第14話 魔法契約
明け方近くになって、ドサッという音と共に血の匂いがしてきた。ひそめるような小声、ジャッコさんとユーダイ様だ。
そーっと薄目を開けてみると、ジャッコさんがひどく青ざめたユーダイ様を器用に背中にのせてベッドまで運んでいる。彼の首元にいくつも噛み跡と内出血が見えた。しかもどれも吸血鬼に吸われたように2つの穴が空いているのだ。
「ユウ、大丈夫か?」
「ああ、……まぁ生きてる」
「今日は跡が多いな。レナを連れて来たからか?」
「違うんじゃない? 向こうで結構待たせたからそれでだと思う」
「とにかく寝ろ。明日ウィルに治してもらえ」
「ああ、悪いな。いつも助かる」
ちょっと待って!
待たせたって、わたしがユーダイ様と交渉していたからじゃない!
でもそんなに長い時間じゃなかったはず。
それにお楽しみの時間だと思っていたけど、まるでただ痛めつけられたようにも見える。
これが勇者ハーレムなの?
でも起きて聞くことも出来ない。わたしのせいでこうなったとは知りたくない。
ユーダイ様が依頼を片付けたら、わたしはここから離れられる。だから口を出さない方がいい。
ああ、嫌だ。これは分別じゃなく、汚い打算だ。
親切に助けてくれた人を、しかも前世の自分よりずっと若い青年がDVに遭っていても何も言えないなんて。
それでもユーダイ様の寝息が聞こえてきたので、わたしもギュッと目を瞑っているといつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝目を覚ますと、みんな目を覚まして身支度を済ませていた、ユーダイ様は昨日の青ざめた顔いろと違って、とても元気そうだ。あんな傷があったなんて夢でも見たんだろうか?
「おはよう、レナ。下に朝食食べに行くけど、一緒に行くか?」
「行きます……」
「じゃあ5分以内に用意して、ジャッコが腹すかせているから」
でもジャッコさんは見回してもいない。どこに行ったか聞く前に5分しかないので、急いで服を着てエプロンをつけた。寝間着を持っていなかったので下着になっただけだったのだ。そうは言っても袖付きの肌着にドロワーズ姿はパジャマみたいで、前世ならば見えてもさほどいやらしくない仕様だ。それにわたしはまだ思春期前のおこちゃま体型なのだ。
急いで着替えるとユーダイ様はニコニコしていた。
「着替えるの早いじゃん。親御さんのしつけが良かったのかな」
「農家は朝が早いんです。だから支度も早いんですよ」
するとなぜか紙とペンを差し出した。
「食堂へ行く前にさ、ここにサインして欲しいんだ」
見れば何かの契約書のようだ。
なにこれ? まさかわたし売られる?
「一体これは? わたしを騙したんですか⁈」
「いいや、これは俺たちと行動している間に知ったことを口外しないと約束して欲しいってことだ。言っとくけどサインしなくてもいいよ。ただその時の君の命は保証できない」
ユーダイ様はそんな恐ろしくも重大なことをさらりと口にした。
「そんな……」
「だって君、昨日寝たふりしてただろ? 俺がアイツらを支配できていないって知ったはずだ」
「な、何のことですか?」
「とぼけても無駄。寝たふりと本当に寝ているときの呼吸って違うんだよ。俺もジャッコも聴覚がいいからすぐわかった」
「わ、わたしを殺せば、萌香ちゃんが悲しみますよ!」
「うん、でも俺はアイツらと守る義務がある。君のことはまだ義務ではない。それにこの世で君は親にも前世の話をしていなかった。もしかしたら転生者だとは気が付かれていても、『柳ほまれ』だとは知られていないはずだ。君は用心深い大人だものね」
しまった! 昨日誰にも話していないことを伝えたばかりだった。
「君が昨日起きなければ、今日ジョブ判定と冒険者ギルドへ紹介して、別の宿に行ってもらうつもりだった。今回の依頼は危ないから連れまわすわけにもいかないからね。
でもアレを見られたのなら、話しは別だ。今アイツらが獰猛で危険な種族だと思われては困るんだ」
「誰にも言いません」
「そういって多くの人間は簡単に秘密を話してしまう。俺はアイツらに拠点を用意しなくてはならない。そして今回の依頼でバルティスに恩を売って、永住権を得るつもりだ。そのための邪魔になるなら、君1人を消すぐらい今の俺には簡単だ」
ああ、ユーダイ様は本気だ。
もう彼はエリーゼ様の孫として幸せに暮らしていた少年とは違うのだ。
そのことが身に沁みて、そして悲しかった。
「わかりました。サインします」
「その前に字、読める? マール国語で書いたけど」
「中央共通語もできます。わたし、前世の分別のおかげで勉学の重要性がわかっていましたから」
「That is right.」
サインする前に契約書の内容をよく読んだ。わたしがユーダイ様とその仲間と行動を共にしている間に知りえた情報を彼らの許可なく話すことを禁止するものだった。そして話そうとしたら死ぬのだ。
「これ、ちょっと厳しくないですか?
例えば宿屋のおじさんに部屋にユーダイ様はいるかって聞かれて、いるいないすら答えることが出来ませんよ」
「そうだな、では言っていいと言ったこと以外はわからないで通してくれ」
「ちなみに何を話したらいけないんですか?
「昨日のアイツらが性別を変えたこと、盗賊を殺してしまったこと、俺が転移できること、ウィルの目が金色なこと、ジャッコが白虎なこと、俺がアイツらに噛みつかれていることなど多岐にわたるね。部屋にいるかどうかも言わなくていいよ」
ああ、とっても多いんですね。
「わかりました。いいと言われてないことは何も話さないようにします」
さっき上げた例も、見てきますといってその場から立ち去ればいいのだ。そのように工夫すれば何とかなるだろう。
「そうしてくれ。俺も君を殺したいわけじゃないから。俺たちから離れたらすべてを忘れてくれ。あと階段下りたらジャッコは人化しているのでよろしく」
そんなに知られたくないことばかりなら、わたしを泊めちゃいけなかったんじゃない?
でも彼が困っていたのについてきたのはわたしだ。
わたしはサインした。聞こうとしたわけじゃないのに納得がいかないけど、彼はわたしの命と貞操の恩人でもある。この短い期間をやり過ごすことに終始しよう。
お読みいただきありがとうございます。




