第113話 次の行先
この『智の都』ルーベルト公国の最もいいところは、国民でなくても許可さえもらえば図書館に入れることだ。
この世界では本は貴重品だ。さすがに今では植物紙が主流だけれど、それでも紙が貴重で一般庶民にはまだ字が読めないものも少なくない。
むしろ元の世界は身分証明書1つで誰にでも無料で貸し出してもらえたことがすごいんだけどな。盗難や未返却、ページの切り抜きはあったけど。あれは性善説が信じられるほど平和な世界だから出来たことだけど。
もちろん生体コンピュータを導入してからは図書館や書店で制限がかかる。なぜなら見たのものを撮影できる機能があるから、中身だけ撮影する万引き犯が発生したのだ。対策として撮影機能障害が起こる微弱な電波を流すことになった。健康被害(医学的にはないと言われているけど過敏な人はいる)や行動の自由の制限だと文句をいう人もいるけれど、それ以外に作家や出版社の権利を守る方法がなかったのだ。
大分話が逸れたな。こっちの話に戻そう。
異世界人の俺でも有り難いことにAランク冒険者ってことで、貸し出しは出来ないが閲覧は許される。しかも羊皮紙や獣皮紙で作られた古い時代のものも読めるとあっては感謝しかない。なので依頼を受けないときはほぼ図書館にいる。
読んでいるのは神話や神学などの神にまつわる本なのだが、これがどうも眉唾物なのである。いやこちらでは正式なものなのだが、元の世界の神話がごちゃ混ぜになったような、そんな内容なのだ。こちらで見かける魔獣も、向こうの神話や物語に出てくるものが多いからな。
俺が知りたいのは神々の時代にどこに神殿があったとか、神が隠れそうな場所なのだがそういう記述が見当たらない。
ただちょっと気になったのは、神々が交代する話だ。
古い神々が疲れてしまったので、土着の精霊に自分の力を与えて新しい神に任命するのだ。新しい神は友人たちと新しい治世を行うようになる。
まるで王家の始まりの神話みたいだが、面白いことにここで王家と繋がらない。
彼らは古い神々から引き継いだ力で、神族たちが治めていたところに神の力を引き継いだと神託を述べただけ。つまり具体的に何をしたかなんて書かれていない。でも引き継ぎの話が載っているのはこの本だけなのだ。
バルティス王国の古い本で、まだ獣皮紙時代のものだ。つまりあちらに行けばそういう内容の本が読める可能性もある。
バルティス王国、行ってみるか……。
もう1つ気になっていることもある。ゲオルグのことだ。
彼は旅の最初に俺の命を取るように言われていると言外に伝えてきた。だからできればここに置いて行きたい。
アイツは俺と違って、カイブライト王国の生粋の貴族だ。不利な魔法契約を結ばされている可能性も高い。レリアーヌ嬢を使い捨てた王家に忠誠は誓えなくても、家族を盾にされたら俺に手を下すだろう。俺でもそうする。
ただ俺を殺すつもりなら、返り討ちにする。それは決定事項だ。
だけどそれで俺の気持ちが納得できるかは別だ。できれば殺したくない。
出ていくならば黙って行くしかない。それでもついてくるならビンゴだろう。
親しくなったし、悲しい事情も知っている。だからと言って警戒を怠ってはならない。
それはビジネスにおいてもそうだった。友人だから、仲間だからとうっかり情報を漏らしたら、いつの間にか情報をうまく使われてしまうのだ。
別に俺の話ではない。俺の本当の祖父であるジャック=マクリーンの事である。
彼は生体コンピュータの仕組みを開発した人物だが、そのサポートをしていた研究者に研究を奪われそうになった。同僚だからと思って製作ノートやメモを見せていたせいで、それを盗まれ書き変えられたのだ。
だがソイツは無能で祖父のノートを生かしきれなかった。大国が欲しがっていた遺伝子を書き変える技術を再現できなかったのだ。結局ソイツと手を組んだどっかの大国に誘拐されて、祖父は死んだ。
あのジジイや大伯父がいたにも関わらず、そんな暴挙を許したのは信じがたいが、その当時は俺が知る2人よりまだまだ甘かったのだろう。いやその事件が彼らを変えたのかもしれない。
とにかく油断は禁物だ。この本もさらりと読んだだけにして次の本を開いた。
ゲオルグと同じ研究室の人たちに食事に誘われた。これも油断させるためなので受ける。こういう集まりは社交界ではないので気楽だ。
むしろお茶会の方がヤバい。いつの間にかどっかのご令嬢に挟まれていることがある。やはりどこの国でも使える勇者は欲しいみたいだ。
ああそうだ、この国に来て初めて俺は転生者と出会った。
祖母のコンサートで亡くなった人かどうかまでは知らないが、前世の記憶があると言ってきたのだ。
生活や社会の在り方がまだ中世程度なのに植物紙やドライヤーや掃除機のような魔道具など、そこそこ便利なものがあるのが気になっていたんだ。ただ素人のアイデアで再現したものが多く、あまり売れていない。なぜなら魔力操作が上手なヒトなら、魔法で乾かしたり部屋の掃除をしたり簡単に出来るからだ。わざわざ道具はいらない。平民は魔力に乏しいしな。
それに料理や製菓製パン分野が非常に遅れている。むしろ真っ先に改革したいところじゃねーか?
お茶はあるが俺たちの知るチャノキのお茶ではないし、コーヒーもチョコレートも見かけないが似たようなもので代用されている(タンポポコーヒーとか)。和の調味料に至っては話も聞いたことがない。
蜂蜜で作ったクッキーや干しぶどうを練り込んだパンはあるので、それなりに工夫はされているが、どうやら転生者は知識があるが、素材がないため再現できていないみたいだ。
俺が出会った転生者であるカノンという女性は魔道具の研究者だが、俺と同じ不満を持っていた。
「こっちに来てお風呂やトイレはしっかりあるのに、食事が単調なのは辛いです。特にデザート系がほとんどないんですよ。辛いんです。ユーダイ様、砂糖探してきてくださいよ」
「普通真っ先に探さねーか? 砂糖」
「転生者って言っても、体はこっちの平凡なモノなんです。甘みって蜂蜜が主流ですが、それも魔獣で結構強いんです、自力で取りに行くなんてとてもとても……」
「転生ではチートはあんまりないのか?」
「ある人もいるかもしれませんね。でも私にはなかったんです。それなりの金持ちの家に生まれたのに、メープルシロップすら手に入らないんですよ! どうなっているですがここは!」
そう俺に言われてもどうすることも出来ない。
ここの神様が甘みについて考えなかったのかもしれない。
「アレはどうだ? 麦芽糖」
「作り方知っています? 私授業で聞いた気はするんですけど、あんまり真面目な学生じゃなかったんで。作った覚えがないんです」
「うーん、理科の実験でやったけど、やらない学校もあるのか。思い出して登録したら金になるかな?」
「なりますよ! こっちは砂糖がないんですから。ああ、あたしチョコを毎朝食べるチョコ活してたんですよ。食べたいです」
「いやカカオはまた別の問題だろ。ついででよかったら探してみるけど、期待はしないでくれ」
初めての転生者との出会いがこんな呑気に話しになると思っていなかったが、今度麦芽糖実験をすることを約束させられた。これが金になるなら、今後の資金は何とかなりそうだ。
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