第125話 お茶会
今日はとうとうあの物々しい馬車の中で身売りされる令嬢とお茶会をすることになった。
お茶と言ってもこちらではチャノキはまだ見つかっていないので、紅茶や緑茶ではなくハーブティーになる。お茶菓子も砂糖が見つかっていないためドライフルーツや果物、蜂蜜を掛けたナッツ類が主だ。ドライフルーツ以外はカトラリーが必要になる。
それで手土産に『フリュイ』を持って行くことにした。薔薇の形ではなく、四角く切ったものだ。どうも彼女の買主は金持ちのようだから、注文が入ったら嫌だからだ。
彼女の馬車はデザインこそ瀟洒な作りだがかなり大きくて高さもしっかりあり、ちょっとした個室サイズだった。1人の女性が乗るだけにしては大きすぎるほどで特注のはずだ。彼女は全く外出しないから、そこで寝泊まりできるようになっているのだろう。
護衛奴隷は女性が2人に男性が6人と多く、たぶん女性は侍女の役割も担っているにちがいない。俺が馬車の近くまで来ると彼女たちの1人が俺の前に出た。
「そこで止まってお待ちください。今扉を開けます」
「その前に手土産をお預けしたい。こちらは『フリュイ』という新しいお菓子で、ルーベルト公国で流行っている物です」
「これはご丁寧に。お預かりいたします」
一応、前日にトレーニーにそれを渡すことを申し出て、鑑定も味見もしてもらっている。さすがに流行りに対して感度の高い商人だけに、『フリュイ』のことも俺が製作者なことも知っていた。もちろん流通経路もだ。
今からも鑑定するだろう。彼女に一服盛られて傷つけられたら困るからな。
言われた通り待っていると、鉄格子の嵌った扉の鍵を開いた。鍵穴2つもある上に最後に魔道具に力も込めている。絶対に逃がさないという意思を感じた。
鍵を奪っただけではこの扉は開かないということだな。特に連れ出す気はないので問題はない。
「どうぞお入りください。ご令嬢がお待ちです」
馬車のステップを上がって中に入ると、俺の身長でギリギリの小さな小部屋のような室来だった。令嬢が座る椅子の作りが簡素なので、たぶん折り畳みのベッドになるのだろう。
そこに座る彼女は顔を隠す仮面をつけていた。だがたおやかな白い手や小さい頭に長い首、座っていてもわかるウエストの細さや胸のふくらみからかなり均整の取れたプロポーションのようだ。仮面から幽かに見える鼻筋も口元も整っている。よほどおかしな位置に目が付いていなければかなりの美人だろう。
「ようこそいらっしゃいました。
わたくしはパトリシア=ド=レクソール、伯爵家の娘です」
「この度はお招きいただきありがとう存じます、レクソール嬢。
私は異世界から召喚された勇者ユーダイと申します」
「さぁどうぞこちらに。お楽になさってくださいね」
彼女の前の席を示されたので座ると、再度扉が開きお茶の入ったポットとカップ、それからお茶菓子としてドライフルーツとナッツの蜂蜜掛けと俺の『フリュイ』が乗っていた。
「このような窮屈な場所で申し訳ありませんわ。わたくしの婚約者はとても心配性なので、ここから出てはいけませんの」
「私は特に気にしませので、お気遣いは無用です」
「お菓子まで頂戴しまして、ありがとう存じます。
初めて見るものですが、とても美しいものですね」
「お褒めいただき光栄です。実はこちらは私がレシピを作ったものなのですよ」
「まぁ、ユーダイ様はお菓子を作られますの?」
「ええ、異世界では甘みが簡単に手に入るので身近なものですし、趣味で製作しておりました。こちらに来て再現できるものを作ってみたのです」
「そうですの。素晴らしいわ」
「赤いものがいちご、紫色はぶどう、白いものはレモンです」
「いただいてもいいかしら?」
「もちろんですとも。どうぞ指でつまんでお召し上がりください」
毒味がすんでいるのがわかっているからか、彼女はそっとつまんでぶどう味を取って口に入れた。するとはっきりと表情が変わった。
「これは……触感は少し驚きましたけど、サッと溶けてみずみずしい果汁が口いっぱいに広がりましたわ。それにしっかり甘いですわね」
「お口直しに一口お茶を召し上がってから、次の味をどうぞ」
彼女は『フリュイ』を気に入ったようだった。
「わたくしの方がお詫びをしようとお招きしたのに、こんな美味しいものをいただけるなんて思っていませんでしたわ」
「お気に召していただけて何よりです」
それからは彼女の身の上話だった。
彼女はアポー子爵家の長女として生まれたが8歳の時に母がなくなると同時に、後妻が義妹を連れてやってきたのだった。それから10年近く貴族令嬢というより下働きのメイドのようにこき使われたという。
ただ見た目がよかったので妻に欲しいというヒトの声は絶えることなく、その中で一番高値を付けた人間に嫁ぐことになったそうなのだ。
もちろんこんな直接的に言われたわけではないが要約するとこうだ。
「でもおかしいですね。
それならあの女性とレクソール嬢に血のつながりはないはずです」
「……父は母が生きているときから、その……義母をお付き合いがあったようですの」
「なるほど、それならあり得ますね」
「ええ。しばらく日陰の身の上だったせいか、父も義母もあの子をしつけようとしません。ユーダイ様にはたいそうご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「レクソール嬢が謝る必要はありませんよ」
「ですが……」
「あなたはすでに戸籍から外れていますし、異母妹ですらない。なんの責任もありません」
「えっ? 異母妹ですらないのですか?」
「ええ、アナタの中に彼女と同じ血は流れていませんね。
大変失礼ですがあなたのお母様は別の方との間に子を作られたか、義母の方が別の男性の子を身ごもったかまではわかりません。アポー子爵に会えばすくにわかると存じます」
「いえ、それには及びません。そうですか、そうだったんですか……」
「申し訳ありません。お辛いことでしたね」
「いえ、これできっぱりとお嫁に行くことが出来ます」
「悩んでおられたんですね」
「ええ、父と母は政略結婚で母は大事にされませんでした。わたくしも母が亡くなってからはずっと下働きで平民よりも汚い服を着せられ、髪を伸ばすことも許されなかったんです。
そんな仕打ちをする父でも血が繋がっていると思っていました。あのような性質がわたくしの子に受け継がれるかと思うと心配でならなかったのです。
ですがわたくしはあの男の子どもでなかった。だからあんなひどい目に遭わせられたのだと思えば、無事に生きていられただけ有難いことですわ。
そうではありませんこと?」
「ええ、仰る通りです」
アポー子爵の血を引いているかもしれないが、彼女は血のつながりがないと思った方がいいのだから、それでいいんだろう。
「結婚しても金を送れと言われておりましたけど、その必要もございませんわね」
「全くありませんね。連絡を取る必要もありませんし、どうしても返事がいるならご主人が管理しているので何も自由にならないと通しておしまいになればいい。
お気持ちが晴れたのでしたら幸いです。そろそろお開きにしてよろしいのではありませんか?」
決して楽しい茶会ではなかった。顔を隠した相手、しかも親しく話せない相手と長くいてもしょうがない。むしろ長居をすることであの護衛共に睨まれそうで嫌だ。
今からなら狩りをして、おいしい肉にもありつける。
俺は早々に立ち去りたい気持ちでになってしまった。
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