第35話 記憶保存アプリ(簡易バージョン)
今日はティティスとの調薬作業だ。薬師補助と言っても作業を手伝うわけじゃない。私がするのは彼女の作業をつぶさに観察することなのだ。
わたしの絵画技法全般というスキルは私が思っていたよりもチートだった。そりゃあ絵に描いたらそれが具現化するほどではない。でもコピペもできるし、テンペラ絵具だろうが墨だろうが油絵具だろうがわたしの描いたものなら、描き直したいところまで元に戻せるのだ。しかも記憶を画像として一時保存も出来る。
これって生体コンピュータでわたしが使っていた機能じゃない! あれで底上げされた能力がそのまま絵画技法になっていたのだ。
そしてその画像というか、動画の一時保存をユーダイ様から頼まれている。
なぜならティティスは自分の技術を人間なんかに教えたくないからだ。でも講習をすればその分お金が支払われる。だからどうしても講習したい。
それで魔力がほとんどないわたしの出番だ。
彼女はわたしに見られても何も出来ないと思っているのだ。
でもユーダイ様はわたしが見て保存したものを、別の媒体に移す魔道具を持っていた。
「なんかね、記憶を閉じ込める本っていうのがあるそうなんだ。俺が持っているのは簡易バージョンでね。半日分の記憶を一時的に保存できるだけなんだけど。でもエルフの秘術を見て研究するぐらいなら可能だから」
見せてもらうとそれはタブレットだった。
「これ、俺がこの世界に持ち込めた数少ない荷物さ」
そっか、ユーダイ様は召喚でこの世界に来たから、荷物があったんだ。
「他には何を?」
「着ていた服、スマホ、財布、家の鍵、ハンカチ2枚。あとカバンの中のタブレットのほかにソーラーのモバイルバッテリーにエマージェンシーキット、水だね」
ちなみにこれらは全て悪い方の召喚した国に没収されていた。それでもスマホとモバイルバッテリー、タブレット、エマージェンシーキット、ハンカチ1枚はそいつらでは調べることも壊すこともできなかったので国を出る時に取り返したんだって。
「特にハンカチは絶対取り返したかったんだ。おばあさまのおばあさまが刺繍したものでね。萌はくまのぬいぐるみを貰って、俺はそのハンカチを貰ったんだ。俺のお守りなんだよ」
確かにそれは二度と手に入らないかけがえのないものだよね。でもハンカチも壊すことが出来なかったのかな? そんな疑問がちらりと過ったがすぐに忘れてしまった。
それより生体コンピュータ全盛期にタブレットやスマホ、エマージェンシーキットを持ち歩いているのが珍しいので聞くと、タブレットは読書用だんたそうだ。キットはいついかなる時にでも遭難やケガのことを考えておけと彼の義祖父であるアンドリュー=カーライルに言われていたそうだ。
スマホもそうだ。生体コンピュータは心身が疲労困憊状態では負担がかかるため、使いにくくなるのだ。ユーダイ様の場合、誘拐などの危険もあっただろうからいろんな形で連絡手段が必要だったのだろう。
「生き延びてさえいれば、ジジイが必ず助けに来るって言ってくれたからな。さすがに死んだら来られないけどさ」
そうだよね、あの時の揺れは尋常じゃなかったし、天井が崩れた時終わったと思ったもの。
「ああ、でもこっちではそこそこ役にたったよ。さて、それより記憶を残せるかのテストだ」
彼がタブレットを起動させるといくつかのアプリが存在し、その中の本の形のアプリを選んだ。
「アプリがあるんですか?」
「このタブレットは俺の魔力と連動しているんだ。それで使いたい機能をアプリ化するように考えれば出来ちゃったわけ」
うむむ、やはりユーダイ様のチートはすごいな。
それから何度かテストして、わたしが移したい記憶だけうまくその本に移すことが出来た。
そんな下準備の結果、簡単な説明しかしないティティスを残念な気持ちで見ていた。 彼女には悪いけど彼を出し抜こうだなんて、ちょっと無理だと思うよ。そんなことするよりちゃんと技法を伝えていれば、ユーダイ様はもっと謝礼をはずんでくれたと思うのに……。
「どう? ちゃんとわかった?」
「はい、今日もありがとうございました」
彼女がわたしの手元を見て、ニンマリする。ある程度のアリバイとしてもらった紙に素材や手順は記してある。でもどんな魔法を使ったとか繊細な作業とかそういうのは記していない。
油断しきっている彼女にちょっとかわいそうな気持ちになる。でも人間の役に立ちたくないなら、里にこもってこのクランと交易をしながら返済したってよかったんだ。実際そうしているヒトもいる。ユーダイ様は彼女の購入費用を上乗せしたりしてないから、その方が彼の懐を温めることにならないしね。でも彼女は素材を代わりに取ってきてもらって、高度な調薬が出来ることを選んだのだ。まぁ危ないって言われているのに素材採集に出るほどの調薬マニアだ。その気持ちはわかるけどね。
わたしがティティスの調薬情報を流したとき、ふと気づいた。
「ユーダイ様、そのタブレットの中に小説とかマンガとかゲームとか入っているんですか?」
「そうだね、一部あるよ」
「良ければ見せてもらいたいです」
「ダメ」
「えっ~、エッチなのでも気にしませんよ。息子もそうでしたし」
息子はそういう興味が出て来てから、いつの間にか自分のタブレットに夫の和くんの名前でマガジンサイトに登録していた。カードを使えないから購入こそしないものの、無料で読めるエッチなマンガやグラビアの閲覧履歴がいっぱいあったのだ。これは生体コンピュータが普及しても読書はタブレット派な大人がいたからで出来たことである。
性に興味があることは健全な青少年だ。でも枕やベッドの下にこっそり隠しているのを母親が見つけるというシチュエーションは出来なかった。よくマンガで見つけるシーンでちょっと憧れていたのに……。見つけたのは和くんだった、ちぇっ!
「いや、そんなのないよ。でも読書傾向って、自分の頭の中を晒すみたいで嫌じゃん。それにラノベやマンガは萌のおすすめだからさ。ああ君が表紙描いたヤツもあるよ」
そう言いつつ、やはり見せてくれなかった。ユーダイ様のケチ!
いつかすごい手柄を立てて、見せてもらおう。
絵を描くのが一番好きだけど、オタクに娯楽は不可欠なんだよぉ~
お読みいただきありがとうございます。
Bluetoothのイヤホンも入れようかと思ったけど、生体コンピュータが代わりをしてくれると思うのでやめました。
読書も生体コンピュータで読めるんだけど、今もタブレットより紙で読みたい人がいるように、生体コンピュータで脳に直接情報が送られるよりも目で読みたい人はいると思うんですよね。息子ちゃんはそれを利用して、パパ名義のアカウントを作っていました。バレたのは使ってないマガジンサイトからのお知らせがパパに届いて不審に思って調べたからです。
ただあくまでも生体コンピュータを導入したら、発信はタブレットではできない(IPアドレスが本人の遺伝子だから)仕組み




