第126話 うるさい女
今回の旅は今のところたまに猪鹿熊のような獣系魔獣しか現れていないので大した問題は起きてなかった。むしろありがたい金稼ぎ手段でしかない。
どうやらご令嬢の夫となる人(買い主?)は鷹揚な金持ちのようで、彼女が食べるついでに周りの使用人(奴隷も含めて)に食べさせるのも良しとしているようだ。
だがそのことで少し問題が起きていた。
ご令嬢の馬車に突進する女が出たのだ。
当然護衛をしている屈強な奴隷たちが押しとどめていた。
「ちょっと! わたくしはお姉さまの妹なのよ‼
少しぐらい話をしたっていいじゃない!」
「お嬢様はすでにアポー子爵家の籍が抜かれております。今は母方のレクソール伯爵家のご令嬢で妹君はいらっしゃいません」
「籍なんて家族にとって関係ないでしょ! 血が繋がってるんだから‼」
そんなやりとりを耳障りな甲高い声でギャアギャア喚いていた。ちょうど支配人のトレーニーと話していた時だったのでクレームをつけた。
「うるさいなぁ、あんなに騒ぐと魔獣が寄ってくるぞ。
トレーニー、もちろん来たら倒すけど変に仕事を増やされるのは嫌なんだが……」
「申し訳ございません。今回のお話をアポー子爵様から頂いた時点で、ご令嬢はすでに籍を抜いて関係を断つという契約を結んでおります。ですがどうしても結婚式に家族だから出ると仰っていらっしゃいまして……」
ああ、ご令嬢を平民に落とした形で売却したってことか。でもわざわざ伯爵家の養子に仕直したってことは、これは奴隷売買ではない?
いやそこは俺には関係ないな。
だいたい家族なら結婚式に招待されるし、姉を奴隷に売ったりしない。むしろただの名目上の結婚なんだとしたら、結婚式なんかないのに何しに行くんだ?
「この商隊の一番後ろにずっとくっついて来てる馬車だよな。俺たちはアレも守らないといけないのか?」
「いいえ、どうも護衛を見つけられなかったようで、勝手にくっついてきているのです」
じゃ関係ないなとすっぱりと言えたらいいんだが、この世界にも人道的立場ってものがある。
トレーニーは大商人バロウの支配人だし、俺も勇者でありAランク冒険者だ。これはBランクの他の奴らにも当てはまる。
目の前で魔獣にやられていたら、助けないとダメなんだよな。
つまり金魚のフンのようにくっついてくることで、護衛代なしでおいしい思いをしているってことだ。せこ過ぎるだろ。
「それで何が目的なんだ? アレ」
「はっきりとはわかりかねますが、食糧事情とご令嬢を貶めたいのではないかと……。実は出発前にも奴隷として売られてかわいそうなどと妄言を吐いておられまして、こちらとしても困っております」
実際そうであっても、建前上は嫁入りなのだ。そしてその奴隷に売ったのは自分の父親であるアポー子爵である。その金を手にしているくせに、まだ貶めたいとはバカなのか? バカなんだろうな。
「ユーダイ様はあの方々に肉をお分けになりますか?」
「いいや、俺が付き合いたくないタイプの貴族のようだから、金を積まれても売らない。同じ商隊の中だけの売買ってことにしてくれ」
「かしこまりました。どうしてもうるさいようでしたら、こちらで対処いたします」
「少しスピードを速めて、撒けばいいんじゃないか?」
「そうですね。ご令嬢の意向を尊重して、そうさせていただきます」
トレーニーに任せておけば安心……なんてことはなくて、今度はこっちに直談判にやって来た。
「ちょっと! アンタ勇者なんでしょ。わたくしたちのことを助けなさいよ!」
めんどくせぇな、おい。
「アンタの家、子爵家って聞いた」
「そうよ、そっちは平民出なんでしょ。直答するなんて信じられない!」
「俺の母は伯爵家の娘だけど?」
もちろんウソではない。祖母の連れ子だったから伯爵家の血は一滴も流れてないけど、正式な養女だった。だが異世界の爵位なんてこっちでは重んじられないので、俺は滅多に使わない教会からの勇者認定書を取り出した。聖剣を授けられた時に渡されたもので、勇者の活動に貴族の横暴が入らないように配慮されたものだ。
勇者は平民が多い。貴族で行きたくないヤツは辞退するのかな?
とにかく平民は貴族に勝手なことを言われても、それに従わなくてはならない。だがそのことで勇者としての務めを果たせなくなるのは困るので、教会から勇者パーティーは貴族に従わなくてよいというお墨付きをいただいているのだ。
これは普通の良識ある貴族なら言ってこないタイプのことだ。
だからサクリードのように俺のお墨付きを出した教会を信仰していない国でも、俺はそれなりに尊重された。それは他国の王侯貴族であるエリザやゲオルグが尊重されるようにだ。
「俺は教会から貴族の横暴に応える必要はないとお墨付きをいただいている。
現在俺は次の勇者としての務めを果たすため、路銀を稼ぎながら移動している。ケガをしているわけでも飢えてるわけでもない、五体満足で大騒ぎできるほど元気に旅をしている女のどこを助ける必要があるのかわからない」
「はぁ? こんなひどい旅になるなんて思ってなかったのよ! なんでこんなに山道ばかり通るのよ」
「それは商隊がルートを読まれて待ち伏せされ襲われるのを回避するためだ。アンタは貴族なんだから、もっと優雅な旅路も選べたはずだ。良い馬車と護衛を雇い、高級な宿場に泊まっていくルートがな」
「貴族であるわたくしに、そのような口の利き方をするなんて無礼よ!」
「勇者はたとえ王であっても、へりくだる必要はないとされている。勇者の務めの方が尊いからだ。もちろん尊敬すべき相手なら俺でも敬語くらい使う。ただこんな山の中でうるさく喚いて魔獣や盗賊を引き寄せそうな女に敬意を払ういわれはないね」
「護衛が見つからなかったからしょうがないじゃない!」
だからうるさいって言ってんだよ。なんでわからないんだ? ああバカだった。
それにしても気品ってものがひとかけらもないな。エリザもざっくばらんな女だったけど、それでも育ちの良さは見え隠れしていたぞ。
「金を積めばよかったんじゃないか? あるいは高級乗合馬車を使うか、子爵令嬢様。
とにかく仕事の邪魔なんで、向こう行ってくれ」
「こっちは飢えそうなのよ。何か食べ物渡してよ」
「トレーニーに言いな。アイツは商人だ。適正価格で売ってくれるさ。
ほら邪魔だ!」
俺はわざと女のギリギリ側を通るように風魔法を発動して、近くの木に絡みついていた蛇系魔獣を倒した。引っ張ってみるとまあまあデカい。でも毒もないし、絞め殺して食う身体強化タイプだな。蛇は骨が多くて身が薄いが、これくらい大きいと食いでがある
「ギャアァァ!」
蛇の死骸を見て、走って逃げていった。肉にしてソテーにしてあったら喜んで食うだろうに。一応トレーニーか他の冒険者に売ろう。
すると翌日トレーニーにご令嬢からと、手紙を渡された。
内容は元義妹が迷惑をかけたことのお詫びと、お茶に招待したいという話だった。
もちろん受けることにした。
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