第2話 オークの集落
勇者の夜伽という不愉快な村長の命令に猛烈に腹が立ったものの、光栄だと受け入れるふりをした。浮かれているような様子で昼食を済ませたわたしは早速行動に移した。夜まで待っていたらアイツらの寝所へ連れ込まれるだけだ。
まず村を出るためにどうしたらいいか考えて、匂いの良い花を摘みに行くと父さんに告げた。その花を浮かべた湯で体を拭けば、体臭が気にならなくなるのだ。父さんはただそうかと悲し気に返事しただけだった。
それは一晩だけという話だったのに、気に入られたせいで母さんは今も勇者の元にいる。心配で迎えに行った父は嬌声をあげる母を垣間見たらしい。今朝着替えを取りに来た母と口論になって、嫌がっていたはずが今は「村のためだから」とトロンとした目になって反対する父をなじっていた。仲良し夫婦だったのに2人の子どもとして一番聞きたくなかった。
わたしは薬草摘みの籠に旅支度を隠してオークの集落に行くことにした。オークは全滅したんだから問題ないはずだ。集落には時折金目のものが残っている。襲われた人間が持っていたお金や武器だ。アイツらにはお金なんかいらないからね。繊細な魔道具なんかは壊れているかもしれないが、それでも全くないなんてことはないだろう。
それを路銀の足しにして、隣村に来る馬車へ乗る。確か明日の早朝に出るはずだ。金目の物を持ってそのまま、夜通し歩けば何とかなる。もし盗賊に出会ってしまったら、その時は自分の命運が尽きたと諦めよう。
集落は怖いほど静まり返っていた。本当に何も聞こえない。鳥の鳴き声どころか森が風でざわめく音すらしない。それが何だか不自然でわたしの不安をあおった。
でも行かなければならない。それでまず観察してみた。掘っ立て小屋とすら呼べない程度のものだが、雨除けになる屋根にゴザのようなもので入り口をしきっている建物がいくつもある。 知能の高いオークがいたのだろう。
私がその中の1軒に近づくと何やら目に見えないカーテンのようなものを通り抜けた気がした。
すると最初に襲ってきたのは匂いだ。恐ろしく臭い。でも生き物の腐った匂いというより、排せつ物の匂いだ。中に入りたくない。でも明日には勇者たちが焼き払うんだから今だけの我慢だ。そう自分に言い聞かせて、顔を埃除けのスカーフで覆った。
中に入ると信じられない光景に思わず息を飲んだ。
なぜなら勇者たちが殺したはずのオークたちは皆ただひたすら眠りこけているだけなのだ。奴らは薄くいびきをかいて、糞尿をまき散らし、寝返りを打ってそれを体に擦り付けていた。おぞましい光景だ。
恐怖で体が動かなかった。
眠っているとはいえ、こんな大量のオークの中を歩くなんてできない。金目の物探しなんてもっての外だ。
しかもわたしに一番近いオークが鼻をひくひくさせている。まるで匂いを嗅いでいるみたいだ。まさかわたしの匂い?
このままここにいてはいけないとなんとか自分を奮い立たせた。出来るだけ音を立てないように外へ出て、また見えないカーテンを通り抜けた。
勇者たちがオークを倒したのは嘘だった。むしろ1匹も死んでいない。
ならどうしてわたしたちの村で豪遊しているの?
答えは簡単だ。
わたしたちを騙しているのだ。金や女に酒とごちそう、それを巻き上げるための嘘。詐欺だ。
そしてもうすぐ死ぬというのは目覚めたオークのうっ憤と空腹をわたしたちがにぶつけて、その隙に逃げ出そうというのだ。
困ったことになった。貯めていたへそくりは持ち出したけど、とてもじゃないけど村を出ていく路銀には足りない。金がなければ馬車は使えない。馬車に乗らなければ追いつかれてしまう。どうすればいいかわからず、さっきかいだ糞尿の匂いが体に纏わりついた気がして吐き気が止まらない。
外には出たもののしゃがみ込んでしまった。ダメだ。こんなところで吐いたら、オークに気づかれてしまうかもしれない。
目をギュッと瞑って、呼吸を整えているとすぐ側で声がした。
「君、大丈夫?」
ハッとして顔を上げると、20歳くらいの黒髪の男性が私を覗き込んでいた。なかなかのハンサムだ。村にいる勇者パーティーの人ではないが仲間かもしれない。それにしてもいつの間にこんな至近距離に……。それにどこかで見たことがある気もした。
「君、ずっとここにいたの?」
「いえその……、オークの集落ってどんなのかなって……」
「そんなものに興味があるの? 変わっているね。中にいたら、たぶん奴らは目を覚ますよ。だってずっと寝ていて腹がへっているからさ」
「あ、あなたがオークを眠らせたんですか? それとも見張り?」
「俺? そんなことしないけど。だってオークなんて眠らせるだけ魔力の無駄じゃん? これはね、アイツらの手口なんだ」
「アイツらって、まさか勇者ユーダイ様たちのことですか?」
「やっぱりその名前を名乗っていたか……」
「つまりこれは詐欺、あいつらの嘘なんですね」
「That‘s right.」
青年は肩をすくめて、その通りだと肯定した。
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