第36話 厄介ごと
ちょっと不穏なところもあるけど、わたしはおおむねクラン『常闇の炎』が気に入っていた。基本ジャッコさんとウィル君と一緒にお留守番で、ユーダイ様や3人の魔族はあまり姿を見せないし。何より今世も絵を描いて生きていけるなんて幸せしかない。全ては萌香ちゃんがわたしの絵を好きでいてくれたおかげである。
でも絵ばかり描いていいって訳ではない。ジャッコさんはギルドがあんまり好きじゃないみたいなので、おつかいはもっぱらわたしの仕事なのだ。
今日はクランに依頼された薬草を届けに行くことになった。ただしとても高級品なので、一つ下の鍛冶職人見習の男の子と一緒だ。彼も親を亡くして食い詰めていた1人である。見た目ではわからないけど魔族の血が入っているそうだ。
「レナは重要な仕事を貰えてスゲーよな」
「そんなんじゃないよ。ユーダイ様とちょっとした知り合いなだけ。あと特技を生かせているってとこかな。チャズだってこれから鍛冶職人になるんでしょ」
「そうだけどやっと見習いになれたところで、掃除とか荷物運びとかばっかりだし」
「あら、職人にとって掃除も荷物運びもすごく大事なのよ。掃除は物を作るためには不可欠ね。汚くて乱雑な所で作るとね、せっかくの作品が汚れたり、不純物が混ざって使えなくなったりするの。それをふせぐのよ。わたしは絵描きだから腕力はさほど必要ないけど、長時間仕事するには体力が欠かせないわ。でも鍛冶職人は腕力も体力もいるでしょ。それを鍛えるためにも荷物運びは必要なの」
「……それならそう言ってくれればいいのに」
「自分で気づくこともきっと重要なんだわ。チャズはわたしが言ったから素直に聞いてくれたけど、親方や先輩に言われたらただのお説教と思うんじゃない?
今わからなくても大きな失敗したら骨身に染みるわ。そのときわたしの言葉を思い出してね」
「怖い言い方すんなよ。肝に銘じとく」
お使いの納品は無事にすみ、冒険者ギルドを出ようとしたときだった。突然誰かに後ろスカートを引っ張られたのだ。
「たすけて……」
わたしがびっくりして振り返ったら、スカートを握りしめていたのはまだ10歳にもなっていない女の子で、そのまま倒れてしまった。完全に気絶している。
わたしは引っ張られたまま、そこにしゃがむしかなかった。
「ウソ! なんで?」
ちょっと振り返っただけなのに倒れたのだ。どうしていいのかわからず周りを見回しても、皆わたしと目を合わせようとしない。厄介ごとに巻き込まれたくないからだ。当然ギルド職員の方も見たが、我関せずを貫いていた。
少しして奥の部屋から出てきた17.8歳ぐらい気の強そうな黒髪美人がわたしたちを見て、つかつかと寄ってきて急に腕を捻りあげられた。
「痛い!」
「お前、私の妹に何をしたのですか?」
妹? 全然似てませんけど?
酷い誤解なのでチャズがやめろと女を軽く突き飛ばした。だが彼女はびくともしない。チャズは血が薄いとは言え魔族でボディガードとして付けられるくらいだ。普通の子どもなんかより力が強いのに……。
「どっちかつーと、こっちが被害者だぜ。見ろよ、レナのスカート。そっちが今も握っててしわくちゃになってるじゃねーか。喋りかけてもいねーのに勝手に触られて、迷惑してんのはこっちだ」
「本当に何もしてないんです。だから放して」
入り口付近をずっと塞いでしまったからか、ギルド職員にその場所をどいて欲しいと頼まれて、わたしはやっと女の暴力から逃れられた。
そのまま入り口近くのベンチまで移動するために子どもの手に触れようとしたら、パチンと叩かれた。いや、わたしのスカートを握りしめたままなんだけど。
「汚い手で触らないで。私が抱き上げます」
そういって恭しく抱き上げたので、わたしはスカートがめくれないように近くに行くしかなかった。どうやら姉妹とは嘘で彼女は使用人できっと護衛だろう。少女の方が主人なのだとわかった。かなりの美少女だ。柔らかそうな金髪の巻き毛にリボンが付いている。倒れる前に見た目の色はアクアマリンみたいな薄い青だった。近くのベンチに彼女を寝かせてしばらく女が見分して何もなかったのか、やっとこちらの方を向いた。
「私はエヴァ、この子はオ……リアよ。あなた方は?」
「俺はチャズ、こっちはレナだ」
「2人共子どもだけど、冒険者なのかしら?」
「ああ、Eランクだ」
「それにしては身なりがきちんとしてるわ。親がお金持ちなの?」
「いいえ」
わたしはこの女と喋りたくなかった。ずっと尋問口調で感じが悪かったからだ。それにわたしがユーダイ様たちのことを話すと命に係わるしね。
落ち着いてみればこの人も子どもも、すっきりとしたいいものを着ている。そっちこそ金持ちじゃない。
「俺たちはクランに所属しているから、汚ねぇ格好は出来ねえんだよ」
「あなたたちみたいな子どもが入れるなら、私たちでも入れる?」
「はぁ? あんたら、冒険者になるつもりなのか? 無理だな。俺には鍛冶のスキルがある。レナは絵がすごくうまい。特別な才能がなければ入れないんだ」
「特別な才能……」
「チャズ、クランのことを外の人に話してはダメよ」
そうわたしが彼の服を引っ張ると慌てて口を閉じた。こんな人たちに関係するのは迷惑でしかない。わたしは女の方を向き直ってきっぱり言った。
「もういい加減にしてもらえますか? 冒険者のことをいちいち詮索するのはルール違反ですよ。それに先程確認されてその子に怪我はないはずですよね?
だいたいクランに入るなどわたしたちに権限はありません。それでは失礼します。チャズ、行こう」
「ちょっと待ちなさい、まず妹に謝りなさいよ」
「勝手にスカートをしわくちゃにされて、迷惑しているのはこちらです。冒険者になりたいなら、どうかよそでどうぞ」
「生意気な」
「あまりもめごと起こさない方がいいですよ。みんな黙って見ているけど心証が悪くなりますから。少なくともわたしの印象は最悪です。汚い手で生意気と言われてまで、仲良くする気はありません」
そんなこんなを言い合っているうちに、件の少女が目を覚ました。
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