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What‘sawonderful another world ! ~なんて素敵な異世界なんだ!~  作者: 詩森さよ(さよ吉)
第2章

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第122話 ビックホーンゴート


 ただいま絶賛雪山遭難中です。

 というのはウソで、まだ遭難まではいっていないが吹雪で視界が1メートルないのは確かだ。


 今回俺が受けた依頼は、大角ヤギ(ビックホーンゴート)の角だ。これは薬の材料になるので出来るだけ新鮮なものが欲しいと言われ、生息区域である山頂を目指して登って来た。

 元の世界の季節で言うとちょうど9月下旬くらいで山の麓はまだまだ夏服だが、ちょっと富士山に似ていたので頂上付近になると雪になると見た。雪山装備にしてよかったよ。冒険者ギルドで聞いたら、ちょっと軽く羽織るものがいる程度ですなんて大嘘つかれたんだからな。まぁ街中はまだ夏の気温だから、勘違いするのは仕方ないけど。


 もちろん俺には状態異常無効があるので半袖でも凍死することはない。だけど寒さや疲労は感じる。それは暑さもそうだし、毒を飲まされても呪いを受けても効果がゼロになるだけで不快感はあるんだ。いやむしろ感じるようにしている。


 そういう体感を鈍くすることは出来るんだ。チートではなく生体コンピュータの機能で。これは病気で辛い人のための措置で、激痛を緩和するためのものだ。だけどそうするとありとあらゆるものに鈍くなる。特に味覚触覚が。

 これは病気の人にとっても苦痛だと評判が悪かった。味を感じず、触ってもわからないので物を落としたり、ぶつけたりするようになるのだ。


 痛みの苦しみを和らげるか、日々の楽しみを取るか。難しい選択だが多くの人が前者をとるがこう言った。「人としての喜びを閉じられて生きるのは辛い」と。

 俺が状態異常を全く感じなくなるというのはこれに近い状態なのだ。


 しかもいろんなことに鈍くなるということは意外と危険なことだ。

 近くに敵が近づいていても感覚が鈍いのでわからない。痛覚が鈍くなるからケガをしていてもわからない。いつの間にか流血していても気づかず、貧血状態になって初めておかしいとわかるなんてことが起きたら笑うに笑えない。敵との間合いを取るのも難しくなるし、剣をしっかり握れているかも不安で悪いことずくめだ。

 安全な場所で病魔と闘うための一時的な措置ならともかく、感覚を失うことは生きるための安全装置を失うことに等しい。



 それにこの異世界に来て数少ない楽しみが食事だ。家族や友人から離れ心の底から笑えない状態でも、水あめのように自分でおいしいものを作れた日には本当にうれしかった。


 実はこの山登りに向けて、ナッツキャラメルも作ったんだ。

 煮詰めた牛乳に水あめと蜂蜜を加える。さらにバターを加えて炒ったナッツ(細かく砕いたもの)を入れて型に入れて固まるまで待ち、出来上がったら切り分けて油紙で包む。この油紙はクッキングペーパーの代わりである。

 錬金術で作ったので、また錬金術ギルマスに手を握られてしまった。


 最初は蜜ろうラップを使っていたんだ。悪くはないんだか蜜ろうが高い。

 蜂蜜の入手経路は魔獣であるキラーハニービーが一番多い。蜂蜜だけならキラーハニービーを煙で眠らせて一部を持って帰るという手段でいい。だが蜜蝋を取るためには蜂の巣を手に入れなければならない。つまりその巣にいる蜂を全滅させないといけないのだ。そうでないと目覚めたハニービーに一生追いかけられるからな。この蜂はとても執念深いのだ。

 元の世界でも蜂に一度刺されると抗体が出来て、二度目に刺されたときはアナフィラキシーショックを起こして死ぬこともある。俺が勝手に思っているだけで科学的な根拠はないが、これもある種の執念深さを感じている。


 話がそれたな。蜜ろうラップとは布に蜜蝋をしみ込ませて、何度でも使えるラップ代わりになるものだ。元の世界では均一にしみ込ませるため、薄手の平織生地それも目は粗くなくかつ薄手の物を用意する。それに蜜蝋のチップを散らして上下にキッチンペーパーで挟んで、アイロンで溶かしてしみ込ませるのだ。

 オーブンで低温焼きする方法もある。今回やったのはこっちだ。大きな布で作れるのがこの方法のいいところだな。

 ちなみにこれは小学生の夏休みの自由研究で萌と一緒にやった。懐かしいな。


 とにかくキャラメルを包むには高価で手間がかかり、何度も使える蜜ろうラップを切り刻むのは少々もったいないのだ。だから油紙程度で包む方が安心だ。

 俺の錬金した油紙はイメージが工業製品のものなので、かなり均一に薄く油をしみ込ませることに成功した。そして食べても捨てずにとっておいて、今回のような寒い雪の中や湿気の多い所で火をともすのに使えばとてもよく燃える。キャラメル自体高カロリーだし、ナッツ入りなので少量だけど食物繊維やミネラルも取れる。冒険者に売れると思うし、普通においしいので一般にも売れると思う。油紙を美しい柄入りにすれば貴族のご令嬢にだって売れるだろう。


 こんだけ書いたからわかると思うけど、とにかく元の世界の物を少しでも再現しようとするとものすごく手間がかかるんだ。包み紙1つ、ラップ1つもないんだから。

 あの世界がものすごく便利に出来ていたかわかる。ほんのちょっとしたことに行き届いている。どれだけ自分がいい時代に生まれたのか身に染みる。

 こちらでは水を飲むのも、火をつけるのも四苦八苦だ。俺は魔法が使えたからまだマシだけど、そうでない人は全て手作業なんだぜ。家族のことが一番だけど、こういう意味でも戻るのを諦められない。


 雪山の吹雪の中で俺はもう体を休める以外することがなくなった。自分の周りに結界魔法を張って、疲労感を打ち消すために大量に作ったポーションの1つを飲んでみる。雪が結界の上に積もるが構わない。このまま朝まで寝よう。



 ◇



 周囲が少し明るくなったのを感じ、目を開けてみるとそろそろ日の出の時間だった。雪はすっかり止んで音すらしない静寂の時。周囲に何もいないので結界を解き、少しだけ雪をどける。肌を刺す寒さよりも、清々しい空気に癒され肺にいっぱい取り込む。空がだんだん明らんで富士のご来光を見に行った時のことを思い出した。


 俺はそれでも動かなかった。


 この朝日を浴びて、雪の中からいくつかのゼンマイのような草が伸びてきている。この草が生えるのは山頂部だけで、これを食べにビックホーンゴートがやってくるのだ。

 寒いけど先に結界を解いたのは、俺が結界を解く一瞬の隙にすばしっこいので逃げてしまうのだ。だからこの状態で息を殺して近づいてくるのを待つ。



 まだ日が完全に上る少し前にゴートの群れが現れた。

 彼らは定住の巣を作らず雪の中に空洞を作ってかまくらのようにして、その中で自分たちの体温を維持する。どこにでも作れるから巣を見つけるのは至難の業だ。だから食い物の方を張っていた。

 その毛皮は保温性抜群で防寒着として人気だが今回の狙いは角だけだ。彼らは魂のある存在で、金に困っていない今殺す必要はないのだ。


 ゴートたちがゼンマイを食み出すと、腹が減っていたのが夢中になって食べ始めた。その中の1匹がこちらに顔を向けた。アイツがいい。


 俺は雪の中から身体強化を掛けてガバッと身を起こすと、抜いた刀で角だけ切り落としストレージに放り込んだ。そしてそのまま転がり落ちるような勢いで下山した。スノーボード用意しておけばよかったな。まぁ多少体を打っても下はほぼ雪だ。身体強化で乗り切ればいい。


 ビックホーンゴートたちは追ってこなかった。

 戦闘らしい戦闘ではなかったけど、彼らも時折岩にぶつかって角を折ってしまうそうだし、ちょっとした事故だと思っているんだろう。もしかしたら俺に切り落とされた個体は繁殖時にモテないかもしれないけど、それは許して欲しいな。



 そうして下りた側は俺がいた智の都ルーベルト公国ではなく、そのまま隣のサンチェス王国に入った。その国も超えてバルティスに向かうつもりだ。


お読みいただきありがとうございます。

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