い方はしないように。わたくしはオフィーリア様に忠誠を誓っています」
「ええ、それは素晴らしいことですが、もしエヴァ様がケガあるいは病気になった場合、オフィーリア様は収入も護衛も一気に失ってしまうのです。いえ泊まるところすら失う恐れもあります。以上の観点から冒険者の活動はお勧めできません」
収入の低さ、身の危険などを考えれば、教会に身を寄せる一択だ。父親がはっきり説明しなかったのは、彼女がそんな選択肢を考えるはずがないと思ってだろう。
「それがわかっているから、クランに所属しようとしたのよ」
「クランに所属するには通常、仕事の出来る有望な冒険者だと認められてからです。ギルドが勧めた『女神の勲し』やわたしたちの『常闇の炎』はかなり変わっています」
「そして『常闇の炎』に所属するには、ユーダイ様の家族にならないといけないのね」
「家族と言うと語弊がありますが、それだけの扱いを受けるにはそれ相当の働きもいりますよ? わたしは絵の仕事で大きく貢献できています」
「あなたみたいな子どもが描く絵なんて、大したことないでしょ?」
「ではお描きしましょう」
エヴァがわたしの能力を信じていない様子なので、ポケットからデッサン用にいつも持ち歩いているコンテ(顔料を練り込んだチョークの一種)を取り出した。紙はもったいないので、絵が描けるほどの張りと大きさの葉も採取してあるのでそれに描く。
さらさらと数分程度で描き上げたのは、オフィーリア様の顔だ。彼女はかなりの美少女なのでもっといい紙に描きたかったな。
オフィーリア様の特徴は美しい巻き毛とふっくらした頬だ。そこに印象的な大きな瞳が加わり、平民にはない上品さと少女らしいあどけなさをプラスする。
「どうぞ」
「こ、これは……あなた相当うまいのね、エヴァはどう思うかしら?」
「とてもよく似ています。美しい絵ですわ」
「仕事に出来るくらいですから」
「これほどの能力がないとダメなのね」
これでも神絵師とすら呼ばれたことがあるプロですから! 自分で神なんて言えないけど。
「冒険者の現実、わかっていただけましたか?」
ユーダイ様が2人をビジネス微笑を浮かべながら見つめた。
「わたくしでは全く役に立てないということですのね」
「オフィーリア様……」
俯いた主人を優しく慰める侍女の姿は美しいが、現実を理解してもらって助かる。
「そんなことありませんよ。あなたは王女としてはとても大きな価値があります。あなたは身分の高い方に必要な教養を身に着けるべく励まれたことでしょう。現にこのバルティス王国語を問題なく話せていますし、文字を書くことも出来ますよね。
王女の最大の仕事は外交カードです。あなたがどのような相手を結婚するかで、国の未来が決まります。国内での結婚は国政が相当安定していないと無理でしょう」
「……わかっています。でも……ミヒャエルは初恋の人なのです」
現実を突きつけるユーダイ様を睨んだって状況は変わらないよ、エヴァ。
「王女というお立場では、初恋を実らせる幸運はとても難しいことでしょう。現に亡くなった妻も初恋の男性と結婚できず、俺と政略結婚しましたから」
「そう、なんですか?」
「ええ、勇者を国に引き留めるための結婚でした。しなければ彼女の命が取られるから承諾して欲しいと言われましたよ」
ああ、確か悪い方の召喚だって言ってたっけ。一緒に魔王討伐に行った聖女だったそうだし、断れないよね。
それを聞いてオフィーリア様はガッカリとうなだれた。
聖女で魔王を討伐するほど貢献していても、政略結婚から逃れられなかったのだ。
それが王女の現実なのだ。
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