第104話 亡き皇女のための……
俺は『気配察知』を最大限広げて、地下の様子を窺うことにした。『聖焔』は地中深くのネズミと虫の巣にどんどん伸びている。巣の中は火だるまに見えるが焼けているのはアンデッドたちだけで、普通のネズミや虫は焼けていない。
小動物のアンデッドなど焔に触れるだけで消えるが、数が多いのかなかなか消えない。いや違う。何か大きい者がいるんだ。
体に『聖焔』を纏いながら、地中からこちらに這いあがってくる! 俺の焔を土にこすりつけて消しながらな。
「エリザ、ゲオルグ、来るぞ。たぶんアンデッドだ」
2人は構えるが、今のままだとゲオルグの守りが薄い。それで俺は彼にも『聖焔』を掛けることにした。
「『聖焔』」
「うわっ、どういうことだ?」
「今から来る奴、マジヤバいから」
「まじやばい?」
「ものすごくあぶねーヤツってこと!」
俺がそう言ったと同時に今いる地下室の床板がボコっと動いた。骨に一部腐った肉が残っている華奢な手だ。指輪をしている。印章か?
「グーラーだ! たぶん貴族!」
「グーラーなら火魔法で」
ゲオルグがそう言ったが、エリザが即座に否定した。
「ダメ! コイツ呪われてるわ! 普通の火では焼けないわよ‼」
さすが聖女。こういうアンデッドの見極めが早い。
俺もその指輪を『真実の目』で見てみた。このスキル、パッシブじゃないので使い勝手が悪いんだよ。
結果は、サクリード皇国アグネス皇女の印章つき指輪と出た。
皇女だと⁈
そうこうしている間にグーラーの体が頭が出て、肩先が見えるようになった。ボロボロだが頭にはベールとそれを止めるティアラ、首には黒ずんでいるが大粒の宝石のネックレスもある。
「エリザ、彼女はサクリードの皇女アグネス姫だ。どうやら花嫁衣裳のまま埋められたに違いない」
「何ですって! それは確かなの?」
「指輪にはそう書いてある」
「間違うとややこしくなるわ。とにかく慎重にお眠りいただかなくてはね」
まぁこれからその家の家族になるんだからな。痛めつけるような真似は出来ない。
とうとう床穴から両腕両肩が出て、ウエスト部分まで見えてきた。破れたベールから見え隠れする顔は腐っているようだ。
肩が出たことで、一気に抜けようと両腕で床を押し始めた。だがドレスの飾りか何かが引っかかってすぐに抜けられないようだ。
「神の恩寵を失いし、呪われた御身よ。我が祈りの声を聞き、安らかに眠り給え。『葬送』」
アンデッドを黄泉路に送る葬送の魔法だ。さっき使ったトランクイルロードよりは強制力がある。ラノベでよく使われるターンアンデッドが近いかな。もう少し丁寧だけど。
白の中に金色の光が混ざる美しい聖属性魔法だがバチンとはじき返されてしまった。当然それは術者のエリザの元へだ。
「痛っ!」
「大丈夫か?」
「ええ、反射による破裂の痛みがあっただけ、魔法そのものは痛くないもの」
「先に呪いを解かなきゃダメだ」
「……『聖焔』をお願い」
「でもアレは呪われているとかなり熱いぞ?」
「わたくしは彼女の魂を送らないといけない。だからあなたが解呪して」
エリザはそう言ったが俺は少しためらう。あの『隷属の腕輪』ですら、ものすごく熱かった。このアグネス皇女はあれよりも強固な呪いがかけられている。相当な苦しみになるはずだ。でもそうしないとずっとグーラーのままなのだ。
「『聖焔』」
床穴からほとんど体を抜け出ていた焔を放つと、彼女はグルルゥアアアっと人ではないモノの叫び声をあげた。そのまま地下室の床で転がり始めた。
「呪われていると、とんでもなく熱くて痛いんだ。 解呪のためです。お許しください。アグネス皇女」
俺がそう呼びかけると、グーラーは少しだけ反応した。熱くて辛いはずなのにこちらを見たのだ。
「エリザ、さっきの魔法にお名前を入れてくれ‼」
「神の恩寵を失いし、呪われたアグネス皇女よ。我が祈りの声を聞き、安らかに眠り給え。『ヒュネラル』」
魔法において、名前とは相手を認識するための重要な記号だ。ただの御身や女より、はっきり名前を言った方が魔法のかかり具合がケタ違いに違う。おとぎ話の中で悪魔の名前を当てると追い払えるのもそれだ。もちろん名前が間違っていたら意味がないけど。
そして彼女は間違いなく、アグネス皇女だった。
『ヒュネラル』の美しい光の中で、彼女の記憶が映し出されていく。
この国の王子との婚姻。政略結婚だったけど、温和な王子との幸せを夢見てやってきた花嫁。国境近くのこの町での仮祝言。それによるサクリードの皇女としての離籍……。
そこまでは幸せだった。だがサクリード側の親族が帰ると王子の態度は変貌した。
「皇国の籍を失ったお前なんかを愛するどころか、妻にするつもりもない。俺には愛するミレーユがいるからな。だが人質に死んでもらっても困る。この館から一歩も出られないようにしてしまえ!」
そんな身勝手な命令に呪術師が答え、彼女の魂ごとこの館に縛り付けてしまった
ただ幽閉されるだけなら良かった。でも彼女は地下室に閉じ込められた。食事も水も与えられない。だが呪いのせいで死ねなかった。魂まで縛り付ける呪いは、死出の旅すら許さなかったのだ。
食料は地下に時々現れる小動物だけ。ネズミでも虫でも何でも食べた。毒のある蜘蛛やムカデでもだ。それはそれは恐ろしい苦しみだった。沸き起こる怒りと憎悪。でも一番辛いのは捨ておかれる孤独。
そして数年が経ち、地下室の階段から話し声がする。
「あのバカなお姫様、確かすごい宝石を身にまとっていたわ。アレを売れば借金なんかすぐ返せるわよ」
「でもミレーユ。殿下にバレたらどうすんだよ。一応彼女が正妃なんだろ」
「あのクソ王子、あたしというものがありながら、今は他の女の尻を追い回しているのよ。あたしは正式な側妃なのに!」
「あっちのお姫さんは侯爵家のご令嬢だろ? 男爵家のお前とは格が違うからな。正妃の代わりが出来ないから仕方ないよ」
「うるさいわねぇ、とにかく死体から宝石を奪えばいいんだから。黙ってたらわかんないわよ」
とうとう扉が開いた。アグネスはうつぶせになって待った。
「あら、思ったよりしっかりした死体ね。白骨化してるかと思った」
「これ、しばらく生きてたんじゃないか。気味悪いな」
「じゃあ、宝石取ってきてよ」
「いやだよ。なんか呪われそうだ」
「あたしがなんでわざわざアンタとなんかここまで来たと思ってるのよ」
「とにかく嫌だ」
ミレーユと男が言い合うが、しばらくして一緒に宝石を奪うことになった。
「重いわね、この死体。ウソ、このティアラ、髪の毛に編み込まれて、簡単に取れないじゃない! しかも垢まみれだし」
「クソっ、ネックレスの留め金も前に回って引っかかっているみたいだ。これはひっくり返さないと無理だ」
そうしてアグネスはひっくり返された。と同時に彼女は男の喉笛を食い破った。
「ギャアァァァ」
ミレーユは叫んだが宝石泥棒のため護衛を連れておらず、誰も駆けつけてこない。男の方はまだ死んでいないがヒューヒューと虫の息だ。助けてもらえないとわかると彼女は逃げようとしたが、アグネスの枝のように痩せた腕が彼女を絡めとった。
「せっかく来てくれたんだもの。おいしく、いただくわ」
そうしてアグネスはグーラーとなった。だが呪いが存在したため外に狩りには行けず、ネズミと虫で食いつなぐ日々が続き、稀にやってくる冒険者を食った。そうして長い月日が流れた。
「わたくし……ゆるされる?」
ほとんど消えかかった『聖焔』の中に現れたのは、亜麻色の髪のおとなし気な少女だった。解呪されて、痛みがなくなったようだ。
「ああアンタのやったことは命が脅かされたときの緊急避難だ。ちょっと過剰なところもあったけど、きっと神様は許してくれるさ」
俺の心の中に、おばあさまが弾いてくれたピアノ版モーリス=ラベルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』が流れていた。彼女は決して悪魔に落ちたわけではなかった。ただ呪われて生き抜いただけだ。
これ以上、苦しまずに逝ってほしい。
俺が彼女の手を取るとアグネス皇女は一筋の涙を流すとそのまま砂のように崩れ落ち、1つの白いダイヤモンドのような石を残した。周りにはティアラ、ネックレス、腕輪に指輪も残っていた。
エリザやゲオルグが動かないので、俺は彼女の装身具と石を拾った。
「ゲオルグ、俺とエリザにポーションくれ。ほら、エリザもぼやぼやすんなよ。2階にいるのも倒しに行かないとダメだろ。大本の呪いを解いたんだ。たぶん弱体化してるぜ」
2階にいたゴーストたちもサクッと倒して、家全体に洗浄魔法を掛ける。
これで塩漬けされていた『館の掃除』の依頼は終わった。
お読みいただきありがとうございます。
『亡き王女のためのパヴァーヌ』は亡くなった王女のために書いた曲ではなく、古い時代に生きた王女が踊っていたような舞曲という意味だとラベル自身が言っていました。葬送の曲ではありません。




