第130話 娘は商品
恋愛小説の勧めたおかげでうっとうしい令嬢の相手をしなくなってよかった。
それにしてもこれは転生者が書いてるんじゃないかと思える内容だった。俺が思っている以上にこの世界には転生者はいるみたいだな。
そう思ったのはこっちよりも身分差についての描写が甘いのだ。小説の中の貴族は王族や公爵家以外はそんなに厳しくないみたいな話になっている。もちろんそんなことはない。そういう家にはそれにふさわしいしきたりがあり、厳しく育てられる。娘は悪い言い方だが、商品だからな。
例えば貧乏な伯爵令嬢が母親のお古のドレスを仕立て直して夜会に出てみんなに笑われるという描写があるが、こんなの笑われるなんてものじゃすまないぞ。主催者をバカにしたとされてハブられるので、最初から行かないのだ。父親だけ何とか体裁を整えて社交する。
だったら結婚相手はどうするかというのが、その体裁を整えた父親の手腕だ。年寄りや後妻がすごく悪く言われているが、貴族令嬢が外に働きに行けるなんて余程の心臓の持ち主しかいない。結婚できるだけものすごくマシなんだよ。
結婚だけでなく家庭教師や侍女・メイドの仕事だって父親の許可が必要だ。そうでなければ親類縁者のつてを頼るものだ。どちらも身元の確かな者しか雇いたくないからな。そうして後者は辞める時に紹介状を出してもらう。身元と仕事ぶりを保証するのが前の雇い主になるのだ。
そんな状況の高位貴族が貧しくも身分の低い少女を見初めるというのもあり得ない。高位貴族になるほど結婚相手は厳選される。良くて愛人、悪くて一夜限りで捨てられるのがオチだ。むしろそんな女性を選んだ時点で跡継ぎから外される。あるいは女が死ぬ。男の親たちから優しく迎えるもない。だからわざわざレクソール嬢は伯爵家の養女にされたんだ。体裁を整えるためにな。
カイルロッドがいい例じゃないか。
アイツはずっと乳兄弟の男爵令嬢が好きだったが、彼自身は侯爵令息の三男でどこかに婿入りさせられるって話だった。だが彼が国一番の剣士だったから保留になっていただけだ。たぶんテレジアの相手か、俺と旅立つ剣士にするためにな。
アイツの運が良かったのはそんな重要なカードだったのに、テレジアがエリザへの復讐なんてつまらないことに切ってしまった事だ。だから特別に男爵令嬢と結婚できたのだ。それでも身分を子爵にされていたしな。
普通に考えて侯爵令息と男爵令嬢が結婚するなんてありえない。
言ってみれば同じビルに入っているけれど全く違う会社で、業績も天と地の差。ほとんど接点を持つことが出来ないのと同じだ。
エリート社員の男がエレベーターで会うかわいい子にちょっかいを出して、彼女は同じ会社の女たちに近寄るなと牽制される。それでも付き合いだしたら、結婚は会社の上司に勧められた子とするからと捨てられる。こんな話によく聞くだろ。
元の世界ならこんな状況でも結婚まで行くことは出来るけど、この世界ではそれはない。そうするなら男の方が身分を失うか、女の方を自分と同じ階級に上げるかだ。
レクソール嬢は彼女の母親が伯爵家の出身だったから、ギリギリ認められたに過ぎない。
だけど婚約破棄するようなこんなフワフワした男なんていないと思ってトレーニーにそう言うと、たまにだが人前でするバカが本当にいたそうだ。そいつがどうなったか尋ねると、当然ながら社交界から締め出されて平民落ちしているし、今も関係しているとバレると危ないらしい。
そりゃそうだよな。有力貴族の娘を人前で婚約破棄するなんて、その親にケンカを売っているようなものだ。平民落ちだけでは怒りが収まらないってところか。
とにかくレクソール嬢はその小説に自分と婚約者を重ねたようで、馬車の中でマナー講習に勤しんでいる。さすがにここで楽器演奏やダンスは習えないからな。
変に気にいられても困るので、忙しくなってくれてありがたい。
「そういえばご令嬢の妹を名乗っていた女も最近見かけないな。馬車もないし」
「はい、ユーダイ様のおっしゃる通り撒きました」
俺たち商隊の護衛には言われていなかったが、こないだ通過した町で泊まる手配をしているところを見せて一部荷物を運び入れたのだという。するとあの義妹と侍女も宿泊手続きをして部屋に入ったそうだ。ずっと馬車に揺られるなんて辛すぎるし、風呂だって入りたいだろうし。馬だって休ませないとダメになるしな。
そうしてアイツらが落ち着いたのを見計らって、出した荷物を運び入れ直してすぐに出発したのだ。
賢くていいやり方だ。
その時俺たちは冒険者ギルドの出張所や道中の食料品を買いに行っていた。自分の食い扶持は自分で賄うように、という契約だったからな。
それに俺みたいにストレージやマジックバッグ持ちなんて稀だ。獲物の肉を食べて不要な内臓なんかは捨てるにしても、皮や羽毛なんかは売れるので残しておくだろ。
それが1カ月以上にもなると膨大な量になる。今回は予定よりも2週間は伸びたからな。商隊の馬車だって乗せるにしても限度もある。冒険者はよほどの危険がない限り、得たものを捨てるなんてしない。狩るのにも命がかかっているからな。だから一番いいのは多少安くなっても売り払うことだ。
その時も俺はロッテと一緒に皮と羽毛を売りに行った。俺と協力して狩ったので一緒にいれば清算も難しくない。そろそろ冬なので羽毛が割と高く売れた。布団の中身にするからだ。矢羽根に出来るような羽はロッテが持っているしな。
アーニーとギル、ドレッド兄弟は手分けして食料と水の確保だ。
護衛業務についていると自分たちの都合で食料を探せるとは限らない。むしろ今回はとても寛大だったくらいだ。でもこれからはサフィーンに近いので、探せないと見越して買うことにしたのだ。俺はいらなかったがここでいらないと言ってもめるより、少額の金でみんなと仲良くできるなら全く惜しくない。臨時収入で買える程度だったしな。
そんなやり取りの間にあの女の馬車は撒かれて置いて行かれたのか。ちょっと笑える。
「もうじきサフィーンだろ。本当に盗賊は来るのか?」
「はい、来ます。実は旦那様と、ご令嬢の……身請けを争った商人がいます。たぶんそちらも依頼人がいらっしゃるはずです。貴族の依頼を達成できないとどうなるか、ユーダイ様なら言わなくてもお判りですよね?」
身請けと言葉を濁したが、いわゆる買取だろ。レクソール嬢が思った通り、自分の娘じゃないから奴隷に売った訳か。娘は商品と言ったけど、それにしても最低だな。
「違法な手段を使っても取り返しに来るか」
「はい、入札の後で金額がわずかにしか違わず、もっと払うと叫んでいたそうですからね」
おいおい、競売にかけられたのか? まぁどう見てもエルフだからな。高値になったんだろう。さすがにレクソール嬢がかわいそうになって来た。
「だったら最初から払えって話だよな」
「全くです。むしろ旦那様の方が買えてよかったとヒヤリとされたそうです」
「買えなかった時はアンタらが危ない橋を渡るんだな」
「さぁ? 私ごときではわかりかねます。
とにかく必ず来ますのでユーダイ様、頼りにしております」
ここで肯定しないところがトレーニーの賢いところだ。この話もたぶん俺にしかしていないだろう。
「よほどの大魔族でも来ない限り、負ける気はしないな」
「ああいう方々は金では動きませんので。ただちょっとした恩義ぐらいならありえますがたぶん大丈夫でしょう」
そういう伝手は持っていないってことか。それでも気を引き締めて行こう。
そう思っていた矢先に、俺たちは襲撃を受けた。
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